弁明配信

自分の中で何かおかしいと引っかかる何かを無視して配信スタートの文字をクリックする



「みんなやっほー!みんなの太陽雪ちゃんです!」


:久しぶりやな

:一日空くなんて初めてだな

:イチャイチャてぇてぇ配信と聞いて


「ん〜確かに久しぶりかも……」

「あー、ってことで流石に何事も無かったことにしてスルーは出来なさそうなので弁明していきまーす」


:お付き合いのご報告?

:おめでとー!

:感慨深いな……


「いや、違うから!付き合ってもないし、今後もその予定は無いから!」


……あぁ、もうここまで認知されてる。否定するの厳しいなぁ。でも頑張らないと、今後のためにも。


「まず切り忘れの件ね。これは本当にごめん。言い訳になっちゃうけどパソコンの調子が悪くて上手く切れなかったみたい……今度いいパソコン買うよ!」


:おお!パソコン新調か!

:ゲーム配信楽しみにしとくわ

:許してやろう(上から目線)


「それで……あの例の件について。まず素の話ね。確かにあれが素だよ……。みんなに不快感を与えないためにこういうキャラを作ってます……嫌になった人はごめん。これからもこのキャラを突き通しますが、たまに素を出すようになるかも?」


:嫌になるわけないやろー!

:素も可愛いし好きだよ

:むしろもっと罵倒して


「ふふ、みんなありがと……あとキモイコメント控えようね」


良かった……結構好意的に捉えられてる。嫌いになったとかキャラ崩壊だとか解釈違いとか言われてたらやばかった……


「そして最後。てぇてぇとか言ってる人達にお知らせ。そんな展開はもう二度と起こりませんので期待しないように!」


:……フラグ?

:楽しみにしとくか

:次回回収やな

:ツンデレ乙


……好き勝手言われているがコメントなんてそんなものだし、切り忘れなんて愚行はもう犯さない。コラボだってしないし……むしろ二度とこの家に入れるつもりもない。既に侵入されて更には延長まで許してしまってはいるけど今までの私は少しおかしかっただけ。今からは心をいつも通りの状態に戻してさっさと追い出そう。


:蒼空 陽菜(公式V)¥50000

イチャイチャしないの……?

:これはwww

:まさかのご本人……しかも赤スパ

:まさかお金を受け取ってるのにイチャイチャしないなんて……無いですよね?(圧)

:きたぁぁぁぁwww


「は?え、ちょ!何して……!」


いやいやいやいや、何してんの!?あの人!火に油を注ぐなって!あぁぁぁぁ……もうお祭り騒ぎになってるし……


:お、トレンドに乗ったぞ

:ま?ちょっち見てくるザマス

:キャラ濃いな……w

:蒼空 陽菜(公式V)¥50000

私達の絡みを世間は必要としてるんだよ?

ちょっとだけで良いから……ぐへへ

:めっちゃつぎ込んどるw

:貢ぎ癖があるご様子で


「待っ、待って待って待って!トレンド?嘘でしょ?」


急いでスマホを開く。急いでトレンドを確認すると……


「嘘……本当に乗ってる」


え、どうしよ……ここまで騒ぎになってしまったら、流石にこの配信だけじゃ抑えられない。


少しずつ心の余裕がなくなっていく。普段よりも早いスピードで流れるコメント。毎秒増え続けていく書き込みによるトレンド押し上げ。あれもこれも全部彼女のせいだ……段々と焦りがイライラに変換されていく。そんな時に電話がなった。


「事務所……?」


:お、なんか電話鳴っとるぞ

:事務所って聞こえた!

:なんのお電話ですかねー


この時の私は既に配信のことが頭から抜け落ちていた。もうミスはしないと誓ったばかりなのに……。


「はい、なんでしょう」

『とりあえずトレンド入りおめでとう』

「……え、社長?」

『ああ、そうだとも。今日は僕から直々にお願いがあってね』


:社長……?

:事務所のシャッチョさんからのお電話か

:なんだなんだー


『単刀直入に言おう。蒼空 陽菜とコラボ配信をして欲しいんだ。そしてできることならばオフが望ましい』


「……嫌です……絶対に嫌です!」


なんで?なんで?……そんなの、約束と違う


「約束しましたよね……?コラボはしないって。私だけの力でやっていくって」


『そうなんだけどさ、せっかく今ノリに乗ってるからさ、ここらで初コラボ〜って感じでより視聴者を増やして……』


「ふざけないでください!そっちの勝手な事情なんて知りません!チャンネルの登録者だって上位だし人気は十分出てますよね?これ以上何を望むんですか?」


『いや、せっかくだからと思って』



「せっかくだから?なんですかそれ!事情話しましたよね!なんなんですか……いつもいつもいつもいつも!誰も彼も!約束は破るし、私の事平気で裏切るし!立場のある社長ですら約束を守らないんですか!?それとも社長という立場だからですか?権力があるから横暴が許されるとでも?そういうのも大概にしてください!」


『……すまなかった。僕の理解が足りていなかったようだ』


「謝ったら済むと思ってるんですか……?もう社長が私との約束を反故にした事実は覆りませんけど。その場のノリで!ネットの反応に流されて!目先の利益に目が眩んで!私との約束と利益を天秤にかけて!……私を犠牲にする方を選んだんです。分かりますか?理解してますか?」


止まらない。止められない。心の中に押し止めていたものが、感情が、濁流の如く流れ出ていく。ダムが決壊してしまったんだ。

今更になって配信のことを思い出す。


あーあ。今度こそ終わった。何もかも。自分のせいでもあり社長のせいでもあると思う。

やっちゃったなぁー。いつから間違えちゃったんだろ。


ふとコメント欄を見る。


:修羅場?

:ガチギレじゃんw

:コラボしないのはやっぱり事情があったか

:言い分的には社長が悪いだろ

:利益を優先するのは当たり前じゃね?

:利益より社員を大切にするのが社長の務めじゃないの?

:雪ちゃん……

:声が潤んでる……辛そう


あーあ。荒れてるなぁー。スマホを持つ手がダラリと脱力し耳から離れる。スマホからは何も聞こえてこない。

はは、弁明もなしなのかぁ。図星って事か。


……あれ?なんで、泣いてんだろ。悲しいのかな?ははっ、慣れっこな、はず、なんだけどなぁ。


バンッとドアを思い切り開ける音が聞こえる。何事かとそちらを向くと視界が黒く染った。


「雪ちゃん……泣かないで、私が居るよ」


気づけば彼女に……陽菜に抱きしめられていた。私はその服にしがみつきひとしきり泣いた。



信じられない。信じたくない。裏切られたくない。深く関わりたくない。頼りたくない。優しくされたくない。慰められたくない。


人の醜い本性を誰よりも知っているから。その心の裏の考えを知ってしまっているから。



だけど………………


この温もりを手離したくない。

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