眠れる場所
ゆっくりと瞼を開ける。ふわふわとした寝起き特有の感覚。
あぁ·····久しぶりだな、この感覚。
視界がはっきりとしてくるにつれて目の前にある物体も鮮明に映りだす。
·····え、近。
いや、近くない?ちょっと前に出たら当たっちゃいそうなんだけど。何がとは言わないけどさ。
それに、抱き合って寝てる状態みたいで、体のあちこちが密着していて暑苦しい。
複雑に絡まれた腕と足を解いてベットから降りる。
お風呂入ろ。まだ入ってなかったし。
未だはっきりしない意識に冷水をかけるべくお風呂場へ向かう。
夏といえども早朝のお風呂場はひんやりとしていて冷たい印象を与える。お湯は出さずシャワーから水を出し頭から浴びる。ふわふわと飛び回る意識がカチカチに固定される瞬間でもある。
シャワーを浴びながら考え事をする。
·····本当に久しぶりにまともな睡眠を取れた。
何故かは分からないけど·····
頭の隅でもしかしたら·····なんて説が浮かび上がる。
膝枕の時もそうだった。彼女が近くにいた。そして触れ合っていた。今のところ何故か眠れた事象の共通項はこれだけだ。
そんなはずは無いと頭を振る。
まずまず個人的な事よりも仕事の方だ。あれからスマホを見ていない。つまり、炎上しているか否かすらもわかっていない。シャワーを止めてタオルを手に取る。髪の水分を拭き取りながら手が震えているのを自覚する。
怖いなぁ·····
ここで仕事を失うのは痛い。夢を抱いて、将来を見据えてる訳じゃないけど、人と余り関わらずに働ける仕事はなかなか見つからないものだ。
配信が人と関わらない仕事なのかと問われればそれまでなのだが。
個人的にはどれだけコメントが来ようと対面してる訳でもないので関わってない判定でもいいと思っている。コメントに信用も何も無い。感情の一切を持ち込む必要すらないのだから。
考え事をしながらも気づけば部屋の前まで来ており冷水を浴びていたせいか体が冷えていた。
寒いし、早く服着よ。
そう思って扉を開けて··········硬直した。
「あ」
·····忘れてた。彼女が部屋にいることを。
バタンッ!
と激しくドアを閉める。
「あ、えっと〜見て、ないよ?」
「白々しい嘘はやめてください。だいたいなんで起きてるんですか!さっきまで寝てましたよね!」
体にタオルを巻いていたとはいえほぼ裸。特に関わりのない人に見せるのは流石に恥ずかしい。だがしかし、この部屋の中にしか着替えがないのも事実。どうしようか頭を悩ませていると。
「えっと、もしかして着替え部屋にある?」
「そうですけど·····」
「じゃ、じゃあさ、私布団に潜っておくから服取って良いよ!」
「は、はぁ!?なんでそうなるんですか!」
「だってしょうがないっしょ!」
なんでこんなことに·····着替えを持ってきておけばよかったと深く後悔する。
現状他の案が浮かんでこないため非常に不愉快極まりない選択ではあるが選ばざる負えないだろう。
「じゃあ、入りますからね·····」
「お、おう!」
変な返事を聞きつつも扉を恐る恐る開く。
ベットの上を見ると布団が盛り上がっており確かにそこに潜っていることが確認できた。
布団を睨みつけながら素早くクローゼットを開け服を取りだしていく。わざわざ部屋を出て着替えるのも馬鹿らしくなりその場でさっさと服を着る。
「はぁ、もういいですよ」
「おっけー」
そう言って布団から出てくる彼女。その顔は少し赤くなっていた。羞恥からなのか暑さゆえなのか、判断がつかない。
「·····汗、かいてますよね。シャワー浴びてきたらどうですか」
「え?良いの·····?じゃあ借りようかな」
そう言ってサッサと部屋から出ていく彼女を見送りその場に座り込む。
なんでシャワーなんて奨めたんだろ。早く帰れって家から叩き出せば良かったのに。
·····心のどこかで眠れるかもしれない場所を簡単に手放すのが惜しいと·····そう感じているのかもしれない。
彼女のことを信用した訳では無い。だけど、利用価値くらいはあるかもしれない。そんな言い訳を並べながらパソコンの前に座る。
震える手を抑えて、検索をかける。
『白夜 雪 配信切り忘れ』
名前を入れただけで予測変換が沢山出てくる。そのほとんどが昨日のことに関した単語だ。
開いたサイトはスレッドやコメントを抜粋した反応集のようなものだった。
恐る恐る目を通していく。
:毒舌キャラ意外とアリ
:百合の香りがするとは思わなかった
:罵られたい
:誰ともコラボしないから心配だったけどこれから解決しそうで安心
:ついにコラボ解禁?
:踏まれたい
:素を見てると普段ちょっと無理してるのかなって感じがした
:あおあおが頑張ってくれれば雪ちゃんも寝てくれるかも
概ね好意的な意見ばかりでほっと胸を撫で下ろす。ちょくちょく気持ち悪い感想があるがスルーするに限る。
緊張の糸が解け椅子の上で脱力する。
「おー、昨日の反応見てたんだ。別に大丈夫そうでしょ?」
椅子の後ろからそう声が聞こえる。気づくと椅子ごと後ろから抱きしめられる形になっており首元に白くて華奢な腕が回っていた。
·····こんな腕なのに、あの力·····
「なんかすっごいビビってたけどさ、別に悪いことした訳じゃあるまいし、みんな優しいんだから。怖がる必要ないって」
「お気楽な考えで良いですね。あと誰が抱きしめていいなんて言いました?」
「え〜?満更でもないくせに」
自分勝手な意見ばかり言う彼女に意義を申し立てようと腕を振りほどき後ろを向く。
「·····は?」
そこに居たのはタオル一枚で佇む女がいた。
「えっ、なんで服着てないんですか!露出狂?キモ!変態!」
「いやいや!シャワー浴びたはいいけど着るものないんだからしょうがないじゃん!なんか貸して!」
サッと彼女から距離を取りその辺の服を投げつけた
「早く服を着てください!」
慌ただしい朝が過ぎていく。今日はまだ始まったばかりだ。
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