第2話 暗黒黒炎竜さんは痛い目を見た。

 時を少し戻そう。


 そのころ、俺は巣穴で寝息を立てていた。

 もちろん、ドラゴンの姿でだ。


「んあ?」


 くぅくぅ、と。

 まだ寝ぼけ眼で寝息を立てていた自分が、ふと空からの光を知覚した。


 ふわあああ。


「ぎゅるおぉっぉぉぉぉんん」


 ただのあくびのつもりだったのだが、声帯から絞り出されるのは咆哮じみた大音声だいおんじょうだった。

 ともかく、久しぶりの目覚めだった。

 全身の筋肉がこっているのを感じる。


 どれぐらい寝ていたのだろう。

 そうだ、たしか異界ヴォイドから化け物たちの大軍が攻めて来て……。

 不本意ながら聖竜の言葉に乗って、人間やエルフどもと共闘して、追い払うことに成功したのだった。

 この感覚だと500年ぐらい前か?

 まあ俺には百年も千年も大差ないんだけど。

 ふむ。

 しかし人間たちはあっという間に成長し繁栄する。

 どれどれ。

 500年の間にどれぐらい成長したか見てこようか。

 ちょうどいい朝の散歩だ。

 ふふ。

 500年ぶりに俺の姿を見るのだから。

 人間たちも驚くだろうな。


 俺は翼をはためかせて飛び立った。





 空は良い。

 翼を、鱗の間を、涼やかな空気が通り過ぎる感覚。

 本音で言えば毎日のように空を飛んでみたいと眠る前も思っていた。

 ただ俺が空を飛ぶと、人間たちがなんだなんだと騒ぎ立てる。

 軍隊たちが集ってくる。

 ふふん。

 お前たちなど歯牙にもかけないと言うのにな。


 ただ無駄に騒がすとうるさくてかなわん。

 巣に冒険者などが押し寄せてくるようになったらひどい安眠妨害だ。

 だがまぁ、俺の目覚めを人間たちに知らしめるのもいいだろう。

 しかし……。


 ……あれ?

 ずいぶんと開拓されたな?

 たしかこの辺り一帯は、大森林じゃなかったっけ?


 森だったはずのところに大きな街がある。

 巨大な城壁があるわけでもなく、平地にならされていて、野生の魔獣やゴブリンの心配もない様子だ。


 おい人間ども。

 だいぶ繁栄したな?

 調子にのってやいませんかと。

 俺は眼下の街に滑空し、低空飛行する。


「きゃああああああぁぁぁ!?」


「うわぁぁぁあぁあぁあぁ!?」


 あっはっは。

 怯えろ震えろ。

 俺はこの世で世界最強。邪悪で凶悪な黒炎竜。

 レーヴァニル・ドラグニル様だぞ。


 目の前で慌てふためく人間たちを目にすることができて、俺も十分満足した。

 はっはっは。

 数が増えても人間は変わらないな。


 そう思っていたら。

 通り過ぎた背後の都市から、何かが空に飛びあがってきた。


「ん?」


 首だけを振り返る。


 なんだありゃぁ……。


 騎士が空を舞っている。

 ただの騎士じゃない。

 全長10メクトルぐらいか。

 一様に白銀を煌めかせた、巨大な騎士。

 それが五騎。

 なんだ? ゴーレムか? ゴーレムが空に浮かんでいるのか?

 そりゃ開拓が進むわけだ。


 人間たちの進歩に感心しながら、俺は身を翻した。

 このゴーレムたちがどれぐらいの出来栄えなのかを試してやろうと思ったのだ。

 ふふん。

 泡を食って武器を構えてやがる。

 ん?

 魔法の武器か?

 まあこの距離なら……。


 悠然と構えていた俺の翼や胴体に、巨大な白い騎士から放たれた火炎の槍や雷撃が突き刺さった。


「ぎゅおぉおおおおぉおおぉぉおん!?」


 いでええええええええええええええ!?

 え、いや?

 なにこの威力?

 俺の黒炎結界を貫通しているの?


 状況を飲み込めていない間に第二射が襲ってくる。


 もう痛いのは御免だ!

 もちろん回避行動をとろうと……

 うわああぁああぁぁ!? 追尾してくるぅうぅぅぅぅうぅぅ!?


「ぎゅわぁあああぁぁぁぁん!?」


 結界の出力を上げて多少威力を軽減したものの、とてつもなく痛い。

 いや痛すぎるって。

 なに?

 まじであれなに!?


「ぎゅわあわぁあぁあぁああん!」


 もう怒った。

 そんなことするつもりなかったけど、焼き払ってやる!

 攻撃こそ俺の最大の武器だ!

 喰らえ! 黒竜咆!

 まぁただのブレスなんだけど。


『盾兵前へ!』

『俺に任せろ!』


 ん? なんだ今の。


 変なノイズが脳に走ったが、そんなのに気を払っている余裕はない。

 俺のブレスがどれほどの戦果を挙げるか見物みものだ。


 え?

 ノーダメージ?

 それはないでしょ?


『さすがは最新式のアダマン装甲だ! ドラゴンのブレスもなんともないぜ!』

『あの威容……。伝説に登場する黒炎竜に違いない。俺たちで仕留めるぞ! 手柄を逃すな!』


 いやまじなんなの。

 あれ? もしかして……。

 あれ人が乗っているの?

 この耳に響くのは、奴らのチャネリングか?


 うん。術式はそこまで複雑じゃない。

 聞き耳を立てさせてもらおう。


『戦功にはやるな! 盾兵と二人一組ニコイチで動け! カストルとエイハンが右翼、ヨハエルとヴィヴィナが左翼から追い立てろ! 俺が中央からプレッシャーを出す』


 言葉通り、五体の白騎士が散開した。

 左右に2体ずつ、中央の一体が、馬上槍のような形状の槍を構えて突進してくる。

 いやいや。

 もう何が何だかわからないけど。痛いの嫌だから。

 全力で逃げます。

 ごらぁ! すぐに倍返ししてやっからな! 首を洗って待っていろよ!


「ぐるるぅわぉぉおぉん」


 はは、どうせ翼無しだ。

 俺の速度に追いつけ……。

 うわーん! 予感はしていたけどしっかりついてくる!


『最大戦速で追い立てろ! 黒炎竜だ、逃がすわけにはいかん!』


『了解! 隊長!』


 了解! じゃねぇ!

 俺は最強最悪、凶悪で邪悪な黒炎竜様だぞ! ちゃんと怯えろ!

 うわーん!


 幸いというか、スピードを出している間は攻撃する余裕はない様子だ。

 追いかけっこが始まった。


 うわーん! しつこい! っていうか速い!

 じりじり近づかれるよぉ。


『もうすぐで射程に……!』

『よし、カウントしろ! こちらもタイミングを合わせる!』

『あと12メクトル……9、8,7,6、5……』


 いやいや!? 射程不足だけで攻撃できんの!?

 嘘だろ!?


『4,3、2、1……』


 いやだ!

 やってられっか!


『ゼロ! ……あ、あれ……?』


『消えた……?』


 ふふん。

 どうやら見失ったようだな。

 まあ単に人型になって小さくなって落っこちただけだけど。

 うん。

 もちろん、小さくなった分出せる力は弱くなったけど。

 あの馬鹿デカイ図体よりは目立たなくて便利だな。


 白い騎士たちは周囲をしばらく哨戒した様子だが、人型になって木陰に隠れた俺を見つけられない様子だ。


『隊長! 見失いました!』


『付近には影も形もありません!』


『むぅ……手柄を逃したか……。仕方ない、帰投……。ヴィヴィナ、どうした?』


『な、なんでしょうか……。機体に違和感が……』


『基地にまで戻れるか?』


『………。す、すいません、隊長。無理そうです』


『速度の出しすぎで機体に負荷がかかったか……? 後で整備班をどやしつけておけ。よし、帰ってから輸送隊カーゴを要請するから付近に降りて待機していろ』


『ヴィヴィナ一人だと危険です。俺も残りましょう』


『……。いや。だめだ』


『ヨハエル、大丈夫よ。一角獣の加護がついているんだもの』


『ヴィヴィナ……。わかった』


 そういって、五騎の内四騎は最初俺が脅かした都市の方に行き、残り一騎が降下してきた。


『ふぅ……。何なのかしらね、この異常。どんどん強まっている……』


 ヴィヴィナさんは声からして女性だね。

 ヨハエルさんの反応からして美人と見た。

 ちなみに……感じる機体の不調は、俺が物陰から呪詛を右膝に送り込んでいるからだ。

 滅茶苦茶痛かった分、俺の呪詛も強まっている。


『ぐっ……!』


 ヴィヴィナさん、もう右脚を満足に動かせなくなって着地で傾いでいる。


『なんなのかしら一体……。降りて確かめてみた方がいいか……』


 お、それは願ってもいない展開。


 地面に着地した白い騎士の胴体部分が突然開き、中からヴィヴィナさんと思える姿を吐き出す。


「馬鹿めが」


「え?」


 俺は出て来たヴィヴィナさんの首を、手の甲に生んだ漆黒の爪で切り裂いた。

 首から血しぶきを上げて倒れ伏す。


 ふん。

 この白い騎士? は凄まじいが、降りたらやはりただの人間だな。


 しかしなんだろうな、これは?

 俺にも使えるのか?


 俺は、ひっかかっていたヴィヴィナさんの亡骸を蹴り捨てて、白い騎士の胴体内部をのぞきこむ。


 うわ。

 外からはわからなかったけど、凄まじい魔力量だ。それが複雑に流れ合っている。

 いったいなんなんだ……?


 中にはこれみよがしな座席がある。

 たぶんこれに座るのだろう。


 ちょっと怖いけどとりあえず座ってみよう。


「エラー。エラー。マスターと認識されません」


 なんかうるせぇな。

 まあ言っていることはわかる。

 マスターとして登録した人間にしか使用できないんだろう。

 だが無理と言われて諦めては黒炎竜の名がすたる。

 もう少し魔力を通してこいつを調べてみよう。



 ……

 …………

 ………………


 なんとなくわかった。

 従え、一角獣……!

 お前のマスターは、今、俺だ!

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