第6話 恋の予感

 貫一は、火曜日を定休日にしているのだが、休みを取った次の日、作業場で、マサルと純二が、何時もの様に虚弱な男に言う、「ポチ、ポチ」と言う蔑みの言葉を、言わなくなったからだ……。


 貫一は思った。

 ……何が、あったんだろうか? ……

 職員たちは、彼らに何かして、それについて、大きな手ごたえを感じたようだ。

 それが、何なのか、貫一には、分からなかったが、職員の影響力は大きくなった。


 すると、職員たちは、作業場にいる状態の良い仲間達を、自分の縄張りである女性達の多い厨房に、故意に、引き入れ始めた。貫一も偉い職員から、厨房に入る様に、言われて、厨房の作業に参加する事になった。


 暫く、作業をすると、遅れて、マサルと純二が、作業に参加した。二人は、職員に作業を指示されると、張り切って、職員の少ない指示で、正確な作業を、こなした。

 その姿は、はたから見ても、カッコよかった。


 一方の貫一は、キッチンをホームポジションにして、洗い物を主にやっていた。

 誰でもできる仕事なので、余り、カッコいいものではなかった。

 そうね、少し、複雑な仕事になると、同僚の女性利用者に声を掛けて、一緒にしながら、作業を覚えていった。

 貫一は、スロースターターで、職員から、いきなり、言われても、正確性な仕事が、できない……。


 貫一は、作業の意味と、やり方の自由度、完成の状態の全てを、学ばないと行動に移せず、自律的な行動するには、時間がかかるからだ。


 作業は、マサルと純二のように、先頭きってやるやり方もあるが、知らない事に気づいて、助けを求めながら、やるやり方もある。


 様は、AからBにすれば、やり方は、どうでもいいという、話だ……。

 今は、マサルや純二に勝てないが、今、貫一がする事は、彼らと張り合うのでなく、やり方を、知っている人達から、仕事を、少しずつ、教えてもらい、覚えていく事だ……。


 ちょうど、職員から、パンの袋詰めの指示があったので、作業を始めたが、上手くいかない、そこで、そばにいた、こずえに、やり方を聞いた。

 「このパンの袋詰め、どうすればいいのですか?」

 「これは、袋を広げて、箸の先の広い道具(トング)で、こう……」

 そういって、こずえは、パンを挟んで、袋に入れた。

 「簡単そうにするね」

 「やだ、持ち上げないで」


 すると、純二は貫一を、羨ましがって、口をはさんできた。

 「やって、あげようか?」

 すると、貫一は、怒って。

 「これは、こずえさんに聞いているんだ」

 そういって、純二の申し出を拒んだ。

 純二は、引き下がり、二人は、楽しそうに、キャキャ言いながら、袋詰めを続けた。


 仕事が終わって、貫一は、こずえに言った。

 「ありがとう」

 こずえは、にっこり微笑んだ。


 二人は、貫一の事を、小憎らしそうに、睨んでいた。

 ……俺の方が出来るんだ、彼より上なんだ、……

 そう、鼻息を荒くした。

 やがて、今週の作業所の作業を終えた。


貫一は、もしかしたら、こずえさんと、付き合う事が出来るのでは…・・・と、期待に胸が、膨らんだ。 


そこで、貫一は、及川に電話して、一緒に喜んで、もらいたいと、思って電話した。

「もしもし、及川さんですか?」

「おお、貫一、どうしたん」

及川は、突然の連絡に驚いた。


貫一は、小声で話し始めた。

「素敵な彼女がいるんだけど、何とか交際できないかな?」

「どんな人?」

「声のキーの高い、スタイルのいい、素敵な人なんだ……」

「やったね」

及川は、貫一が、彼女を見つけたことを、一緒に喜んでくれた。


及川は、貫一に、悪戯っぽい声をして言った。

「デートに誘ったら? 熟した果実は、熟れたときに食べないと、腐ってしまうよ」

「うん~もう少し、熟れてから……」

貫一の声は、か細くなった。


及川は、貫一を焚きつけた。

「好きなんだろ?」

及川の言葉に、気持ちが堰を切ったように、激しい気持が、溢れそうになるのを堪えた。

「ああ」

そう、ひとこと言った。

及川は、貫一に、細い眼をしていった。

 「話を、沢山、聞いてあげるといいよ」

 「やってみる」

 そうして、5分ぐらい長電話した後、電話を切った。


 ふと、小説の発表を目指した、「講演会」の事を、思い出した。

 貫一は思った。

 ……ここで、彼女が出来れば、講演会に、行く必要はないよなぁ……

 でも、それは、早急に決めなくても……と、考え直した。


 まずは、こずえとのメールの交換から……


 


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