飛んだ・・・
これは乙さんが自ら言っていた事だが、乙さんは神隠しによく遭遇するらしい、乙さんはこの事を【飛ぶ】と表現する。急にその場から居なくなってしまうと言っていた。大体の発生条件は把握出来ていて、呪物の類に直に触れるか、それとも異常存在との干渉、つまり、実際の感覚が無くても、触れられる、存在が重なった瞬間に飛ぶと言う。今ではそうそう飛ぶと言う事は無いらしく、その為にかなりの注意を払っているんだとか・・・
飛んだ結果、どうなるかというと、さっきまで居た所とは異なる場所に瞬間移動する。大体が山の中、それも深い奥、人里が目視できれば大当たりらしい、
これは前に起こった話だが、俺は骨董屋で小箱を買った。値段はそこそこしたが装飾が気に入ったのと、それと何故か目について離す事が出来なかった。その装飾をこの手で持ち、じっくりと観察したいと思い、購入を決めた。そして夜、居酒屋で小箱を取り出して乙さんに見せびらかせていた
「これ、なんだか目に着いちゃって買っちゃいました。どうですこの装飾、凄い細かいでしょう」
「骨董屋で、か」
乙さんはあからさまに遠巻きの態勢をこの箱を取り出した時からしていた。その反応からこれは何かしらのヤバイものであろう事は推測できた。
「やっぱり、なんか感じたり、わかったりするんですか」
「近づけるな、確証がないから勘とか雰囲気とかしか言えねえが、今日は軍手持ってきてねえんだよ、こんなことになるなんて思ってもなかった」
俺は耳元で箱を振る、中からカラカラと軽いモノが入って居るような音がする
「中に何が入って居るんでしょうか、それに中に入れたって事は開く所があるはずなのに」
黒い漆の箱には繊細な装飾が6面全部、至る事に施されているが開閉が出来そうな一筋の線が見当たらなかった。
「絡繰り箱の類だろ」
「絡繰り箱ですか」
俺は親指と一指し指で箱をつまみ上げると目の前に持ってきてまじまじと眺めた。乙さんはメニューを手にして顔の前に広げた。その時、俺は背中に強烈な衝撃が襲った。酔っ払い客が俺に向かって倒れこんできた。すると小箱は俺の手を離れ、乙さんの方へ飛んでいった。乙さんも何事かとメニューから目線を外しこっちを見た。そして小箱を受けるような動作をすると、消えた。
盛大に倒れた客、客との衝突によって俺がぶつかってズレた机、零れるジョッキの酒、一瞬の間だが、店内を盛大な騒音で溢れかえった。その後、パカッという音が近くから聞こえた。俺は音のする方をみるとそこにはさっきまで手にしていた黒い小箱が口を開いて落ちており、その口から吐き出されたであろう、小枝のような物が転がっていた。
俺は店員にバレるとまずいと思い、即座に黒い小箱に内容物を入れ、机の上に置き、手で隠した。前を見る。誰もいない、駆け寄る店員、酔った客の友達だろうか連れ添いが俺に向けて何度も謝った。清掃を始める店員、俺に謝辞を込めて、3千円を置いて、俺にぶつかった客を抱え出て行く連れ添い、
周りにいる者が端から俺一人しかいないように振舞う。だけど、俺は知っている。確かにさっきまで此処に乙さんがいた。携帯が鳴ったので画面を見ると乙さんからだったので出る
「はい、もしもし」
「お前な、やっぱりやばいもんじゃねえか、全く」
「えぇ、中身もあまりよろしいと言えるようなものではなく、後で見せます。それよりも乙さん何処に行ったんですか」
「何処って、山の中だ、電波が届くところで助かった。今日はもうお開きだ、帰れ」
「帰れって、乙さんは?」
「俺も帰るよ、ったく、できれば近場ならありがたいが、じゃあな」
そう言って、乙さんは携帯を切った。俺は少しの間、呆然としていた。そして乙さんの指示に従った方が良いと考え、俺は金勘定を終えて、家路についた
後日、乙さんと会った瞬間、タクシーの領収書を渡された。俺は料金を見た、万を超えていた
「昨日は一体どこに居たんですか」
乙さんが言った場所は此処から車で1時間ばかりの山奥だった。俺は事前に乙さんが飛ぶ話を聞いていた。半信半疑だったが、目の前で見てしまうと原因は俺だと言う事を理解して、俺はタクシー代を乙さんに払う事にした。
「こういう事は今後止してくれ、それでも、もし見せたいのなら事前に話してくれ、こちらもそれなりの用意が必要になる」
乙さんのその言葉が嘘に思えるが領収書の額と日付が真実を物語っていた。額も額だし、日付も飛んだ翌日のものだった。下にでかでかと利用したタクシー会社が載っていた。
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