大橋
乙さんは自称、見えない人らしい、俺も自称見えない側の人間だ。でも乙さんは巻き込まれやすいと言っていた。それ故、後天的に耐性がついたのだ、と
俺は乙さんと夜中、街中を歩いていた。目的地は川を渡る大橋。近場にあるこの大橋はどうやら心霊スポットだったらしく、夜中になると、端から飛び降りを図る人物が目撃されるという。
もちろん、霊的現象の為、仏さんは発見されず、警察も張り込むなんてことはしていない。俺は乙さんに「ちょっと、夜中出歩きません」と誘うと二つ返事で了承を得た
特に話す事もしないまま、俺の無言の誘導の元、大橋にたどり着いた。大橋手前の誰もいない交差点の信号が青に変わり、橋を渡り始める。時刻は午前1時過ぎの日付が変わった土曜日
花の金曜日だった少し前、それでも、こんな時刻の車通りは少なく、大橋の上、連なる事はなかった。俺は橋の真ん中で立ち止まる。街灯が闇の中、煌煌と照って、橋全体を橙色に染めている
「この橋を事、なにか知ってますか?」
「出るって話の事か?、それとも別の話か?」
嫌がると思って秘密にしてきたのに、俺の魂胆は見え見えだったようだ
「いえ、出るって話であってます、分かった上でついてきたんですか?」
「まぁ、そんなこったろうと思ったからな」
欄干にもたれた乙さんは「見るんだろ」と言って辺りを見始めた。俺も周りを見る。俺と乙さんは橋の真ん中あたりで10分ほど周囲を確認したり、静かに待ったりしたが何も無かったので橋を渡る事にした。徐々に車の数が減っていく、時々、橋の上に車が無い時間もあった
橋を渡り終えると堤防を下り、川面へ行った。この時は乙さんが先に行き、俺が後に続く形になった。護岸ブロックや護岸岩を越え、川に触れられる場所に着くと乙さんは適当な所で腰かけた。俺も近くでいい場所を見つけ座る。
「俺が分かってて来たのは此処に現れる奴はそこまで悪意がないからだ、ただ見るだけなら、支障はあまりない、おすすめはしないがな」
「そう言えるって事は見た事あるんですか」
「あぁ、時々な」
「時々ですか、やっぱり毎回って訳じゃないんですね、波長みたいなものがあるんでしょうか」
「かもな、それとも何かしらの条件か、毎回なんてそんなの普通に生きる事出来ないだろ、ただ頻度が多いだけだ」
そういう乙さんの顔は闇が挿し、分からない。乙さんは他人を怖がらすなんてお遊びめいた事はしない。普通の口調で言っているのだが、尋常ならざるバケモノが人間の皮を被って話しているようだ
俺はそんなバケモノから目を逸らし、川面を見る。川の色が黒く濃い、そして違和感があったが何がおかしいのか分からなかった。
「今回はだめだったようですね、今度にします、その時は奢るんで、また来てくださいね」
それは背伸びをしつつ立つ、そんな俺とは異なり隣に座る人物は動かない
「果たして、そうか」
そういう乙さんの声は重なっているように聞こえた。隣を見ると深い闇が広がっており、乙さんの姿を見えなくなっていた。そして俺は気づいた。
大橋の街灯が全部消えていた。車など一切なく、今外出している人間は俺と乙さんだけだと錯覚する静寂、人の気配が全く無い。
橋の両側のマンションには明かりが灯っていたが、川の上、その川を跨ぐように一層黒い闇が広がっており、巨大な建造物が闇の中埋もれていた。
タン、タン、タン、タン
橋から距離が結構離れているのに誰かが橋を渡る足音が聞こえる。夜中、気象等の条件が整えば遠くの音が聞こえる時がある、しかし、それだとしても足音迄は聞こえる筈はない、
大橋の停電については最近、計画停電等の話があったか考えた所、そんな話は一切聞かない
タン、タン・・・
足音が止まった。俺は乙さんを見る。闇に眼が慣れて、うっすらとだが、輪郭を見る事が出来た。座った姿勢で橋の真ん中の方を見ている。足跡が止まったと思われる場所、
バシャン
質量のある何かが水に落ちる音がした。そして静寂に包まれた。一切微動だにしない乙さんを見ていると俺は行動する意欲が失われていった。そして少しの静寂のあと、大橋の明かりが思い出したかのように明滅すると一斉に灯った
「さっきのあれは?」
「ただ頻度が多いだけだ」
乙さんは自分に言い聞かせるように言うと立って埃を払った。
「帰ろうか」
そういう乙さんに俺は無言で従った。そして再び橋を渡って帰る最中、真ん中に差し掛かった時
「見るだけならいい、あまり影響もでないしな」
とこの橋に投げかけるように言った。俺はこの人によって異世界というものを信じるようになった。異世界というのはこの橋の様に無害なものからかなり危ういもの迄ある。だからあの人は俺に対して、あまりおすすめしない、と言ってくる。
でも、俺はそんな世界に魅力を感じ、虜になっていた
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