This is is me

 逃亡生活を始めて一週間が経った。あれからもリンタからの連絡はない。やはり僕もコウメイも身に覚えはなかった。

 テレビのニュースによると、あの雑木林から死体が見つかり、近くにあったベースが凶器と見られ、そこから僕たちの指紋が見つかったらしい。リンタは何本かベースを持っていて、一つをあの雑木林に置いていた。

「それでは次の話題に」

 僕はテレビの電源を切った。コウメイはギターのチューニングをしている。和泉驎太が帰って来た時のためにしなければならない。と、彼は言っていた。

 日本中の人々が僕たちを殺人犯だと勘違いしている。なぜか、特にリンタを主犯格だと思っているようで、見える全てが敵に見えた。

「じゃあ、僕は買い出しに行ってくるよ」

 普段はしないマスクにメガネを身につけて、ネットカフェの外に出る。外は夜で、

 少し歩いたところで、電話が鳴る。リンタからと思ったら、コウメイからの着信だった。

「今すぐ走れ。警察が来た。俺も逃げる」

 絶望の音も、今ではすっかり耳慣れてしまった。


 そして、今に至る。僕の脳裏には、あの誘拐された時の記憶がへばりついている。

 人通りの少ない静かな街に、誰か知らない人が僕を捜索する声が響き、僕はまた走る。しかし見つかったのか、後ろから怒号が聞こえた。思わず振り返ると、二人の男が僕を追って来ていた。

 より強く、地面を蹴る。

「そこのお兄さん、ちょっと止まってね」

 ちょっとでも止まれるわけがない。もっと速く走らなければいけない。

 だが、悲劇的なことに、正面からも警察らしき二人が来る。急いで近くの廃ビルに駆け込んだ。

 ばらばらなリズムの足音が響く。段々に警察たちの足音も反響した。

「おい!」

 警察の一人が叫ぶ。

「お前の仲間、一週間前に一人死んでんだよ!大人しく掴まれよ!」

 足を止める。リズムが一つ消え、今生きている証が無くなる。コウメイはさっき連絡が取れた。最悪なパズルが完成していく。全てが夢。ドッキリ?いや、違う。恐らく事実はこうだ。

 

 ああ、最悪だ。世界が崩れ落ちる音がするなあと思ったら、警察が走る音だった。もうどうでもいいじゃないか。そうだ。もう、どうなっても、結局最悪だ。もう全て手放してしまおう。夜が始まる空がとても綺麗だ。




 それは、突然だった。耳の奥底をくすぐられるような、爽やかな音が、僕を切り裂いた。

「逃げろ」

 マイクを通した、コウメイの声が響く。警察達の困惑する声が聞こえる。僕は笑って、また走り出した。一体どこで弾いているのだろうか。

「最高だ」

 僕はもう、誘拐された時のことなど脳の片隅にもなかった。あんな回想はもう、僕には関係ない。

 一気に階段を駆け上り、屋上へ出た。警察も追いついてくる。階段を下り直すか、大人しく捕まるか。いや、第三の選択肢だ。

 コウメイのギターを聴いている時は、僕にかかる重力が消え去る。僕は高く飛んで、少し離れた隣のビルに着地した。

 コウメイはついに曲を弾き始める。僕の大好きな曲だった。『コインサイド』だ。コウメイは歌う、というより叫んでいる。

 ビルはいつの間にか囲まれていて、十数人がビルの中に入って来ていた。

 僕は入り口とは反対の、ビルとの間にある隙間に近づく。

「君が抱えている傷に」

 コウメイの叫び声が聞こえる。僕は魂に力を入れる。これが僕たちだ。これが、これこそが、「和泉驎太」の姿だ。

「声高く叫べ、『this is 和泉』!」

 僕は声を立てて笑う。コウメイが駄洒落なんて珍しい。そして、僕はまた飛んだ。ビルとビルの間に。

 落ちる中、今までの記憶が溢れてくる。そして、僕は「coincideコインサイド」という英単語の意味を思い出す。それは確か


『同時に起こる』


だった。


 かなりの衝撃を覚悟していたが、一人の人間と、マットレスがあったおかげで助かった。男の腕には竜の刺青が貼ってある。近くには少年が立っていた。少年のシャツにはロケットのバッジがついている。

「え、あ」

 少年はまだ困惑しているようだ。僕も何が起こっているのか、全くわかっていない。

 警察の指示する声と、足音がまた聞こえる。それは、どこか希望を含んでいた。

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