インディーズ・ジョーン

「新しい道を試してみないか?」

 リンタはそう提案した。コウメイはギターをチューニングする手を止める。

「新しい道って何だ」

「一曲くらい、曲調を変えてもいいと思うんだ。っていうか、俺が試してみたい」

 もちろん、リンタの提案なら大抵僕たちは断らない。

「落ち着いた曲をやってみたいんだ」

 リンタが珍しく緊張した様子で僕たちに持ちかける。

 僕たちのバンドはロックで今までやってきた。曲をコウメイが作り、リンタがさらに言葉をのせる。

 リンタはコウメイに許可を取るというより、僕に探りを入れるようだった。心当たりはなく、不思議に思う。

「そういうことなら、もう一曲作っている」

 コウメイはいたって冷静な顔でそう言った。

「俺も、そんな曲を作ってみたかった」

「何だ、相思相愛じゃん」

 と僕は言った。


 コウメイが打ち込んできた音源に、リンタが合わせて歌う。懺悔を主題にした内容だった。両親に、友人に、世界に謝るような歌だ。不思議と、眠る前の暖かさのようなものが心を満たす。いつのまにか頰は濡れていた。

 その詩は、許されないほどに文学的で、情緒的だった。

「その頰が冷たいのは、僕のせいだ

 その目が温かい理由が分からない」

 苦しく悶えるようにリンタが声を出す。乾いた風が吹く冬。暖房がスタジオの中を温める。歌声が僕たちの地球をかき混ぜる。思考がずれて、ひっくり返されるような気分になる。

 気がつくと、三人全員が泣いていた。


 僕たちがその曲をリリースすると、世界は賞賛した。しかし、僕たちはそれ以降もロックの曲を出し続けた。それでもついて来てくれる人は意外といたし、念願のワンマンライブを開くことも叶った。

 僕は他のバンドにドラムの助っ人で呼ばれることが増え、いい意味で忙しくなった。僕たちはあの居酒屋の常連になり、通うたびに店主の笑い話のキレは増した。

「そういえば、夜明にあって欲しい奴がいるんだ」

「ああ、そうだ」

「誰だろう、僕の知人?」

 コウメイは首を横に振る。

「僕の一方的な知人?」

 二人は揃って首を振る。

「じゃあ僕が一方的に知られてる人?」

 店主とリンタとコウメイは一斉に首を縦に振った。

「あんたは知らないだろ」

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