すべらない話

 二度目のストリートライブの後、打ち上げを居酒屋で行うことにした。バンドマンみたいだ、とふざけ合う。しかし、店の外観はもちろん、店内はユートピアを取って来たような美しさだった。

「存外に綺麗じゃないか」

「本当に居酒屋かと疑いたくなる」

「居酒屋と呼ぶには些か洒落すぎているね」

 居酒屋によくある庶民感とも、高級感とも離れたような場所だった。

「どっちかと言うとバーっぽい?」

 そう呼ぶのが相応しい。天井には星のような光が散りばめられていて、照明がない。だけどどこからか光が取り入れられていて、視界は悪くない。太陽系のような模型がカウンター席で寂しげに立っている。

 カウンターの向こうには初老の店主が立っている。荘厳な文豪のようにも、気難しい音楽家にも、やはりバーのマスターに見える。

「どうぞこちらに。ちょうど空く時間です」

 店主は落ち着いたクラシックのような声でカウンターを指した。鋭い、けれど優しい目で僕たちを見る。全てを見通されているようだ。

 僕たちは言われた通りに座ると、思い思いに酒を注文し始めた。ちくちくとした痛みが喉を刺激する。爽快だ。

 その後も僕たちは飲み続け、珍しくリンタが一番先に酔い始め、しまいには寝てしまった。思っていたより店主は気さくな人で、僕たちの雑談に混ざり始めた。

 僕も酔いが回り始め、夢を見ているような心地だった。

「小学生の頃の話なんですが」

 店主はそう始めた。僕とコウメイは話題にも尽きて来た頃なので、興味剥き出しで店主に耳を預ける。

「校庭で野球をしていたんですよ。私がみんなを誘って。まだ子供で、遊び盛りですからね。

 私は最初のバッターだったのですが、ちょうど日が当たって眩しかったので場所を変えようと提案しました。

 そしてゲームが進んでいく中、一球、明後日の方向に飛んでいってしまったのです。まあその日は気に留めいませんでした。

 その翌日、私たちは職員室に呼び出され、先生に罵られました。図工室に置いてあった、図工の先生の作品が壊れていたようなのです。しかも、近くには野球のボールが」

「あら」

「まあ、バッターだった友達が、先生の怒りの矛先になりました。

 とはいえ、誘ったのは私ですし、私が場所変えの提案をしなければ恐らく図工室には入りませんでした。この時は、途轍とてつもない罪悪感にさいなまれましたね。

 この時、私は『事件において、どこまでが犯罪者なのか』という社会問題に齢十歳で立ち向かったものです」

 どこまでが犯罪者なのか。僕は小さい頃の誘拐事件を思い出しそうになる。急いで酒で蓋をした。

「ああ、これがオチじゃなくて、実は私たちが犯人じゃなかったんです。どうやら、図工の先生は自分の作品が気に入らずに壊していて、野球のボールは空いていた窓から入っていただけみたいです。いや、気難しい陶芸家かってね」

 僕たちはリンタを残して笑った。酒が入っていたのもあり、もはや何でも面白くなってくる。隣でコウメイが肩を揺らして笑っていて、その珍しさに僕もさらに笑った。

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