第三の選択肢

「俺はこの方がいいと思っている」

「僕はこっちの方が好きかな」

 リンタは黙って見守っている。初めてのオリジナル曲の名前を決めるのに、僕の意見とコウメイで意見が衝突している。冬の世界に合わせて、スタジオの中の空気が冷たく肌を刺す。

 僕の意見は「傷」、コウメイの意見は、「dash/crushダッシュスラッシュクラッシュ」。気まずい雰囲気になり始めたところで、リンタが何やらポケットを探り始めた。出された手のひらには100円玉が乗っている。

「コインで決めようぜ。その方がお洒落だろ?」

「そりゃ洒落てはいるさ」

「異論はない」

 お洒落なものは仕方がない。

「表が出たら夜明の案、裏なら詩命の案を可決する。」

「了解した」

「分かった」

「それじゃあ、賭けの時間へと洒落込もう」

 コインが親指で弾かれる。空気と社交ダンスでも踊るように宙を舞う。時折照明の光を反射して、その眩しさに僕は何度か瞬きをした。コインが床に何度か跳ね、動きを止めた。

「この場合って、どうする?」

「どうなるんだ」

 100円玉が側面で立っていた。僕とコウメイ、どちらでもない。僕たちは笑った。

「これは俺の案だけど、コインの面って意味で、『コインサイド』ってどうかな」

 さっきまでの衝突が嘘のように、問題は満場一致で解決した。

 僕たちが壁に当たった時、いつもリンタが、いつの間にか解決している。もう一度、スタジオに暖かい空気が流れ始める。暖房が働く音がようやく聞こえるようになった。

「じゃあ、一旦合わせるか」

 リンタがそう言うのが分かっていたかのように、僕たちはすでに準備を終えている。

「逃げろ」

 コウメイがそう呟くのが聞こえる。曲が始まる。リズムの足跡を追ううちに、曲はすでにサビに到達していた。

「君が抱えている傷に

 声高く叫べ、“this is me”!」

 リンタの声はよく通り、スタジオの中を何度も反響した。それもまた心地よく、僕は自分の楽器じゃなく、彼らとの言葉のない会話に夢中になっていた。

 この曲が僕たちの証明になると、僕は密かに直感している。二人も同じかもしれない。歌詞にもある通り、『これが僕たちだ』と世界に叫ぶ日が来るのが待ち遠しい。

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