日常のスクリーンショット

「あと三十分で本番だぜ、俺たち」

 そう言ってコウメイはアイスバーをかじった。僕もそれに続く。爽快さが、酷暑にうんざりしていた体に走った。高校一年生の文化祭一日目は真夏日。僕たちのバンドは今日、出番を全うする。

 当たればもう一本もらえるものだが、三人とも当たらなかった。験担げんかつぎとして買った節もあり、少し落胆する。

「まあ、本番前に腹痛にならなくてよかった」

 リンタは真面目な顔で呟く。

「その『当たる』だったら大問題だけどね」

 僕は『当たる確率25%!』と書かれた、教室の扉に掛かっている

看板を指差す。

「わからないぜ、もしかしたら俺たちの実力に嫉妬した誰かが一服盛った可能性もある」

 まだふざけるリンタ。

「ああ、俺たちの実力は学校一だ」

 真面目に答えるコウメイ。

「一年坊がナマ言いやがって」

 ふざけ返す僕。緊張はあったが、根拠のない自信が湧いてきた。


 ステージ近くのテントに移動する。ステージでは二年生の先輩たちによる演奏が行われている。

「ありがとうございましたー」

「あ、次のバンド、クオリティすごく高いし、全員のレベルめちゃくちゃ高いんで、楽しみにしてください!」

 唐突にハードルを上げられる。しかし、それでもリンタはにやにやしている。

「生きてるうちは、生きてないことなんてないんだよ」

 リンタは何か遠くのものを見据えるように、力強く言葉を紡ぐ。

「どんなに失敗しても、俺たちは死んじゃいなんだ」

 僕たちの名前をマイク越しに紹介する声が聞こえる。どこからともなく、夏の歌が流れてくる。

「行こう」

 みんなが歓迎する声が聞こえてくる。テントの影から出ると眩しい太陽に照らされた。

「人生を、執行する」



 人生初の打ち上げはファミリーレストランで行われた。お洒落な、しかし陳腐なジャズが店内に流れている。

 それでも僕たち三人は浮き足立っていた。演奏が終わった後、すれ違うほとんどの知り合いから、「お前がナンバーワンだ」と言う旨のことを伝えられたからだ。

「何食べる?」

「俺はスパイスチキンとドリンクバーを頼む」

「僕はチーズピザとドリンクバーで」

 リンタはスマホを操作し、料理を注文する。

「和泉驎太は何を頼むんだ?」

 くればわかるよ。リンタはそう微笑んだ。

「俺やっぱり三人でいるのが一番楽しいよ」

「俺もだ」

「僕も、当然」

 なんて馴れ合っていると、料理が届いた。リンタのものはエスカルゴだった。よりにもよってなぜこれを。


 ファミリーレストランを出た後、僕たちは帰路に着く。そんなわけはなく、真っ先にあの雑木林に向かった。

 僕は元々置いてあるドラムセットで自分を囲む。コウメイはギターを出す。リンタも置いていた予備のベースを抱えた。三人で音合わせを始める。

「逃げろ」

 とコウメイがギターを弾く直前に呟く。彼の癖のようなものだ。本人になぜそう呟くのか聞くと、『ギターの音色は嫌いなやつをぶった斬るためにある』らしい。返答になっていない。

 『逃げろ』は嫌いな奴への威嚇とも取れるし、嫌いな奴から逃げちまえ、という文句にも聞こえる。真相は闇の中だった。

 やがて僕たちは同じモチーフの旋律を奏で始める。リンタのベースを聞いてる時は吹き飛ぶような気持ちになる。コウメイのギターを聴いている時は、僕にかかる重力が消え去る。

 三人の音が綺麗に混ざり、空に登る。夜空には夏の大三角形が光っている。

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