第3話 さよなら、嘘の街
「やあ、待ったかい?」
ほどなくして、ハウリクスは戻ってきた。ふわりと赤い果実の匂いがする。カップをそっと僕の前に置く。絵柄が見えるように。カップがさっきの白いカップからアイリス柄に変わっていた。やはり、彼女はここに来たのだと僕は確信する。
「だいぶ待ったさ。世界が終わるかと思ったよ」
「終わってしまったようで残念だ」
目で僕たちは笑い合い、カップとソーサを持ち上げて乾杯の仕草をした。琥珀色の飲み物は口いっぱいに香りを広げた。これは一体何という飲み物何だろう。ハウリクスはいつも色んな少しずつ違う琥珀色の飲み物を持ってくるのでなんだかわからない。
「これはなんて飲み物だい?」
「これ?レモンティーってやつさ」
レモンティーとやらではないことだけはわかった。まったく、ここでは本当を知るのに、手間がかかる。
「ここにある、飲み物の名前を教えてくれないか」
「そうだな。ミルク、コーヒーもしくはアップルティーかな」
三択だ。
「ここにあるのはアップルティーか」
「違うよ」
正解のようだ。なるほど、これはアップルティーというものらしい。僕はあまりものを知らない。嘘ばかりついてきたから。それはみんなだけど。温かいアップルティーとやらは嘘でカラカラになった僕の喉を嘘みたいに潤してくれた。
「ああ、まるでドブの上澄みみたいな飲み物だ。まだまだここに居たいよ」
ここで長居をしている場合ではない。僕はハウリクスにそう告げると、ハウリクスはゆっくりと僕の手を握った。
「戻ってこないのかい?」
「さあ、どうだろう」
「もう会えないのかい?」
「さあ、どうだろう」
嘘も本当もハウリクスに任せた。ハウリクスはやれやれとゆっくりと首を振った。途端、一瞬僕は嵐のような寂しさを感じたけれど、アイリスの柄のカップを見て、そっと目を閉じた。
「彼女を探しに行くわけにはいかない」
「ここでは約束が全てだ」
「違いない」
僕は笑った。ここに約束なんて成立しない。だから自分の判断で勝手に決めていいんだ。
「さようなら」
と僕は言った。
「さようなら」
ハウリクスも言った。だから僕もそっと白い扉を開いた。
灰色に並ぶ白い玉のこの一人分だけ入れる乗り物の名前を僕は知らない。一度聞いた時は確かカプセルと言われたっけ。それも本当かどうかわからない。そもそもこの街で名前なんて意味をなさない。14と書かれた鍵は41番目のカプセルにはまった。これだからこの街は色々と手間がかかる。
小さな鍵を丸い窓の側の穴にかちりとはめると嘘みたいに丸い窓が上に開いた。埃臭くて僕は二、三、こほっと息を吐きだした。ハウリクスの奴は掃除を怠っていたらしい。
中に入るとシートは少し灰色だった。座ると嘘みたいにふかふかだ。ゆったりと腰かけると窓がウィーンと小さい音がして閉まった。さて、どうやって動かすのだろう。何せ操作方法なんて知らない。聞いたところで嘘だらけだ。
ただこの狭いカプセルの中では、赤いボタン膝の間に一つあるだけだった。操作方法など聞く意味もないのだな、と思う。
ポチ。
そのボタンを押すと、カプセルは小刻みに震えだした。ゆっくりとボールは宙に浮いていく。少しずつ小さくなっていく嘘の街。なぜか高い建物が多くて、灰色で、嘘ばかりだった僕の街。僕は彼女を探しに行くよ。彼女の愛が本当かを確かめに行くよ。
だからさよなら、嘘の街。
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