第2話 ツタの家
僕は紙切れを灰色のジャケットのポケットに心臓のように大切に折りたたんでいれた。灰色の帽子をかぶり、アイリスの扉を開く。
街出てみると、ロバとイヌとネコとオンドリが面白い楽器を奏でている。これはなんの音楽なのだろうか。聞いたことがある気はするが、曲の名前もみんな嘘ばかりつくから、本当の名前なんて知らない。
リズムに合わせてフワフワ歩く。歩いて歩いて、建物が少なくなると、ツタがからみつくおうちについた。漆喰の二階建てのおうちにかれた茶色のつたがずらり。そして庭には丸い白い玉に、丸い窓が着いた目玉のようなカプセルもずらり。全部にツタが絡まって、少しづつひび割れていっている。扉も一回じゃ開かない。2回、3回と押してようやくぎぎいと音を立てて、白い扉は開いた。端がまた少し欠けた気がする。
「やあ、ルウ。こんにちわ」
ルウ、と僕の嘘の名前を呼ぶ。
「ハウリクス、こんばんわ」
ハウリクスも本当の名前かわからない。何せ僕たちは親も嘘の名前を呼ばれる。パウだったりカルクスクだったり、その日の気分で好きに呼ばれる。だけどみんな、親のその声と響きの中に含まれるそれに、反応して返事をするのさ。「誰?」って。
「今日はルウと呼ばれたい気分だね」
「ハウリクス、彼女はここに来たかい?」
この街の挨拶を無視して僕は聞いた。何せ僕は急がないといけない。彼女が遠く遠くへ行ってしまう前に彼女を探しに行かないといけない。ハウリクスはひどいな、という風に、肩をすぼめた。
「彼女はここに来ていないよ」
「そうか。何番に乗らなかったんだい?」
「13番」
それも嘘かどうかわからない。ここには真実なんてないのだから。事実を確かめるのも大変だ。僕はツタの絡む窓から丸い玉を数えてみた。なるほど、13番目はないようだ。
「信じたかい?」
「信じないよ」
ふふ、とハウリクスは笑った。機嫌がいいのか悪いのか、ここではよくわからない。
「14番を貸してくれないかい」
「嫌だね」
そういって、金色の小さな鍵を取り出した。小さいのにキラキラ輝く丸い鍵には、14と小さい白いタグが付いている。これも本当かわからない。そのカギを僕は受け取った。
「探せるかな。何せ目的地も嘘ばかりだ」
「見つけるまで探すのさ」
ああ、これも嘘になってしまう。しまった、と僕は思った。
「いいじゃないか。歓迎するよ」
それは、嘘であってほしい。僕たちの会話はいつだってちぐはぐだ。
「行く前にお茶でも飲んでいかないか?」
「いいね。時間はたっぷりだ」
そんな時間がないから断ったが、漆喰の重いテーブルの上に白いカップが二つ並んで空になっている。彼女も飲んだのだろうか。そう思うと、僕は自然に空になったカップの椅子に座っていた。
「君の嘘は上手だね」
ハウリクスは笑って、彼女が飲んだかもしれないカップをひき、奥へと消えてしまった。今日も窓から見える空は薄暗い。あの奥には何が隠されているのだろう。みんな少しずつ行ってしまった。
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