第3話 残虐な趣味
突然揺れだした教室に混乱する私達を、魔法で宙に浮かんだ十五歳の少年が見下し、その年齢とは不釣り合いに残虐な笑い声を小さく発した。
私は安全のため地面に座り込みながら、彼が魔法を止めるのを待ち続けた。
少し離れた席のキティの様子が気になるけど、彼女の様子を伺う間もなく震度は高まり、壁に打ち付けられたり倒れた机椅子が飛んできたりする様になり、とてもそんな余裕などなかった。
固定されていないロッカーが倒れたり、教材が散乱したり、人と人とがぶつかったりで大混乱。そんなことを平然とやってのけるのが恐ろしくてたまらない。
「……これお料理みたいで楽しいねぇ! 具材増やしちゃっても良い?」
「好きにしてくれ」
「やったぁ〜!」
魔法でふわふわの保護膜を張り、その中で遊具で遊ぶみたいにポンポン跳ねていた少女が少年に問う。
了解を得た途端に、彼女は私達の閉じ込められた教室に、魔法で発生させたガラス板をいくつも落とした。
目的は分かりきっていて、私達を怪我させること。
こういった便乗こそが彼女――
私含め皆は、保護、結界、治癒……その他身を守る魔法を使わないのではなく、使えないから怪我をする。
私は普段ならば魔法は使えるけれど枯渇状態で回復まで暫くかかり、大抵の人は魔法自体を殆ど使えない。
今私達を傷つけている彼らが使っている魔法は、どちらかは分からないけど、超希少アイテム又は違法薬物と見られる。
五分程経ち、よくやく揺れの魔法は抑えられた。
怪我人が出たどころの騒ぎではなかった。
それなのに教員は駆けつけてこないし、他のクラスの人も見に来ない。警察を呼んでも何ら問題ないだろうに。――
保健室が開いていなかったため、怪我した生徒を廊下の隅に寄せて、何人かの生徒が応急手当をした。
怪我をしていなく手当てもしていない生徒たちは、自分が散らかした訳ではない教室の掃除を嫌嫌ながらにする。しないと、彼らが機嫌を損ねてより残虐なことをしでかすから。
そんなとき、ロリータドレスを着こなした三人目の異常者が姿を現した。
「あれ、二人とも何してるの?」
彼女のごく普通に物を尋ねるのと同じような問い掛けに、愛夏がニコニコと微笑んで答える。
「
「イタズラじゃなくてゲームだよ。揺れに耐えるだけのゲームを提供してやったんだ」
宇宙が愛夏に反論する様を、椿は呆れたように見て、話を終わらせるよう促した。
「それは良いから。……キラはまだ来てないの?」
「うんうんまだ来てないのー! 早く来ないかなぁ〜」
「アンタ、アイツのことそんな気に入ったの?」
「イケメンだし強いしオシャレだしぃ、嫌う理由とかなくなーい?」
あっそう、と、引き気味に椿が言うと、ムッとしたように愛夏が言い返す。
そんな会話こそどうでも良いから、せめて二人は怪我した人に謝罪と弁償しろ。散らかした教室を片付けろ。
そうしないから異常者なのだろうけど、親や教師は何をしているのだろうか。
ガラス片を片付ける私に、同じくガラス片を片付けていたキティが小声で話かけてきた。
「……ねぇ華穂、皆は親とかに訴えてないの? 私、昨日話して保護魔法石貰ってきたんだけど。学校にも話しに行ったらしいし」
「うちは無理なの知ってるでしょ。学校って……、アイツらに全く対応してないよね? あり得ないわ」
「あーそれね、椿も宇宙も愛夏も家がヤバい金持ちらしいよ。学校側が買収されてるって話」
「そうなの? ちなみに肝心の“魔王様”はどうなのよ」
「それが“魔王様”だけは家庭は至って普通らしいの。何がどうしてああなるんだか」
気を付けようねー、いざとなったら休もうねー、と言葉を交わし、また黙々と作業を続けた。
それから二時間、授業はなかった。
昼休み。
「はーっ……、眠、ねっむ」
キティと二人でお昼を食べていると、キティは唐突に机に突っ伏した。
「私、キティのメンタルが羨ましいわ」
「へへーん……私のこと馬鹿にしてるでしょ」
「うん」
「ひっどーい」
朝のことを忘れてはいないけど、他愛ない会話をして気を紛らわせる私達。
周りのみんなも大概そうで、この時間だけは和やかなムードが流れていた。
“魔王様”が来るまでは。
ガラガラガラ
前の扉が開いただけなのに、例の三人を除く全員が凍った。教師ですら例外でなく。
「あ! キラお早う!」
「あぁ」
嬉しそうにはしゃぐ愛夏を軽くあしらい、こんな時間になってから教室に現れた“魔王様”――キラは教室をザッと見渡した。
「宇宙だろ、今朝何かしたの」
「分かる? 今日のゲームは考えてなかったから、即興でミニゲームにしたよ」
「やるならもっとやれば良いのに」
「また計画したらね」
軽くそんな二人の内容よりも、私達は別のことが気になっていた。
昨日の“魔王様”の台詞。
『一日一人殺る』
会話を終えた“魔王様”が焦点を合わせたのは。
「お前来いよ」
「わ、わわ、私ですか……?」
呼ばれたキティが泣きそうな顔で私を見ている。
私もいきなり親友が呼び出されて混乱していた。
助けたいと思ったのに、体は固まって動かなくて、声は怖くて出せなかった。
「……華穂っ!」
椿と愛夏に引きずられたキティを、完璧でも完全でもない私は、黙って見届けるしかできなかった。
私は今、本当に、百パーセント、完璧じゃなくなった。
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2人の未来は釣り合わない交換条件で〜不良男子とお嬢様の恋〜 雫 のん @b592va
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