第2話 2日目は1日目よりも酷く


 ルーティーン通り、朝六時丁度に自然に起きた私はまずため息をついた。


 まともに眠れたのは一時間くらいだろうか。

 寝不足の見た目も疲れも、魔法で何とでもなるのが幸いだが、処理するのが本当に面倒臭い。


 いざとなったときのために魔力消費は最低限にしたいのに、こんな要らないことに使うだなんて。


 さっさと立ち上がり、自室に備え付けの洗面台に向かう。


 ――私の部屋はとても広い。


 女王の妹である母が立派な敷地と豪邸を所持しているから、その娘の私も恩恵を受けられるのだ。

 お金に困ったことは一度もないし、本家でも男でもないから最高レベルの教育は求められない。あるのは母からの期待のみ。

 あまりに高慢な母に愛想を尽かした平民の父は、私が四歳の頃、早々に所有者が母であるこの家を出た。


 以来ここで暮らすのは母と私と使用人だけ。――いや、もはや私は母の願う娘そのもので、使用人さんも母の奴隷だから、実質一人の様なものだけど。

 男尊女卑も気にせず済むのは良いけれど、母の重圧を一つの体で背負うのは正直言って苦痛だ。


「……」


 色彩変化の魔法で寝不足には見えない顔を作り、ホッと胸を撫で下ろす。これで母に――いや、これで私は今日も健康女子。

 後はサッと体力回復魔法を使い、制服に着替えて食卓に行った。


 広すぎる豪華な食堂で、これまた広すぎる机に皿を乗せ、ほぼほぼ無言のまま母と二人きりで食事をする。

 気まずいことこの上ない時間が過ぎれば、後は少し支度をして学校に向かうだけ。


 いつもならこの家を出られると段段気分が上がってくるこの時間が、今日は辛い。


「ご馳走様でした」


 食事を終えた私は、辛いけど、辛くないよと自分に言い聞かせて登校した。








「華穂おはよう!」


 学校に着くと、靴箱で去年仲良くなって今年も同じクラスになった友達、通称キティが挨拶をしてきた。


「キティおはよう」


 彼女は私の一番の友達で親友。


 彼女の母は国内女性アイドル人気ランキング二位のスーパーアイドル。父はテレビでも引っ張りだこの、SNSでトップクラスのインフルエンサー。本人は配信者兼モデルをしている世間の注目の的、一言で言えば見た目最強の女子。

 この世界では、数百年前に不老魔法が生まれてからは、母、父――更にはその上やまたその上の世代以降でもビジュアルさえ良ければ余裕で顔売りできるのだ。


「ねえ華穂、昨日寝れなかった?」


「え!? 分かる!?」


「分かるって……? ほらクラスが結構ヤバかったじゃん、華穂は気にしてそうだなと」


「あはは気にはなったけど健康に悪いし寝たよ」


 なら良いけど、と前を向くキティの横顔を見て、本当に気づかれていないんだと安堵した。

 仲良しだからそんな気がしただけ、か。親友に嘘を付くのは胸が痛いけれど、それなら良かった。


 教室の前で立ち止まり、二人で顔を見合わせて息を呑む。


 いよいよだ。


 平等に、せーので扉を開いて教室をザッと見回してみて、彼らがいないと気づくと緊張から解き放たれた。


 緊張が解けたのはキティも同じなようで、二人でクスクス笑ってそれぞれの席に着いた。

 まだ来ていないなら、昨日から張られていない限り罠の心配はない。昨日は教卓にいて先生が犠牲になったけれど、今日はどうだろうか……。


 不安から教卓を魔法で調べてみたが、幸いなにもないようだ。一応クラス全員分のを調べてみたが何もなかった。

 残り少ない魔力を無駄使いしてしまったことを後悔した。


 ――彼らを警戒しているのか、クラスはしんと静まり返っている。

 誰一人として言葉は発さず席は離れず、誰もがチラチラと扉の方を伺っている。

 来るなら早く来れば良いし、来ないなら永久に来るな。


 そうしている内に、時間は朝のホームルーム五分前――昨日の一人目がやって来た。


 ――ガラガラガラ。


 開いたのは前の扉で、様子を伺っていた皆が一瞬で扉から目を逸らし た。目を逸らされた主だけは、何故だか不思議そうにわざとらしく小首を傾げてみせた。


 彼女は制服を着ずに地雷系ファッションをしていた。綺麗な勿忘草色のボブヘアをハーフツインにし、その片方には真っ赤なでかリボン、反対側には真っ黒なでかリボン。そんな格好で私立中学校に来られるのが、呆れを通り越してむしろ尊敬に値する。


 まあ最初に来たのが、ただ制服を着ない意地悪ぶりっ子なだけの彼女なのは不幸中の幸いだ。

 彼女は一人では周囲を強く傷つける問題行動はしない。普通に自席に座って校内使用禁止の最新鋭の携帯端末をいじっている。


 問題は、彼女は残る三人の一人とでも重なれば悪魔になること――。


 誰も来るなと祈り、恐らく私以外の多くの人も祈った。


 しかしその祈りは天に届かず。


 限りなく音を出さずに後ろの扉が開くと共に、昨日の印象から一言で言ってヤバイ奴が現れた。


「今日のゲームを始めよう」


 彼の細い一本結びが光を帯びて揺れ動くと共に、私達の居る教室全体が、震度6弱の地震程に揺れ出した。

 大蛇の様なゲームマスターは皆が混乱する様を、不敵な笑みを浮かべて見守っていた。

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