承認欲求

ボウガ

第1話

 SNSが収益化して、一般人もそのインプレッションで気軽にお金を稼げるようになった。その中で、ある男性アイドルAは、そうした中褒められない仕事で生計を立てているらしいある女性に興味をいだいていた。


 ひと昔前に売れた女性アイドルのBの顔をアイコンにしたアカウントで、いわゆるインプレッションゾンビという方法で、他の人気を博した投稿にぶらさがり、インプレッションを稼ぐという手法をとっているようだった。性別はわからないが、話し方や丁寧な文章といい、どうやら女性らしい。


 趣味悪く自殺した人間の口調をまねて返信を送る。ただ、Aはこの女性に違和感があった。ただインプレッションを目当てにしているにしては、そこそこのフォロワー数を誇り、そして、彼女のインプレッションは適格なのだ。適切なアドバイスをして、返信を感謝する有名人もいるほどだ。


 もし自分が、有名人でなければ、ただそれだけで不思議な存在という事で終わる話だが、彼はアイドルだった。


 彼には誰にも言えない悩みがあった。最近ストーカーされているのだ。けれどそんな事はありえないと思った。アイドルとはいえ、そこまで売れているわけでもなく生活はやっとでなりたっている。一部熱狂的なファンもいるが、それにしたって、こんな鳴かず飛ばずな自分がこんな目に合うとは思わなかった。


 何より苛立ちが募っていったのだ。必死に練習をしたり、必死に勉強をしたり、仕事をする日々の中で、雑音が入る、それだけで苛立ちがたまる。


 あるとき、あまりに怒りがたまったあげく、彼女をまちぶせすることにした。彼女がおいかけてきたとき、逆に驚かせようという算段だった。


 仕事をおえると後ろからつけてくる足音が聞こえる。あきらかに自分を追っている、なんど路地を曲がってもついてくる、しめた。と思った。その様子を、帽子をかぶって、その後ろにつけた隠しカメラから撮影していたのだ。これで警察に提出する証拠もそろった。そこでようやく、ある曲がり角にまがると、逆に反対側をみて、女性の腕をつかんだ。

「きゃっ!!!」

「!?」

 驚いた。いままでみていた女性、ストーカーの雰囲気と全然違う。顔こそみたことはなかったが、雰囲気がくらい感じの女性だったはずだ。

「あ、あの」

「な、なんですか?警察よびますよ」

「す、すみません」

 しかし、違和感を抱えながらつかんでいた手を放す。本当に勘違いだったのだろうか。


 それから数日がたったが、ストーカーは相変わらず現れた。時に顔を見せることがあったが、やはり例の彼女と全く違う感じだった。だが、そんな事とは関係なく、アイドル生命が危ぶまれる事態がおきていた。所属事務所が傾きはじめており、自分たちを首にするという話まで出ているようだった。

「君たちは必死になったが、結果がでないんじゃねえ」

 マネージャーもひどく悩んでいるようだったが、なんとかAが頼み込んで、一週間ほど猶予をくれるという話になった。


 Aは、様々なつてを頼ったり、知り合いのアイドルの先輩を尋ねたりしたが、結局、いい仕事がみつからず、困っていた。そんな時だった。


 半分寝ぼけてのことだったが、件のSNSアカウントに相談を持ち掛けることにしたのだ。しばらく返信はなかったが、こんなメッセージがダイレクトに届いた。

「一度会って話をしませんか?実は、私も女優の卵で、仕事をいくつか紹介できるかもしれません」

 まさかの事態だった。幾分かあやしさはあるが、彼女のいう事を聞いてみることにした。


 そして、彼女のつてをたよって、人気のある地下アイドルのイベントや、地方のラジオ、遊園地のイベントに出ることにした。彼女はひどく適格なアドバイスをくれた。何をすればいいとか、どんなことをいえばいいとか、その都度、SNSを通じてメッセージをくれた。ただ、その反面、彼女は自分の素性を一切あかさなかった。


 仕事は何もかもがうまく回った。困ったときには彼女のアドバイスを思い出し、その通りにすると、それなりにうまく事が運ぶのだ。彼女がいうように、なるべく腰を低く、ヘタレのキャラを演じると、演者にも、観客にも、スタッフや取引先にも好印象だった。

「まさか、こんなにうまくいくとはね」

 その一週間は、これまでにないほどに順調に事は運んだ。そして、今までの3倍ほどの売り上げをだすと、マネージャーは、上層部を説得し、アイドルグループは存続することになった。


 結局危機はまぬがれ、あろうことか、Aのアイドルグループは売れっ子になっていった、それから、3年ほどの月日がたった。


 ずっときになっていた、件のアカウントからダイレクトにメッセージがきて、そして、彼女は“C”という芸名で活動をしている事がわかった。そのころにはすでにアカウントも人気になっていて、ゾンビなどしなくても収益を集められるようだった。


 そして、Cと会う当日、ドキドキしながら彼女との待ち合わせ場所にいくと、驚いた。Cは、忘れもしない、あの日ストーカーと間違えて捕まえてしまった彼女だったのだ。


 相手も驚いて、事実を話してくれた。

「あの時、とっさのことで自分がアイドルであることももちろん話せなかったんですが、あなたが有名なアイドルだということも、あとから気づいて、私もあの時はまだ、売れない女優の卵でしたから」


 なんだかんだいい雰囲気になり、そのままホテルに移動して、気づくともう深夜の3時をまわっていた。だが、何かがおかしかった。薄暗い部屋で体の上に重みを感じる、そして、ひどく自分の首を絞めている何かの存在を感じた。

「く、くる!!!し……」

 そして、よく目を凝らすと、そこにいたのは、自分をかつてストーキングしていた女性のようにみえた。そして、同時に気付いた。Cという彼女が化粧をおとし、怒りの形相で顔をゆがめると、まさしくストーカー女そのものだということに。

(しくじった!!!まさかこんなことが!!)

 女性は、強く首をしめている。Aは力の限り、彼女の腹部にたまたまもっていたペンをつきたてた、何度かつきたてると、女性は出血したらしく、横むきに倒れた。

「姉はあんたのせいで自殺したのよ!」

「!?」

 Aが、なぜこんなことをするのかと叫ぼうとした瞬間のことだった。Aは首をさすりながら、下をむいた。そして、青ざめた顔、ベッドわきの化粧台の鏡に映る自分の姿を確認する。自殺、彼女の言葉に、一つだけ心当たりがあった。

「そんな、ありえない……そんな、誰にもばれていないはず」

 かつて、Aはある女優、そう、当時売れっ子だった女性アイドルのCと付き合っていた。彼はそれを自慢したかったが、Cはそれを拒んだ。ファンを大事にしたいというのだ。Aの事務所は名前こそ無名だったが、タレントのプライバシーを完璧に守る事で有名だった。それを承知で、Aはある日悪いことを考えたのだ。

「Cとのベッド写真、それを流そう、これでCは黙っていられなくなるはずだ」

 それは確かに流出した。流出させた犯人がわからないまま。事務所はAを呼び出してもみ消してくれたが、余計な事をするなと釘をさした。自分はどうなってもよかった、ただ、自分との関係を暴露してくれれば、それでよかった。


 しかし、一週間後、Cは自分の部屋で首を吊った姿で発見されたのだ。


「すまない、気持ちが暴走してしまったんだ!!本当は君の姉にとても憧れを抱いていた、アイドルになる前の僕は、信じられないかもしれないが学校でいじめられていたんだ、彼女を抱いたとたん、優越感にひたってしまったんだ、アイドルになってもなかずとばずで……」

「まるで私みたいね」


 Bは、すでに自分を殺すことをあきらめている様子だった。それどころか、そんな事は気の迷いでもあるかの用に身支度を始める。


「私は、姉を尊敬していた、そして大好きだった、だから犯人を見つけ出して、この手で殺してやろうと思っていた、だからあなたをストーカーしていたの、あなたが気づくよりずっと前から」

 

 Aはぞっとして、後ずさりをした、だが彼女は相変わらず、その場を立ち去る用意をしていた。

「けれど今、気づいたわ、私はこれが欲しかったのだと、たまたまSNSで、自分の居場所をみつけて、それまで一切芽吹かなかった女優の仕事が徐々にうまくいくようになった、もう一つの人格、自分の中のCの存在に気付けた、あなたから連絡をもらったとき、復讐劇は別の形にきまった、だってそうじゃない?あなたは、自分の力で這い上がったわけじゃない、結局いままでずっと、私のアドバイスにたすけられてきたのだから、私は私に気付けたわ、私は影から人を支える能力があった、それが、私を成長させてくれた」

 女性は、嘲笑するとこちらを一瞥して、ドアへと向かった。

「あなたは、結局自分を信じることができず、最後まで私にすがった、愛する人を自分を支える道具として利用して、殺してしまったのに変わらない、あなたは私よりも、ゾンビみたいだわ」

 彼が悔しく膝をたたくと、彼女はその場をあとにした。


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承認欲求 ボウガ @yumieimaru

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