たんぽぽの序章

真塩セレーネ【魔法の書店L】🌕️

1話完結 暁に現れる者よ、舞いあがれ。

 放課後の学校には幽霊がいる──そんな噂話が囁かれていた。


 暁に染まる黒板、机の上に綺麗に片付けられた椅子、誰かが忘れていったペンが転がる棚の上、開けっ放しの掃除道具扉。吐息のように聞こえる風の音は、この時間をよく現していた。


「きゃーー」


 短い悲鳴が静かな廊下に響き渡る。


「えっ何。叫ばないでよ」

「びっくりしたー! 噂の奴かと思った」


 階段下で二人の女生徒が鉢合わせたようだ。あまりに静かなため、曲がり角から急に現れた顔に驚いたようだ。


「ああ、影の幽霊のこと? ちょっと人を何だと思ってるのよ〜」

「ごめんごめん、ってか何してたの」

「文化祭の準備。備品取りに行ってたの!」

「なーんだ」


 悲鳴をあげられた側も、あげた側も落ち着いたのか笑い合う。一人が手にしていた2つの段ボールを分け合うと仲良く話しながら階段を降りていった。そんないつもの光景に、階段の上からひょっこり覗き込んでいた少女は呟く。


「変わらない」


 覗き込んでいた茶髪の少女はセーラー服のスカートを揺らし階段を登る。


「いつもと変わらない、私は今日も……」


 無表情の少女は前髪にかかるボブヘアの髪を撫で、陽が差さない薄暗い階段をひたすら登る。どこまで続くのかと思うくらい、くすんだ床色。


「──あなた、どこへ行くの」


 唐突に声をかけられて驚き、立ちどまって振り返る。


「ねぇ、聞いてる? その先は屋上でしょ。残念だけど鍵がかかってるわよ」


 そこには艷やかな長い黒髪を揺らした同じ制服の少女がいた。少女のこの世のものとは思えない容姿端麗さに思わず見惚れたが、少し苦手な圧を感じて口を開く。


「わ、わかってます」


 ──嘘である。けど何か言い返したかった。


 近づいてくる黒髪の少女に慄いたが、「外の空気吸いたいなら、こっち。非常階段なら空いてるから」と指差して優しく語りかけてくれた。妙な噂があるせいで、自分まで無意識に警戒していたのかもと態度を改める。


「あ、親切にありがとう」


 吃りながら礼を言って、少し歩くと二人は非常階段の扉にやってきた。彼女が外に続くドアを開けると美しい髪が靡き、おまけに良い匂いまでする。


「ね、見て。ここから海も見えちゃうのよね。夕陽が綺麗に見えるのよ」


 その言葉に、見知らぬ人だけど良い人そうだなと思う。今日も変わらない一日のはずが、こんな綺麗な夕陽が見れるなんて思わなかったから。


「率直に聞くけど、あなた名前は? 私は明梨。私で良ければ話ぐらい聞くわ」

「えっ、私は……桃子。あの、どうして話を──」

「放課後、一人で屋上に行こうとする子なんて放っておけないから」


 ──心配してくれたんだ。何だか温かくて、自分の悩みを打ち明けることにした。


 気持ちの良い風に吹かれながら二人で外の非常階段に腰を下ろして、明梨ちゃんは長い話を静かに聞いてくれた。


「あの、すみません。突然聞いてもらって」

「構わないわよ、私から聞いたんだから」

「うん……ありがとう」

「──あなたは頑張った人よ、そして前に進める人よ、たんぽぽの綿毛みたいに。私はそう信じてる」


 強い眼差しに反射的に目を背けた。


「励ましとか要らない! 私は要らない人なのよ、放っておいて」

「要らない人なんて居ない」


 情緒不安定なのは自分でもわかってる。何だか、ざわついた心が跳ねるのだ。


「危ない!!」


 階段を勢いよく立ったから、バランスを崩して落ちそうになった。明梨ちゃんが手を引いてくれて助かった。


「たんぽぽの綿毛ってさ、そよ風にバラバラにされて飛ばされちゃうほど脆いけど、違う土地で咲くのよ。たくましいと思う」


 それを聞いて、もっとこの人の声に耳を傾けたいと思い、また二人で階段に腰を下ろす。


「短命のたんぽぽは、生きてる意味あったのかな?」

「生きてる意味なんて考えるのは人間だけよ。だから意味を与えるのも作るのも人間よ」

「えっ自分で作るの?」

「そうよ。だって自分の人生なんだから」

「じゃあ、私は……──────意味あったかな」


 明梨ちゃんは強引だけど温かい、自分の頬が少しだけ緩んだ気がした。


「今日、こんな綺麗な夕陽見れたんだから無駄じゃなかったでしょ!」


 少し上から目線の彼女は愉快な人。


「世界は広いわ、この学校より、そしてこの町よりも。好きな所へ行くのよ、誰にも止める権利は無いわ。あなたは自由よ」


 偉そうなのに彼女の言葉は不思議と許せた。彼女の瞳に嫌悪感が無いからかな。


「明梨ちゃんみたいな人と、生前に出会いたかった……ううん、今日は会えて良かった!」

「あなた、良い顔になったわ」


 立ち上がって明梨ちゃんに笑い返す。上の踊り場まで上がって手を振った。


 私の足元は人間より軽い。────そうか、私が噂の幽霊だったんだ。認めると身体が軽かった。


「私、たんぽぽの綿毛になるね」

「あなたの未来は明るいわ、信じることが第一歩よ」

「うん、そうだね新しい世界にいってきます!」


 最後の言葉を発した瞬間、暁の色より明るい黄金の光が私を包み、小さな光の粒が外へ勢いよく弾けた。


「いってらっしゃい」


 そう言った明梨ちゃんの顔は優しくて、淡い光りに溶けていった。


 残ったのは静けさと、たんぽぽの僅かな香り。暁の光が差しただけの踊り場を見上げて明梨は一息つく。


「よかった、学校に囚われたままなんて切ないわ」


 見送った明梨と呼ばれた少女は立ち上がり廊下へ戻った。


「魂はあるべき輪廻へ」


 明梨は肩より下の位置で手をそっと上げると、光の粒子とシャンと控えめな音と共に錫杖と紙を出現させた。縦長の紙には沢山の文字が毛筆で並んでいる。


「任務完了。魂の救済は無事、これは必要なかったわね」


 紙を上に投げ、錫杖をクルリと回し紙に当てると……音と共に文字が宙に浮き出し、消えた。その紙はひらりと鳥の形になると、空いた窓から飛んでいった。


 空へ向かって飛んでいく姿を見送り錫杖を消すと、廊下の向こうから自分を呼ぶ声が聞こえた。


「明梨ちゃーーん。もう、どこ行ってたのよ〜探したのに!」


 非常階段が見える、廊下側の窓から覗いた友人の顔に手を振って笑う。


「ごめんごめん、帰ろっか」


 友人と話しながら、明梨はたんぽぽの綿毛になった彼女のことに思い馳せていた。


 普通と違う、この『視える』という不思議な力。囚われた魂を解放するのが自分の生きる意味だと私は与えてるよ、桃子ちゃん。否、たんぽぽの君。ただ任務をこなすだけの祓い屋に成りたくない。


「あっそうだ明梨ちゃんケーキ屋さん寄ろう」

「え、また」

「良いでしょ〜」


 そう言い合いながら、二人は暁の廊下を去っていった。


 光に照らされた校舎は赤みを増し暗い夜へ向かっていく。しかし、その先には必ず朝がくる。


────私は、あなたの未来が幸多からんことを願っている。




End.


【あとがき】

 投稿サイトnoteでは【たんぽぽの綿毛】として2022年12月に公開したショートショートです。修正加筆して今回カクヨムでも公開しました。


 本書に真実は一切ありません、虚構楽園フィクション パラダイスです。小説は全てフィクションであり、実在の人物や団体などとは関係ございません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。 


 放課後の学校って……何かありそうですよね。暁に照らされた A mystery is born.



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たんぽぽの序章 真塩セレーネ【魔法の書店L】🌕️ @masio33

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