第21話 群馬の祖母。
翌日、父親はくしゃみをし、「風邪ひいたか?」と軽口を叩いて運転をする。
小田美貴は、父のくしゃみは昨晩の廊下の出来事が原因に思えて、申し訳ない気持ちになる。
申し訳なさはあるが、助手席で不機嫌そうな顔で座る母親の態度が悪く、ルームミラーで目が合うと、敵意を剥き出しにしてきたので車内で謝る事は出来ない。
仕方なく父親にはこっそりとサービスエリアで謝る事しかできずにいた。
ようやく渋滞を抜け、お土産の買い出しを済ませて、祖母が住む家に到着すると、昼近くて嫌になった。
だが父親から「知ってもらえ」と言われると素直な気持ちになり、山が入り込むように写真を撮って篤川優一に写真を送った。
[おはようございます。今日は群馬のおばあちゃんの家に来ています。遠くて朝6時に出て、ようやく今着きました。優一さんは何をしていますか?]
篤川優一からの返信は居酒屋みたいな場所で、おでんとコップ酒の写真が届く。
その瞬間、6歳差の現実と、また横に真田明奈がいる可能性に悲しい気持ちになり、手が震えてしまう。
だが、それで身を引く訳にいかないと思い返信を送る。
[お酒好きなんですか?今度ご飯に行った時に優一さんは気兼ねなくお酒を飲んでくださいね]
だからいなくならないで欲しい。
そう送りたかった。
だが、送ることはできなかった。
[そんな真似できないかな。大人数で飲める人飲めない人が入り混じるならいいけど、飲まない人と2人きりの時には飲まないよ]
その返信に胸が痛んだ。
飲まない人とは飲まない。
その言葉は、覆しようがなく仕方ないもので、篤川優一の優しさなのかもしれない。
でも、この言葉が出てくる事は、小田美貴にとって、篤川優一にひとつ我慢させている気になって辛かった。
16歳の自分には朝まで遊ぶなんて不可能で、そうなると沢山の我慢を強いている気がして、だからこそ今横には真田明奈がいるんだと痛感させられた。
胸が痛かった。
そんな時、母から「いつまでやってるの?いい加減にしなさい」と言われ、メッセージを返せなくなる。
不機嫌な顔で祖母の前に出たからだろう、すぐに「どうしたの美貴ちゃん?友貴と喧嘩したの?」と祖母に聞かれる。
小田美貴が「え?」と聞き返すと、祖母は母と自分の口元を指して「ふふ、そっくりよ」と言って笑う。
祖母に嘘はつきたくなくて小田美貴が頷くと、祖母は「それなのに来てくれてありがとう」と言って喜ぶので、小田美貴は「お父さんが話聞いてくれたから…」と伝える。
「あらあら、晴男さん。ありがとう」
「いえ」
祖母は自分と小田父の間に小田美貴を座らせて、小田母から守るようにすると、それだけで小田母の機嫌が悪くなる。
小田母からすれば、善悪の善は自分で、悪は娘の小田美貴なのに、実母は善悪よりも、孫可愛さを優先し甘やかしてしまう。
それがまた面白くない。
小田母には、中学入学時の小田美貴の反抗期にしても、実母の対応には不満があった。
実母は、生意気な態度を諫められた事で、挫折してふさぎ込んでいた小田美貴には優しいアプローチで話しかけた。
「あら、お手伝いをして大変さを知ったのね。偉いわ。お母さんが大変なことも知ったのね。でも心はモヤモヤしている」
そんな事を言い、自身が小田美貴に行った躾を詳しく聞くと、小田美貴のいないタイミングで苦言を呈してきた。
「やりすぎよ友貴。押し付ける事や押さえつける事が教育ではないの。私もお父さんも、友貴にはそんな事はしなかったわよ」
これがまた苛立ちを助長した。
小田母は自分と小田美貴が違う事、群馬と東京の違い、今の中学生と昔の中学生の違いを前に出し、どれだけ自分が正しいかを力説して実母を黙らせた。
またそうなる事、今回は小田美貴が前以上に反抗的で、甘やかされて勢いづかれても面白くない気持ちで睨みつけるが、実母にはそんなものは関係なかった。
新年の挨拶から1時間くらいのんびりと食事を楽しむと祖母が口を開いた。
「美貴ちゃん、何があったの?お婆ちゃんにも話せる?」
そう聞かれた小田美貴は、8月の終わりに篤川優一と付き合えた事から説明をした。
バイト先が新卒社員のせいで大量離職者を出したせいで無茶苦茶になった事。
社員バイト問わずに激務に追われた事。
彼氏の篤川優一がバイトリーダーになってしまって、週休が1日から2日になってしまった事。
篤川優一を少しでも支えたくて、自分も延長に応じた事。
篤川優一の制止も無視してテスト期間もアルバイトをして、成績がかなり落ち込んだ事。
隠していたことが保護者会で母にバレてしまった事。
そこまでをまず話す。
「それで、優一さんは遅くなると危ないからって送ってくれていたの。保護者会のあった日は、酔っ払ったお父さんとお母さんが待ち構えていて、優一さんが怒られて…」
話しながら、悔しさと後悔が蘇ってきて泣いてしまう小田美貴の手を取って、優しく微笑んだ祖母は「ふふ。お婆ちゃん嬉しい」と言う。
「え?」
「だって、美貴ちゃんにそんな大切な人が出来たのよね?」
嘘を言っている顔ではないことを小田美貴にはわかっていた。
祖母は笑顔のままで頷いて、続きを口にする。
「大変なお仕事を増やして、今も泣いてしまう。そんな恋は滅多に出来ないわよ。お婆ちゃんになるとよくわかるわ。さあ、続きを話して」
小田美貴は面食らいながらも続きを話す。
バイトを辞めさせられかねない中、何とか長期休みで済ませて、1月と2月は学期末の試験に向けて勉強をして、点数を上向ける事がアルバイト継続の条件になった事。
そして篤川優一はどんなに悪く言われても、小田父母に睨まれても、共に働いた夜は家まで送ってくれていた事。
最後には篤川優一も3月まで会わない事を言っていた事。
そこだけで終わらずに、共に夕飯に行くはずだったクリスマス。
その日は家にいるように言われてしまい、篤川優一に断りを入れると、気にするなと言われて、丁度誘われた飲み会に行ってしまった事。
そこにいた女が年末年始も篤川優一と過ごすと店まで宣言しにきた事。
真田明奈は宣言通り、篤川優一と年末年始を深酒して過ごした事までを話した。
話しながら更に泣いてしまっていた小田美貴は、あの真田明奈が送り付けてきた篤川優一の笑顔の写真を思い出してしまい、嗚咽をあげながら泣いていた。
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