第22話 大人の覚悟と約束。
小田美貴が本気で泣いてしまうと、小田父も何とかしてやりたいという顔をし始め、食卓を覆う同情的な空気に、小田母は苛立っていた。
小田母は「だらしない。だから子供なのよ」と言って小田美貴を睨みつける。
小田祖母は小田母に「私からしたらアンタもまだまだ子供よ」と強めに言ってから、小田美貴の手を取って口を開いた。
「なるようにしかならないわ」
小田祖母は優しくそう言った。
それは諦めろと言うことかと思い、新たに目に涙を溜めた小田美貴に、優しく「違うわよ」と言うと、「本当にお友達として会っているだけかもしれない。それとも美貴ちゃんが不安になるようなことが起きているかも知れない」と続ける。
「でも、それはそれなの。そこにこだわってタイミングを失うのが1番よくないわ」
小田祖母は生活の知恵を教えるような顔で言った。
「お婆ちゃん?タイミング?」
「そうよ。いいじゃない。別にお酒を飲んでいても同じ布団で2人だけの時間を過ごしていても。オタオタしないで、彼氏さんの事を寂しがらせずに面倒見てくれてありがとうって言って、その彼氏さんには、後でその分も可愛がって貰えばいいのよ」
同じ布団で2人だけの時間を過ごす。可愛がるなんかの単語に、小田父は酒が不味く感じてしまうが、小田祖母は止まらない。
「そして、その女とうまくいかなくて、彼氏さんがやっぱり美貴ちゃんがいいって気付いた時、美貴ちゃんが彼氏さんを許せて、好きな気持ちが残っていればヨリを戻してやればいいし、嫌なら断ればいいのよ」
「そうなの?お婆ちゃんはそれでいいの?」
「ええ、一度他人が触れたからって、意地張っていらないなんて言ったら、勿体無いと思えるならね。全てはなるようにしかならないのよ。時間の流れに身を置いて、目の前に来た時にキチンと手に入れればいいのよ」
小田美貴は天啓を授かった信徒のような顔で祖母の顔を見て、祖母が微笑んだ時、綺麗に纏まりかけた時に、小田母が「やめてよ母さん。無責任な事を言わないで。美貴はまだ16歳なの。相手の子は22歳、6歳も歳の差があるのよ!」と声を荒げる。
年の差。
何よりもそれが小田美貴を苦しめていた。
それを出されては何も言えない。祖母もやはり諦めろと言うかもしれない。
小田美貴はそう思って顔を暗くしかけた。
だが、小田祖母は違っていた。
「6歳が何よ。60過ぎたら60も70もそんな違わないわよ。奥さんや旦那さんを失った人たち同士が仲良く付き合ってて、何歳差なんて気にしないけど、話の種に聞いたら10歳差なんてザラよ」
華麗に鋭いカウンターが飛んできて、小田母が躊躇してしまうのも面白いが、確かに16歳と22歳と聞いたらすごい歳の差に感じるが、26歳と32歳、36歳と42歳と10歳ずつ足していくと、途中からは何の違和感も無かった。
父と話した「よく話して知る事」、祖母と話した「なるようにしかならない事」、そしてこの歳の差の話で小田美貴の心は久しぶりに晴れやかになった。
まだ不快だしモヤモヤするが、真田明奈への不安はだいぶ薄まっていた。
そこに祖母が席を立ち、何かを持ってくる。
「お婆ちゃん?」
「ふふ。お婆ちゃんは美貴ちゃんの味方よ」
祖母が笑顔で持ってきたのは便箋とペンだった。
祖母が便せんに[小田友貴は小田美貴がキチンと成績を上げたら、アルバイトも彼氏と会う事も全て許します]と書いた。
「美貴ちゃん、大人の世界に口約束はダメなのよ。平気で嘘をつく人でなしがいますからね」
小田祖母はそう言って小田母をキっと睨む。
小田美貴は「え?」と返しながら視線の意味を理解すると、「…あ…、成績上げても…」と口にしていた。
祖母は娘である小田母を完璧に悪者にしない為にも、「言っていたかも知れないでしょ?」と添える。
「だから先に約束をキチンと取り交わすの。でも紙に書いたのに成績が上がらなくても、彼氏さんに会えるなんて思わない事よ。約束は約束なのよ。ここで甘ったれたら美貴ちゃんは子供って言われちゃいますからね?」
小田祖母の言葉が耳に入り、意味を理解した途端。
何の変哲もない便箋が怖いものに見えてきた小田美貴。
小田祖母は小田美貴の表情の変化を見逃さない。
優しい口調でゆっくりと小田美貴に声をかけた。
「どうしたい?口約束で誤魔化すかしら?大人の一歩を踏み出して、2度と会えないとしてもキチンと名前を書くかしら?」
祖母の優しいはずの言葉が、とても怖く聞こえてきて、心にまとわりついてくる。
テーブルに置かれたペンに手を伸ばすか躊躇する小田美貴を見て、小田母は勝利を盤石にしたい気持ちが出てきた。
「まあ、書いても篤川さんがその女の子と付き合ってしまえば、美貴はどうしようもないものね。私は構わないわ」
小田母はそう言うと、スラスラと小田友貴と名前を書いた。
この母が見せる余裕も小田美貴を追い詰めていく。
早く決断しないといけない。
早く書かないといけない。
わかっていても手が伸びない。
それはあの年末、真田明奈に「年末年始、篤川と年越し行かせてよ」と言われて、キチンと言い返せなかった時と同じだった。
小田母は便せんとペンを見て固まる小田美貴を見て完全勝利を確信していた。
その気持ちと共に、昨日言われた「うるさいんだよ!アンタはずっと勉強勉強って!それしか言えないのかよ!」の溜飲を下げようとしてしまい、厳しい事を言ってしまう。
「まだまだ子供の美貴の気持ちと覚悟なんてその程度なんでしょ?」
小田母の挑発するような言葉にカッとなった小田美貴は、ペンを持つと小田美貴と名前を書いた。
「お婆ちゃんの言葉通り、なるようにしかならないの!私はやり切る!」
小田美貴は怒りとは違う力強いまなざしで母親を睨み怒鳴りつけた。
涙目でやり切った小田美貴を見て、祖母はニコニコと「あらあら、美貴ちゃんは恋をして大人になったわね。お婆ちゃん嬉しい。お祝いしなきゃ」と言っていた。
大人になった?
小田美貴は祖母の言葉に実感なんてなかった。
よほど、篤川優一と付き合えた日や、キスをしたあの日の方が、その前の自分より大人になったと思っていた。
だが、それでもまだ大人になった実感はない。
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