第167話 制服少女の出身は。

『ううっ……はっ!』


 ガバッ!


 アンファング村の診療所。

 その清潔なベッドの上で、布団が跳ね上がる。


 森で倒れた制服姿の少女。

 色白で華奢な少女が、目覚めたのだ。


 そして少女の目覚めと同時に――


 ぶわっ!


 少女から白光――魔力が再び吹き荒れる。


 山に生じた魔力は、やはり彼女の力だったらしい。


 ……恐ろしい魔力量だ。


 意識のある時、常にこれ程の魔力を発生させていると考えると、少女の総合的な魔力量は計り知れない。


「良かった! 起きましたのね!」


 そんな圧倒的な魔力量を誇る少女の覚醒に、ベッドの脇で彼女を見守っていた騎士――リッチェンが嬉しそうに声をかける。


「うわあ! かなりの魔力だねえ!

 元々村の魔力は濃いのに、凄いことになってるよ!」


 ベッドから少し離れた場所で、姉は魔力を見回している。


 魔力を宿した作物の育成。

 その産業の影響で村の魔力濃度は、魔術特区にも劣らない。


 しかし少女の目覚めによって、大気中の魔力の密度は、異常な程高まっている。


 姉と共に漂う魔力を分析していると、少女に寄り添っていたリッチェンが、こちらに呆れ混じりの眼差しを向ける。


「あなた方はそればっかり……まあ、良いですけど」


 騎士は「はあ」とため息を吐くと、覚醒した少女へと視線を戻す。


 ガチャリ


 そんな俺たちのやり取りが聞こえたのか、別室で作業をしていた診療所の主アーツトの奥さん――看護師のフラシュが、こちらの部屋へとやって来た。


 フラシュは姉と俺こちらに一瞬目を遣ると、やれやれと首を振り、目覚めた少女に尋ねる。


「ああ……良かった。

 お目覚めですね。どこか痛い所はありますか?」


 穏やかな声。

 患者を労わる優しい表情。


 少女はその看護師の言葉に・・・・・・・胸を撫でおろす・・・・・・・


 ……胸を撫でおろす?


 頭に疑問符が湧く。

 俺の予想が正しければ・・・・・・・・・・、彼女は看護師フラシュの言葉を理解できないはずだが。


 しかし少女は、オドオドしながら答える・・・


『えっと……だ、大丈夫です。どこも痛くありません』


 ……ああ――


 胸に鮮やかな郷愁が到来する。

 この世界に生まれ落ちて、気付けば15年。

 他者の口からそれ・・を聞くことは、もうないかもしれないと覚悟していた。


 聖教国で1度耳にした時は、大いに驚いた言語・・


 日本語・・・だ。


 制服姿の少女は今、懐かしき日本語を話しているのだ。


 ……制服セーラー服姿の段階で、もしかしてと思っていたが。


 どうやら彼女は、前世の俺がいた国――日本からやって来た可能性が高いらしい。


 ……だが、何故だ?


 疑問が脳裏に浮かぶ。


 少女は確かに日本語を話している。

 なのにどうして彼女は、フラシュ看護師に返事が出来ているん・・・・・・・・・・


 こちらに転生した時、俺は言葉の聞き取りす・・・・・・・・・・らままならなかった・・・・・・・・・


 自我が有りながらも――あるからこそかもしれないが――こちらの言葉の定着には、結構な時間がかかったのだ。


 しかし彼女は今、既にフラシュの質問に答えられている。

 それはつまり、少女はもう言葉の聞き取りが可能ということだ。


 少女を――彼女の魔力を、じっと観察する。


 ……異世界転移者特有の能力フェイなのだろうか。


 少女の強大な魔力には、世界魔力マヴェルが大きく混じっている。

 その世界魔力によって、彼女は言葉の聞き取りを――翻訳を肩代わりしてもらっているのかもしれない。


 ……だとすれば。


 今、日本語の様に聞こえた少女の言葉も、姉やリッチェン、看護師フラシュには、こちらの言葉・・・・・・に訳されて、聞こえているのかもしれない。


 もしそんなものがあるのなら、ズルいとも思うし、どういう理屈で成り立っているのか分析してみたいとも思う。


 しかし――


 少女の言葉に、フラシュの目が揺れる。

 笑顔は崩さないように努めている様だが、その顔は戸惑っているように見えた。


『ところで……ここはどこですか?』


 少女の日本語の問いに、誰からも答えがない。


 皆一様に、頭上に疑問符を浮かべている。


 ……伝わっていない?


 だとすると、翻訳機能は聞き取り限定なのか? 

 或いは、別の要因があるのか?


 俺が思考を巡らせている間も――


『あ、あの……えっと……?』


 少女はオロオロと、所在なさそうにしている。


 ……仕方ない。


 遠目に少女を観察していたが、覚悟を決めてベッドに近付く。


「……ここはアンファング村。

 貴女はこの村近くの森で、倒れたんですよ」


 検証も兼ねて、少女の疑問にこちらの言葉で答える・・・・・・・・・・


 すると少女はようやく来た返事に、ぱあっと表情を和らげ、直ぐに首を傾げる。


『……アンファング村?

 この辺りに・・・・・そんな村なんて・・・・・・・……』


 当然の様に、こちらの言葉は伝わる。

 しかし、こちらの耳に届く少女の言葉は、変わらず日本語だ。


 ……面白い。


 こちらと向こうで異なる言語を扱っているのに、違和感なく会話が通じている。


『えっと、すみません。

 変なことを言ってるのは分かってますが、少しお聞きしても良いですか?」


 少女の問いに首肯で返すと、彼女は躊躇いつつ切り出す。


『ここって……日本で合ってますか・・・・・・・・・?』


 少女の素朴な問いに、確信を得る。


 ……やはり少女は、日本からやって来たのだ。


 よって彼女が、異世界転移者であることも確定する。


「日本? どこですか、それは」


 自身でも白々しく聞こえるような声で、聞き返す。


『日本じゃ……ない?』


 少女と会って1番の困惑の色が、その顔に浮かぶ。


「ねえ、ルンちゃん? この子、何て言ってるの?

 私たちの言葉は、伝わってるんだよね?」


 そんな少女の顔を、姉が心配そうに覗き込む。


「ああ、伝わっている。

『ここは日本という国か?』と尋ねられたから、違うと答えた」


「そっか……」と姉は呟くと、少女に告げる。


「ここは、アーバイツ王国内の、アオスビルドゥング公爵領!

 その領内にある楽しい村だよ!」


『アーバイツ? アオス……?』


 少女の元々良くない顔色から、更に血の気が引いていく。


「ルンちゃん、通じてる?」


「ああ。

 ここが日本という国ではないという事実に、戸惑っているみたいだ」


 姉は俺の言葉を聞くや否や、不安そうにしている少女の手を取る。


 同時に――


『えっ?』


 姉から溢れ出す、温かい魔力。

 神々しく瑞々しい、生命力に溢れた輝きが、心細そうな少女を抱きしめる。


「大丈夫だよ! 安心して!

 私たちが、力になってあげるから!」


 迷いのない言葉に、力強く握られる手。

 姉の輝く瞳は異世界の少女を映し、その笑顔と魔力が彼女の心を照らす。


『は、はい……ありがとうございます』


 少女は目を潤ませながら、頭を下げる。


 姉はそのお辞儀を笑顔で受け止めると――


「それじゃあさ、それじゃあさ!

 私の実験を手伝ってくれるよね? ね?」


『え……えっ⁉』


 少女を、持ち前の好奇心の嵐へと巻き込む。


「それじゃあ、色々質問したいんだけど良いかな?

 貴女には私の言葉が、理解できているみたいだけど、私には分からないから、首を振る向きで――」


『あ、あの――』


 そんなやり取りを始めた少女たちを尻目に、


「ルング……貴方、どうしてあの子の言葉・・・・・・・・・・が分かるんですの・・・・・・・・?」


 隣に居たリッチェンが、俺に問いかける。


 ……鋭い。


 そして至極真っ当な問いだ。

 付き合いの長い幼馴染が、異世界の言葉を理解できている様は、少女にとって衝撃的だったのだろう。


 姉もそこは気付いていたはずだが、彼女は今、制服少女に夢中である。


 故に俺は――


「ああ。実は聖教国ゲルディで、異世界の言語について学んでいたんだ。

 彼女の言葉は、それによく似ている。

 だから、どうにか聞き取れているんだ」


 少女に話しかける前に、あらかじめ用意した言い訳を、姉にも聞こえる程度の大きさで述べる。


「ああ、あの時に」と少女はあっさり頷く。


 聖教国にいた期間を考えると、新言語を身に付ける余裕はないということが分かりそうなものだが、意外とリッチェンは俺のことを、高く見積もってくれているのかもしれない。


「貴方、そんなことまでしてましたの?

 頭の中に何が詰まってますの?」


「どうって、リッチェンもよく知っているだろう?」


「お金と魔術と権力への欲望?」


「……正解だ。鋭いじゃないか」


「ふふふ……付き合い長いですから」と騎士の少女は軽口を叩いて微笑むと、直ぐにキリリと表情を引き締める。


「でもそうなると、彼女は異世界人――異世界転移者ってことになりますわね。


 あんなに若いのに……大変ですわね」


 少女騎士は愁いを帯びた瞳を、制服少女に向ける。

 しかし――


「心配しているところ悪いが、おそらく彼女は君と同年代だと思うぞ?」


 俺の言葉に、騎士は目を剥く。


「ええ⁉ そうなんですの⁉

 てっきり、もっと年下かと――」


 いつもの調子のやり取りをしようとしたところで――


「えっ⁉」


「む?」


「何ですの⁉」


『な、何?』


 姉と俺宛に、一陣の風が吹く。


 魔術だ。

 声を運ぶ風の魔術である。


その子を連れて来い・・・・・・・・・


 届いた魔術に籠められた膨大な魔力は、黄金と白銀に色づいて・・・・・・・・・・いる・・


 長命種エルフの魔術師。

 魔術学校学長。


 トラーシュ先生からの、直接の呼び出しであった。

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