15歳 どうして異世界に来ることになったのか。

第165話 魔術師たちは帰省中も変わらない。

「うーん、長距離移動を可能としたのは良いけど、これは欠点だよね?」


 アンファング村・・・・・・・――領主用邸宅マナーハウスの中庭で、2人の魔術師が話し合っている。


 1人は今しがた尋ねた少女――のクーグルンだ。


 ウェーブがかった柔らかいブラウンヘアーと、羽織った黒のローブが北風に靡き、淡い陽光を呑み込む漆黒の瞳は、燃える様な好奇心を宿している。


「欠点と言えば欠点だな。

 世界魔力マヴェルの移動情報を利用しているとはいえ、1度行ったことのある場・・・・・・・・・・所しか・・・『転移』できないのはな……」


 姉はもう1人の魔術師――ルングの言葉に「やっぱり、そうだよねえ」と頷く。


 この前、姉が習得した『転移魔術』。

 空間を省略することで、異なる2地点を移動するその魔術を用いて、俺たちは冬季休みに、故郷の地へと帰って来ていた。


「まあ、それでも便利だと思うけどな。

 ちなみに、燃費はどうなんだ?

 魔法円と姉さんの消費された魔力量を見る限り、問題はなさそうだが」


「そうだねえ」と姉が呟くと同時に、制御された少女の魔力が美しく輝き始める。


「……長距離移動は『魔術化魔術』より、効率良さそうかな?

 ただ、短距離での連続使用に関しては『魔術化魔術』が上だと思う!」


「……起動魔力量が多いのか?

 だとすると、戦闘使用は『魔術化魔術』の方が良いか」


 ……悔しいことに、未だ俺は『転移魔術』を扱えない。


 しかし、たとえ使えなくとも『転移魔術』への――魔術への興味が途絶えることはないのだ。

 

「多分その方が良いね!


 ……でもこれは『魔術化魔術』もそうだけど、特に視界外・・・への長距離移動の場合、注意が必要だね」


「何故だ?」


 素朴な問いに、魔術師はハキハキ答える。


目標座標ゴールで、何があるか分からないじゃない?

『移動後の座標が火の海だった』なんてことも、あると思うんだよね!

 そういう意味でも、状況把握は必須!」


 ピンと人差し指を立てて熱弁する姉は、至極可愛らしく、そして正しい。


 だが――


「姉さん、気のせいかもしれないが、特定の相手・・・・・を想定してないか?」


 ……主に最年少王宮魔術師とか、公爵令嬢(仮)とか、師匠とか。


 俺たちにとっての理不尽の権化。

 桜色の魔術師の顔が、目に浮かぶ。


 俺の指摘に、姉はさっと顔を背ける。

 どうやら図星だったらしい。 


「……まあ、いいさ。姉さんの意見は間違ってないしな」


 ……後は――


「『1度行ったことのある場所』というのも、検証しないとな」


「どういうこと?」


「その『行ったことのある場所』なんだが……今回の帰省、俺たちは姉さんの『転移魔術』で移動しただろう?

 じゃあアンファング村ここは、『誰にとって』行ったことのある場所なのかって話だ」


「ああ! なるほど!

発動者わたし』なのか、『転移対象者ルンちゃん』なのかってことだね?

 一緒に来たリっちゃんもそうだけど、アンファング村ここは私たちの故郷だから、皆居たことがあるもんね」


「その通りだ。

 それに『行ったことがある』というのも、厳密に定義しなければならないな。

 例えば『本人』である必要性の有無とか」


「えっと?」と姉は腕を組み、しばし考え、ぱっと明るい表情を浮かべる。


「行ったことがあるという経験が『本人』のものでなければならないのか、『本人に属するもの』であればいいのか……みたいなことかな?


 例えば『私の髪の毛』を行ったことのない場所に運んでも、『私本体』はそこに移動できるのかみたいな?」


「その例えは、分かりやすいな。

 もしそれが可能なら『行ったことがある』という条件も、多少緩くなるだろう?

 ただ――」


 ニコニコと微笑む姉に警告する・・・・


「髪は止めといた方が良いと思うぞ?

 折角綺麗に伸ばしているんだからな。


 1度それを突然やらかして、父さん倒れただろう?」


「ええ、駄目かなあ?

 もう1回くらい、大丈夫じゃない?


 お父さんにも、偶には刺激が必要でしょ?」


「そんな刺激を、父さんは欲していないと思うが」


 いつも通りの魔術についての話し合い。

 久しぶりの帰省にも関わらず、魔術の花は季節も場所も選ばずに咲く。


「……あなた方、折角帰省してきたというのに、代わり映えしませんのね」


 議論に熱中する俺たちに、呆れ果てたような声が向けられる。


「リッチェン、君に言われる筋合いはないぞ?」


「そうだよ、リっちゃん!

 リっちゃんだっていつもみたいに、素振りしているじゃない」


 姉弟おれたちの幼馴染。

 姉の『転移魔術』で共に帰省した、騎士の少女ことリッチェンだ。


 1つ結びの赤毛に、汗で輝く銅貨のネックレス。

 豪奢なドレスと黒の脛当て鎧グリーブ

 そして、武骨な手甲ガントレットに覆われた手には今……剣が握られている。


「何を言っていますの? ぜんっぜん! いつも通りじゃありませんわ!

 いつもより丁寧かつ美しい斬撃ですのよ?


 ……まあでも、分からなくても仕方ありませんわね。

 2人共、魔術師ですものね」


 語りながら、剣を振るう少女の動きは、滑らかだ。


 泰然自若。

 

 無理をすることなく、流れに逆らわない。

 そんな力みの抜けた、自然な剣の振りは、鋭さとはかけ離れている。


 だが、糸を引くように振るわれるその剣には、ブレがない。

 無駄も曇りもない真っ直ぐな剣だ。


 剣の道に通じていない俺でも、理解できる美しさがそこにはあった。


 しかし――


「それを言うなら、俺だっていつも以上に美しい魔術理論を立てているぞ」


「私の術式の美しさは、リっちゃんの素振り姿を超えるんだから!」


「いや、それ、私には分からないんですのよ⁉」


 どこか勝ち誇った雰囲気を出す少女騎士に、姉弟揃って張り合う。


 ……リッチェンが魔術を扱えなくて良かった。


 もし彼女が扱えたのなら、俺たちの発言が見栄を張ったテキトーなものだとバレていただろう。


 ……む?


 そんなやり取りをしていると、小さい魔力の動きを感知する。


 自身の感覚に従い、1歩だけ少女たちから離れると、俺の目前を無数の水の球が通り過ぎる・・・・・・・・・


 結構な速度の水球は、そのままバシャリと音を立てて地面に染みを作った。


「「「うわあぁぁぁぁ! 外れたあぁぁぁぁぁ!」」」


 同時に、悲鳴にも似た声が上がる。


 声の出所――これは俺を襲った魔術の出所でもある――に視線を遣ると、そこでは子どもたち・・・・・10名余りが、悔しそうにしていた。


「……なあ、2人共。どうして俺だけ、毎回目の敵にされているんだ?」


 姉やリッチェンと帰省するタイミングは大抵同じなのに、何故か俺だけ、毎回・・彼らから魔術戦を仕掛・・・・・・・・・・けられている・・・・・・


「もう、ルンちゃん。決まってるでしょ?」


 姉はそう言うと右手を後頭部に、左手を腰に当て、くねくねと奇妙な踊りを始める。


「魅力的な私たちと仲の良いルンちゃんが、羨ましいんだよ!

 ほら、私とリっちゃん、可愛いから!」


 ……腹が立つ。


 ポーズもさることながら、整った顔立ちに浮かんでいるしたり顔・・・・が、尚更腹立たしい。


「……きっと、ルングに構って欲しいんですのよ。

 貴方、基本的に静かで無表情ですから、反応があると嬉しいんですわ」


 姉と比べると随分冷静な分析が、幼馴染から述べられる。


 ……そう言われると、悪い気はしない。


 なんだかんだ、俺も慕われているという事だろうか。


 温かい目を子どもたちに向けると、彼らは俺を見据え、真っ直ぐに宣言する。


「「「ルング! 勝負だあぁぁぁぁ!」」」


「……なあ、本当に彼らは構って欲しいのか? 殺気が籠っている気がするが」


「た、多分?」


 騎士を睨みつけると、彼女は気まずそうに目を逸らす。


 それにしても――


「おい、魔術師たち。その宣言は魔術を放つ前にするべきだ。

 そもそも、年長者への言葉遣いがなっていないぞ」


「いや、ルンちゃんはそれ、人に言えないよね?」


「ルングは村長うちの父にすらタメ口ですわよね?」


 ……誰が相手でもタメ口の姉と、似非お嬢様言葉の騎士にも言われたくないのだが。


 そんな2人の戯言を無視して、子どもたちに対峙する。


 ……良い魔力だ。


 鍛錬され、制御された魔力が、少年少女の体内を脈々と流れている。


 村の子どもたちが、魔術に目覚めて久しい。

 彼らを置いて魔術学校へと旅立つことになった時は少し心配だったのだが、どうやら心身共に健やかに成長しているようだ。


「皆、行くぞ! 今日こそは悪のルン兄――ルングを倒すんだ!」


「そうね! 私たちのクー姉を取り戻そう!」


「俺だって、リー姉と遊びたい!」


「「「だから勝負だ! ルング! 今日こそ勝つ!」」」


 ……前言撤回。


 心の健やかさに関しては、疑問の余地が残る。


「言い分は気になるが……まあ、良いだろう。

 挑まれたなら、手加減しない主義だ。


 問答無用。

 完膚なきまでに、叩きのめしてやる」


 こうして俺は、帰省してからほぼ日課の様になっている、子どもたちとの魔術戦を開始しようとしたその時――


 ドンッ!


 世界が揺れる・・・・・・


「何⁉ この魔力!」


「な、なんですの⁉」


 姉にリッチェン、子どもたちが戸惑う中で――


 ドクン


 肌が粟立ち、胸が高鳴る。


 直感だ。

 合理的な理屈などない、ただの勘。

 しかし確信めいたそれが、俺に訴えかける。


 ……来た。


 俺にとって重要な何か・・・・・・・・・・が、来たのだ。


「姉さん! リッチェン! 村を頼むぞ!

我が雷は共にありてファーリッシ』!

雷は目指すヴィーリナー』!」


「えっ? ちょっとルン――」


 かけられた声に耳を貸さず、天を魔術――『雷化魔術』で駆け昇る。


 雷鳴は大空に轟き、稲光は快晴を切り裂く。


 アンファング村上空。

 村の内外を見渡せる位置に、雷と化した俺は移動する。


 ……どこだ? どこに――


 開けた視界の中、出現した何か・・を探そうとしたところで、眼下の鮮烈な光景が目に入った。


 幼少期、姉が世界魔力で魔物を討った森。

 その威力を刻んだ山。


 そこに、莫大な魔力の塊が、出現していたのであった。 

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