第162話 騎士は魔術師たちを仲裁する

「初期座標と最終座標を魔力で繋げてしまうのはどうだ?」


 そびえ立つ紙々かみがみを背に、黒髪無表情の少年――ルングが提案する。

 すると正面で対峙する少女――クー姉が、同様に紙山を背景に応じた。


「魔力で任意の2地点を繋げるって、ルンちゃんはイメージしているのかな?

 でも魔力を繋げても、移動はできないでしょ?」


「そこは『魔術化魔術』の応用でいけるんじゃないか?

 質量体を魔術に変換するのが可能なら、質量体を魔力に変換することもできるだろ」


 少年の見解に、少女も自身の魔術観をぶつける。


「それは可能かもしれないけど、現実的じゃないんじゃない?

 私たち、起こす現象魔術はともかく、その火種魔力に関してはまだ研究が足りてないと思うの。


 今のルンちゃんの考えって『人を魔力に変換分解』後、初期座標と最終座標を結んだ魔力経路を利用して送り込み、『届いた魔力を元の人型に再構築する』って感じでしょう?」


「そうだ。

 魔力なら、遮蔽物があっても透過するだろ」


「それはそうだけど、元の人型に再構築出来るとは限らないんじゃない?

 人を魔力に変換したとして、どの程度の量になるかもわからないし、その変換した魔力を寸分違わず再構築することって、できるのかなあ?

 最低でもトラ先生学長並みの繊細な魔力制御能力が、必須になるよね?


 それに実験の流れ的に、何かしらの物質から始めて最終的に人体実験に至るわけだけど、判明してない致命的な齟齬が、人体実験そこで生じた場合、マズいんじゃない?」


人体実験の危険性それは、どの魔術実験にも存在するだろう?


 ……まあでも、トラーシュ先生並みの精緻な魔力制御は、まだ厳しいだろうな。


 加えて、俺たちが今扱っている魔力は所詮、魂から生じる余波・・

 存在そのものを変換した場合の魔力量は、想像もつかないか……」


「後、仮に『術者を魔力に変換し再構築』が可能なんだとしても『魔力に変換された術者』に意識があるのかなあ?

『魔術化魔術』の時は、マナちゃんの能力フェイ――未来ツーカってお手本があったけど。

 存在そのものを魔力変換した人なんて、見たこともないわけじゃない?


 そんな未確認存在の意識の有無なんて、確認できないし。

 もし意識が無ければ詠唱・無詠唱関係なく、魔術制御はできないと思うんだけど」


「……その場合、まず俺が実験台になれば――」


「駄目! 許可しないよ!

 ただでさえ、危ない事ばかりしてて、お父さんとお母さんを心配させてるんだから!」


「姉さんに言われる筋合いはない。大体な――」


 姉弟――魔術師同士の白熱した議論は、理解できないことばかりだ。

 

 騎士魔術師彼ら

 私たちは共にいながら、別世界に生きている。

 そう思わされることも多い。


 ……それでも、懐かしいですの。


 自身の頬の緩みを自覚する。


 3人でいる空間。

 姉弟がああだこうだと言い合うのを、見ているだけだが。

 それは故郷アンファング村で送った日々を思い出して、少し楽しかった。


 けれど――


 ……そろそろですわね。


 2人の会話に意識を向けながら、その辺に散らばっている資料類をまとめる。


「それこそ許可できないよ、ルンちゃんの方が弱っちいんだから!」


「なんだと? 誰が誰より弱いだと? 試してみるか?」


「弟がお姉ちゃんに勝てる道理なんてないんだよ? 姉、最強!」


「なんだと? やってみるか?

 最強はいつだって倒される運命だということを、教えてやる」


「はい、ストップですの!」


 議論から子どもの罵り合いへ。

 話し合いから取っ組み合いへと移行したタイミングで、止めに入る。


「どうしてあなた方は、いつも最終的に喧嘩に行きつきますの?」


「「だって姉さん(ルンちゃん)が!」」


「お黙りなさいな!

 2人共いい年なんですから、仲良くなさい」


 姉弟の取っ組み合いは止まったが、彼らは未だに睨み合っている。


 普段は仲の良い姉弟――という割に喧嘩が多い気もする――だが、魔術のこととなると頑固なのだ。


 ……流石はあの・・レーリン様の弟子たちですの。


 よくよく考えてみれば。

 アンファング村での喧嘩は、この姉弟に師匠のレーリン様も加わり、壮絶な戦い(魔術有り)となっていた。

 

 それを考えると、魔術戦にならないだけ、彼らも大人になったのかもしれない。


 ぐうぅぅぅぅ


 姉弟のお腹が、同時に鳴く。


「……お腹が空いてカリカリしてるんですのよ。一旦ご飯にしましょう」


 私の言葉に返事をする様に、再び2人のお腹は鳴いたのであった。




「流石リッチェン。料理上手だな」


「そうだねえ、美味しいねえ! やっぱり私たちの嫁になる?」


「また揶揄って……大体ルングは私より料理上手でしょうに」


「揶揄ってないよ!

 確かにルンちゃんの料理も美味しいけど、リっちゃんのご飯も凄く美味しいよ!

 美味だよ! 甘味だよ! 最高だよ!」


「一瞬感動しましたが、甘味は出してませんのよ⁉」


「俺も料理の腕に自信はあるが、人に作ってもらった無料のご飯に勝るものはない」


「いや、無料じゃありませんのよ?

 この分の給金は貰いますし、食材費は経費で貰いますからね?」


「騙されないか」と呟いて、少年は続ける


「この腕前なら、騎士団の遠征とかでも重宝されるだろう?」


「いえ、まだ遠征に行ったことはありませんわね。

 学生はまだ連れて行かない方針みたいですわ。

 代わりに学校開催の泊まり込み有りの演習等で、よく褒められますの」


 故郷アンファング村にいる時から、姉弟(とレーリン様)が研究する時は、彼らの母ゾーレ様と料理をしていた。

 お陰で私の料理の腕前は、そこそこのものになっている。


 加えて騎士学校に通うことになり、1人暮らしと今回の様に姉弟のお世話も増えたことで、更にそれに磨きがかかっている……と思う。


「……それにしても、意外でしたわ」


「え? 何が?」


 私の言葉にクー姉が首を傾げる。


「いえ、まさか2人が本気でやって、こんなに時間がかかるとは思っていませんでしたのよ」


 現在食事をしているこの場所――実験室を見回す。


 この実験室ここに通い始めて、約半年・・・が経とうとしていた。


 ……この姉弟なら――


 どんな奇々怪々な魔術だろうと、どうにか開発するものだと思っていたのだが。


「確かに、ここまで手間取るのは初めてかもしれないね。

 マナちゃんの時前回は、私たち途中参加だし。


 今回はもう半年だもんね……。


 というかよく考えたら、もっとかかってるかも・・・・・・・・・・!」


 クー姉の謎の発言に、疑問を呈する。


「どういうことですの?」


「元々この研究自体は、昔からしたかった研究なんだよ!

 それも加味したら、14年ぐらい経ってるんじゃないかなあ」


「そうですの⁉

 そんな幼い頃から、この魔術のことを考えていたんですの⁉」


 私の驚愕に、少年が答える。


「そんなわけないだろう。姉さんの冗談だよ、間違いなく」


「もう、冗談じゃないのに」


 クー姉は不満そうに頬を膨らませる。

 しかし料理を口に運ぶと一転して、蕩ける様な笑みに変わった。


「それにしても、リっちゃん。

 短時間で、よくこんなに美味しく料理出来たよね!」


「そういえば……あっという間だったよな。何かコツでもあるのか?」


 先程喧嘩していた時のことが嘘の様に、2人仲良く私の料理時間の短さに言及する。

 どうやら姉弟の好奇心の対象は、魔術のみに留まらないらしい。


 ……まあ、ルングはいつも通りの無表情ですけど。


「時短のコツと言っても、普通のことをしただけですのよ?

 家で下ごしらえをしておいて、魔術学校こちらの食堂の使用許可を、事前に・・・とっておいただけですの」


 これだけ褒めちぎってもらって申し訳ないが、私のしたことなどそれくらいのものだ。


 ……2人に温かく且つ手早く美味しいものを。


 そう考えて、工夫してみただけである。


「言うなれば手順の省略・・・・・ですの。

 調理の行程の中で、事前にできるものはし・・・・・・・・・・ておく・・・ってだけですのよ?

 下味は付けておいて、後は焼くだけにするとかそういう単純なものですわ」


「いや、それでも大した――」とルングは何か――おそらく誉め言葉――を言いかけた所で、ピタリと動きを止める・・・・・・


「どうしたんですの?」


 怪訝に思って静止した少年に目を向けると、彼は何故か大げさに目を見開いている。


 しかしその目は・・・・・・・私に向けられて・・・・・・・いない・・・


 その目は私ではなく――


「……リっちゃん、ありがとう・・・・・

 ルンちゃん、私……分かったかもしれない」


 天才魔術師を、捉えていたのであった。

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