第161話 魔術師たちの研究は騎士の日常となっている
クー姉とルングの魔術師姉弟への
「リッチェン、今日は行くよね?」
午前中の座学が終わり、姉弟に昼食を運ぶか悩んでいる私に、確認の声が向けられる。
声の出所を向くと、1人の騎士が立っていた。
鮮やかな青のショートカット。
整った顔立ちに、鋭く活発そうな吊り目。
鉄の
「新入生歓迎
……貴女が居ますし、行かなくとも問題ないですわよね? フリッド?」
「なんでそんなに興味なさげなのさ⁉」
少女の名はフリッド。
私の騎士学校の友人である。
「リッチェン、アンタ、主席だよね?
それも在学中なのに既に騎士団所属の、エリート様だよね⁉
どうして行事に消極的かなあ⁉」
「主席だからこそ、好き勝手やって良いんですのよ。
それに騎士団に所属しているおかげで、色々免除されますし。
そんな私の尻拭いをするのは、次席である貴女の仕事ですわ」
ニコリと微笑むと、少女は呆れた様にため息を吐く。
「去年はちゃんと出てたのに……」
「……去年は特別ですの。
聖教国から聖騎士も来てましたし、出ざるを得ませんでした。
「懐かしいね……。
リッチェンと『黒の聖女騎士』との戦い、最高だったよ!
今年も、あんな激闘をお披露目してよ!」
ぐっと少女は親指を立てて、拳でグッドサインを作る。
……言ってやりたい。
「『黒の聖女騎士』は、
「……とりあえず。今年いるのは、普通の新入生だけですの。
なので運営は貴女にお任せして、私は職務に勤しみます」
私の言葉に、少女騎士はここぞとばかりに、ニヤリと笑みを浮かべる。
「職務って……どうせ幼馴染の所に通い妻してるんでしょ?」
ドキリ
……通い妻。
心惹かれる響きだが、残念ながら事実とは大きく異なる。
「通い妻なんて大層なものじゃありませんわよ。ただの雑用ですの」
……腹の立つことに。
あの姉弟は私を雇うや否や、日常生活をこちらに丸投げしたのだ。
彼らの世界には、最早魔術しか存在していない。
帰宅も食事もお風呂も睡眠も。
私が言わなければ決してしない。
可能な限り全てを魔術研究につぎ込むという、人間を完全に逸脱した生活を彼らは送っている。
この世に
そう確信できるくらいの、社会不適合者ぶりである。
「大体、騎士団の仕事には出ているので、文句を言われる筋合いはありませんの。
それに、主席の仕事もするつもりですわ。
大会で優勝した新入生を、
「リッチェンの可愛がりは、受けたくないなあ」と、少女は苦々しい笑みを浮かべている。
「まあ、仕事をしてくれるなら良いよ。
それにしてもさあ――」
少女騎士の顔が、怪訝そうな表情へと変化する。
「……何ですの?」
「いや、雑用の何がそんなに楽しいのか分からないなあって思って」
……フリッドは勘違いをしていますの。
正確には、雑用が楽しいわけではない。
別に家事をするのが好きなわけでもない。
しかし、2人のお世話をするのは、昔から好きだったのだ。
普段とはまた異なる、真剣な雰囲気。
全身全霊を研究に注ぎ込む、真摯で一途な姿。
それだけで、彼らの無茶苦茶な性格が帳消しになるくらい格好良い。
そんな姉弟の雄姿を見守れるのは、騎士団長になる以上に贅沢な気がするのだ。
「貴女もいずれ、私の気持ちが分かる時が来るかもしれませんわよ?」
「そうかねえ?」
私の胸中を知らない友人は、半信半疑な様子でそう答えたのだった。
ちなみにこの後姉弟は、昼食を抜こうとしていたことが私にバレ、無理矢理食べさせられたことを追記しておく。
「騎士のリッチェンさん、久しぶり。今大丈夫か?」
姉弟に雇われて
魔術学校内で、声をかけられる。
「
私に声をかけてきた青年は、ザンフ・ランダヴィル様。
ランダヴィル伯爵家嫡男。
ルングと魔道具開発を行い、ランダヴィル伯爵領の農地で作物の共同研究も行っている、土属性の魔術師である。
「今からルングたちの所に行く予定ですが、何か御用ですの?」
私の言葉に、ツンとした青年の表情がほんの少し和らぐ。
「それなら丁度良かった。
ルングから頼まれていた魔道具を、リッチェンさんに託してもいいか?」
「……魔道具? 勿論、構いませんが」
……いつの間にそんなものを?
どうやら私の知らない間に、ザンフ様に色々と頼み込んでいたらしい。
「ありがとう、感謝する」
ぶっきらぼうな口調で青年はそう言うと、布袋を私に手渡す。
袋の感触的に、どうやらいくつか魔道具が入っている様だ。
「いえ、こちらこそウチのルングが、ホントいつもお世話になっておりますの」
「構わんさ。こっちだって
青年はそう言うと、目を逸らす。
……何故でしょう、見覚えがある表情ですの。
ここ最近だと、姉弟が徹夜で研究していたことを私に言い当てられた時に見た顔に、よく似ている。
……つまり――
何かやましい事を、隠している時の顔だ。
「……ああ、なるほどですの」
「……む? 何がだ?」
いそいそとザンフ様に近寄り、自身の導き出した結論を耳打ちする。
「安心してください。
ルングが雇い、ランダヴィル伯爵領でザンフ様と共に畑の世話をしている、獣人の3姉妹。
その長女であるアイランに、ザンフ様は確か懸想をしていたはずだ。
「な、な……何故知っている⁉」
「乙女の勘ですの! では、失礼しますの!」
「ちょっと待て! こら! 騎士リッチェン!」
顔を真っ赤に染め、目を白黒させた青年から、走って逃げる。
そんな私の背後から――
「3姉妹も楽しみにしているから、今度ルングと一緒に遊びに来いよ」と、青年の声が聞こえてくる。
「ええ! 絶対に行きますわ!」と答えながら振り向くと、少し離れた所で佇む青年は珍しいことに、嬉しそうな笑みを浮かべていたのであった。
ちなみに――
この時受け取った魔道具をルングに渡すと、大袈裟に感謝された。
一体、どんな魔術が刻印されていたのだろうか。
実に印象的な出来事であった。
「リッチェンさん、こんにちは。
大変そうですね。お手伝いしましょうか?」
「ありがとうございます、マイーナ様。
でも、平気ですわ! 私、力持ちなので」
ルングたちのお世話を始めて
私が姉弟の食事用の食材を運び込んでいると、以前共同研究――といっても、私は実験台となっていただけだが――で一緒になった、マイーナ様と遭遇した。
金髪碧眼に白のローブ。
思わず見惚れてしまう美しい少女だが、無表情っぷりは相変わらずである。
「その様子と
「面倒は見ていますけど……噂とは何ですの?」
私の疑問に、聖女は答える。
「ええ。
実験室に入り浸る黒の騎士と、その実験室に出現する姉弟のお化けという……」
……確かに偶に、姉弟は死にかけの形相で実験室から出ているが――
まさかそんな噂になっているとは。
「あの
マイーナ様は考えることもなく、即座に応える。
「良くも悪くも特別枠で、何をやっていても噂にはなりますね。
王宮魔術師の弟子で、最年少での大位クラス入学。
それもほぼ全ての属性魔術を扱える姉弟となると、注目するなという方が無理かと思われます。
私の雷属性魔術も悔しいことに、直ぐ扱えるようになりましたし」
「雷鳴聖女」の表情は、その言葉とは裏腹に、全く悔しさを感じさせない。
「……ああ、すみません。そんなことはどうでも良かったです。
リッチェンさん、ルングに伝言をお願いしても良いですか?」
世間話もそこそこに、聖女は用件を告げる。
「ええ。勿論ですの」
「それでは。
まずは
『画像集とやらについて話があります。できれば聖教国に来て欲しい。そして聖女と聖騎士の画像集を買い取りたい』
とのことです。
ルングへの手紙も何通か送ったそうですが、無視されたそうです」
……なんでルングは、
その上それを無視するなんて、並の神経ではできない。
しかし私は、彼の――彼らのことを、よく知ってしまっている。
「……元々、彼らは不精者なんですの。
研究に必死すぎて、手紙に気付いてすらいないと思いますわ。
なので、処刑だけは許してあげて欲しいですの!」
姉弟の師匠であるレーリン様もそうなのだが。
彼らは手紙のやり取りをする暇があるなら、研究に打ち込みたいと考えている種族なのだ。
おかげで帰省の度に、両親――主に母親のゾーレさん――から叱られている。
「しませんよ、そんなこと」
私の懇願が届いたのか、聖女は首を左右に振る。
「……まあ、良いでしょう。
ここにリッチェンさんが通りがかったのは、きっと女神様のお導きですね。
教皇様の言葉をよろしくお願いします」
「それと――」と聖女は続ける。
「私からの伝言もお願いします。
『聖女と聖騎士の画像集の第3弾を、早めにお願いします』と。
お金に糸目は付けないので」
騎士学校の友人たちも、アンス様やザンフ様もそうだったが。
聖女や聖教国の教皇ですら、ルングの画像集に首ったけの様だ。
私の幼馴染の発明品は、よっぽどの代物なのだろう。
「了解しましたわ。必ずお伝えすることを誓います」
「ええ。よろしくお願いします」
そう言うとマイーナ様は、トコトコと去って行った。
聖女の伝言をルングに伝えると、ただでさえ悪かった顔色が、更にくすんだような気がした。
彼は教皇様を相手に、何をやらかしたのだろうか。
私に被害が及ばないことを、祈るばかりである。
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