第160話 転移魔術
「『転移魔術』は、任意の地点から異なる地点に移動する魔術なんだよ!」
降り注ぐ陽光を全身で浴びながら、少女――クー姉ことクーグルンは、笑顔で告げる。
私たち3人は今、馴染みのある屋外訓練場――実験場へと足を運んでいた。
「あの……クー姉? 質問宜しいでしょうか?」
天を突く様に真っ直ぐ手を挙げると、クー姉は嬉しそうに私を指名する。
「はい、リっちゃん君! 何かね?」
「『ちゃん』と『君』を重ねる意味はありますの……?
まあ、良いですけど。
今のクー姉の発言から察するに、その『転移魔術』とやらは移動用魔術ということでよろしいんですの?」
私の問いに少女は腕を組み、大きく踏ん反り返る。
「うむ! その通りである!」
口調に態度。
諸々言いたいことはあるが、ぐっとこらえる。
「……だとすると『転移魔術』って、
「ほえ?」
クー姉の口から、間の抜けた声が漏れ出る。
ポカンと首を傾げるその姿は、可愛らしさ抜群だ。
「だって移動用魔術なら、マイーナ様と開発した『雷化魔術』がありますわよね?
アレがあるなら、新たな移動用魔術を開発する必要はないでしょう。
それどころか『光化魔術』まで、最終的に開発していましたわよね?」
『光化魔術』に至っては『雷化魔術』よりも移動速度が速かったはずだ。
現時点で、これ以上の移動用魔術は必要ない様に思える。
……その2つの『魔術化魔術』に、不具合でもあるのでしょうか?
「私は分かりませんが、使用魔力量が多かったりするんですの?」と尋ねると、クー姉ではなくその隣にいた少年――ルングが言葉を発する。
「……興味があるから手伝っていたが、それは俺も気になっていた。
リッチェンの質問に答えておくと、使用魔力量はそこそこ必要だが、姉さんなら苦にならない量のはずだ。
なのにどうして姉さんは、新たに『転移魔術』を欲するんだ?」
少年は私の問いに答えつつ、好奇心に満ちた瞳を彼の姉へと向ける。
どうやら私だけでなく、既に研究に取り組んでいる少年も、クー姉の目的を聞いていなかったらしい。
……きっと新魔術の開発と聞いて、我を忘れていたのですわね。
彼らしいなと思う。
この少年は魔術となると、すぐ目の色を変えるのだ。
私たちの視線を受け止め、少女は明るく告げる。
「確かに移動って結果だけ見れば、新開発する意味はないかもね!
でもちょっと、
少女の言葉を聞いて、ルングはトコトコと歩き始め、私の隣にやって来る。
「どうしたんですの?」
「姉さんから、少し離れた方が良いと判断した」
「ルンちゃんは私の事、よく分かってるね!」
少女はそう言うと、流れるように魔術を発動する。
「『
直後に少女の体が、目覚ましい変化を遂げる。
茶色の髪も、黒色の瞳も、瞳と同色のローブも。
全てが青白色へと染まり、少女の存在そのものが膨大なエネルギーを帯びたのだ。
「相変わらず、凄まじいですわね……」
『雷化魔術』。
聖教国の「雷鳴聖女」マイーナ様と開発した、発動者の肉体を雷に変換する魔術だ。
少女の身体からは、いくつもの
……なるほどですの。
どうやら幼馴染の少年が移動したのは、この魔術の発動を察したためらしい。
それにしても――
「……弱点?」
……こんな強大な力に、弱点なんてありますの?
私の問いに、雷に染まった少女はニッコリと微笑む。
「
行くよ! 『
ドオォォォォン!
少女は轟音を置き土産に、
晴れた空を、上下から切り裂く2本の稲光。
落雷の着弾した地面はその衝撃に破裂し、砂埃が巻き上がる。
「速い上に、恐ろしい威力ですわね……流石クー姉ですわ」
「リッチェン、
「辛うじてですけどね」
……雷って、案外見切るの難しいですのね。眩しいですし。
私の言葉に、少年は物言いたげな目をこちらに向ける。
「あの速度だと、迎撃するのは厳しいと思いますの。
もし相対するなら、直接斬るのではなく、別対策が必要になりますわね」
「そういう事を、言いたかった訳じゃないんだが……」
そんなやり取りをしていると――
「ルンちゃん! リっちゃん! 助けてえぇぇぇぇぇ!」
巻き上がった砂の中から、くぐもった少女の声が聞こえてくる。
「どうしたんですの⁉ クー姉!」
「姉さん、何があった?」
私たちは煙の中に飛び込み、声の元へと駆け付けると――
「ううう……着地、
上半身が埋まり、下半身が地面から生えたクー姉のお間抜けな姿が、そこにはあったのだった。
「えっと……弱点というのは、着地をよく失敗するみたいなことですの?」
「あっはっはっはっは!
それはこの魔術じゃなくて、私のミスなんだよ! リっちゃん!」
「だとしたら、クー姉は笑ってはいけないと思いますの」
地面から引っこ抜かれた少女は、からっと豪快に笑う。
「じゃあ、次は――」
「これをリッチェンに投げてもらうんだな」
スッ
ルングはクー姉とのやり取りもなしに、私にあるものを差し出す。
「
受け取ったのは球型の物体だ。
しかしただの球ではない。
無機質に輝く光沢。
冷たさと重さを兼ね備えた、ずっしりとした手応え。
手の平サイズの金属製
「さすがルンちゃん! 仕事が早いね!
もしかして、もう弱点に気付いちゃった?」
「……まあ、俺も開発者だからな」
クー姉は弟とそんなやり取りをすると、直ぐに魔術を再起動し、雷に変化する。
「リっちゃん、
「ええ。雲の中は隠れて見えませんでしたが。
直上の雲まで昇って、同じ軌道で落ちてきましたわね」
「どんな軌道だった?」
「行きも帰りも、ほぼ直線」
「やっぱり凄いね!」と少女は嬉しそうに続ける。
「今から同じ軌道で飛ぶから。
私が
少女はそう言うと、自身の道筋を定める様に上空を見上げる。
……難しい注文を、当然のようにやってくれますの。
少女の青白色に輝く顔を見つめながら、頭の中で模索する。
飛ぶのを邪魔するということは、今から飛翔する彼女に金属球をぶつけるつもりで投げろということだろう。
……けれどそれは厳し過ぎますわ。
そもそもの問題点として、私の投球とクー姉では、
つまり後出し――彼女が飛び立った後に球体を投げたところで、彼女に当てることはできないのだ。
そうなると私の狙うべきは――
「行くよ! 『
「ここですの!」
少女が飛ぶ直前。
そこで私は、
速度で勝てないのなら、初動で勝つ。
迎撃するのではなく、クー姉の飛翔軌道上に私の球を
左腕を天に向け、同時に左脚を持ち上げる。
重心を右脚に集中させながら、身体を天に向けて傾ける。
そして、上げていた左脚を下ろす。
ドンッ!
下ろした勢いで、上半身はシーソーの様に跳ね上がり、全ての力が私の肉体を介して、指先の1点に集約する。
放つ。
……マイーナ様と
私の渾身の投球は唸りを上げ、クー姉の飛翔する軌道に達する。
「ドンピシャですわ!」
「――『
それと同時に、少女の詠唱が完結する。
雷へと変貌した少女は、瞬時に雷光となって空を舞い昇る。
球を貫いて、再び雲へと至るかと思われた刹那――
「えっ⁉」
少女の軌道上に存在する金属球。
鋭い雷はしかし、それを
バチイィィン!
雷鳴とはまた異なる、
すると金属球の存在する上空にて――雷になったはずのクー姉が、
「なるほど……
「ああ。その通りだ」
私とルングは、
並び立つ少年は姉を見上げた状態で、両腕を胸の前に差し出す。
まるで空から落ちてくる何かを、待ちわびるかの様である。
そして――
「ご明察だよ! リっちゃん、賢い!」
上空で実体化した少女は、すっぽりとルングの腕の中に納まる。
……何ですの、この姉弟。
仲が良過ぎる。
ブラコンとシスコンの姉弟。
顔立ちが整っているせいで、妙に絵になっているのが、それに拍車をかけている気がする。
特にルングのシスコンぶりは酷い。
そろそろ姉離れをして、周囲の親しい人――主に幼馴染の可愛い少女とか――に目を向けるべきだと思う。
「雷になっちゃうと、
こんな風に」
少女は少年の腕の中で、ゴソゴソと何かを取り出す。
「これは……」
少女が取り出したのは、見覚えのある
私がルングから受け取り、クー姉の移動軌道上に投げた金属球だ。
しかしその金属球は今――
「くっ、全力で作ってみたが、やはり雷熱と衝撃には耐えられなかったか」
ルングは悔しそうに歯噛みしている。
少年の述べた通り、金属球は雷のエネルギーによって、半分以上が溶け、変形していた。
所々ひび割れ、見るも無残な姿になっている。
周囲が水で覆われているのは、未だ籠っている熱を遮断するためであろうか。
「雷の再現が出来ているからこそ、その特性に引っ張られて、移動が
少女はようやく少年の腕から降りる。
「それは『光化魔術』でも同じなんだよねえ。
間に物体が入って光が遮られると、移動が中断されちゃう」
「だから、
「そういう事!
でも多分、これまでで1番難しい研究になりそうなんだよね……」
そんなやり取りを、クー姉とルング――魔術師の姉弟はすると同時に、私の顔を真っ直ぐに見つめる。
……ああ、この顔は。
長年の付き合いから、2人の考えが伝わる。
……巻き込まれる前に、逃げましょう。
逃げるが勝ちですわ!
そう考え、身を翻そうとして――
ガシリ
ルングに肩を掴まれる。
「リッチェン、俺たちには君が必要だ。
君がいないと、俺たちは生きていけない」
「そんな言葉は、告白やプロポーズで聞きたいですわ!
私を解放するんですの!」
「リっちゃん、毎日私たちに料理を作って欲しいんだよ」
「どうしてあなた方は、プロポーズじみた言い回ししかできないんですの⁉」
……先程、ルングのシスコンぶりが酷いと申しましたが――
最も彼らに甘いのはもしかして……。
「だから……私たちの事、よろしくね! リっちゃん!」
「俺たちの生死は、リッチェンにかかっているぞ」
ギュッ
承諾してもいないのに、既に両手を握られている。
茶と黒の瞳には、親愛と信頼の色。
私に全てを委ねた、赤ん坊の様な表情だ。
……クー姉は兎も角。
いつも無表情なくせに、こんな時だけズルいですの!
そんな顔をされたら――
「仕方ありませんわね……給料は弾んでもらいますわよ?」
受け入れるしかない。
私の諦観から出た言葉に――
「はーい!」
「勿論だ」
姉弟の歓喜の返事が重なったのであった。
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