14歳 姉弟での魔術研究

第158話 騎士は魔術師の姉弟を心配する

 コツコツコツ


 薄暗い廊下に、規則正しい足音が響く。


 ……やはり広いですわね。


 なんとなくで来てしまったのを、ほんの少し後悔する。


 の進路には、廊下が続いていた。


 しかし、単純な一本道ではない。

 何本にも途中途中で分かれ、建物の全体図が想像できないくらい、その枝は無造作に広げられている。


 ……何度来ても、騎士学校・・・・とは造りが随分違いますわね。


 特に部屋の数が違う。

 数え切れない程の無数の部屋――その扉が、そこら中に並んでいる。


 騎士学校はおろか、騎士団の詰所にもこんなに部屋はない。


 ……何か、魔術でも使っているのだろうか?

 

 あれだけの部屋を、物理的に並べることはできない様に思うのだが。


 既に通り過ぎた分岐先にも、今見ている数以上の部屋が存在していたはずだ。


「ここにもいませんわね……」


 ドアノブに掛けられた使用中の看板――そこに記された使用者名を確認し、再び移動を再開する。


 時折すれ違う様々な色合いのローブを羽織る学生たちに目を遣りながらも、私は足を止めずに進み続けた。



 マギザライ魔術学校。


 私――リッチェンは今、とある理由・・・・・で魔術学校に足を踏み入れていた。



「きゃあぁぁ! 騎士リッチェンさんよ!」


「画像集だと格好良い感じだったけど、実物は可愛い!」


「この前の雷鳴聖女とのコラボ画像集も良かったよな」


「そうか? やっぱり俺はクーグルン先輩との組み合わせの方が好きだぜ」


「あの、撮影をお願いしても良いですか? 剣をこう構える感じで」


「すみません、撮影はルングを通せと言われておりますの」


「そうなんですか……残念」


 画像撮影の申し出を、心苦しくも断る。


 騎士である私の存在は、何故か・・・ここに馴染んでいた。

 部外者のはずの私相手に話しかけてくる方も多く、誰も違和感を抱いていない。


 ……というか皆様、私をあっさりと受け入れ過ぎでは?


 おそらくルングの画像集とやらの影響だろう。

 だがそれにしても、もう少し警戒心は持った方が良い様に思う。

 

 特にこの魔術学校にいる魔術師の卵たちは、基本的に貴族のはず。

 好奇心があるのは良いことだと思うが、護衛する騎士の立場からすれば心配で仕方ない。


「リッチェンさん、こんにちは」


 そんなことを考えていると、聞き覚えのある・・・・・・・爽やかな声に呼び止められる。


 目を遣るとそこには、いかにも貴族然とした少年が立っていた。


 燃える様な赤の髪と瞳に、同色のローブを羽織った少年だ。


アンス様・・・・、こんにちはですの」


 私の返事に少年――アンス様の整った顔に、優しそうな笑みが浮かぶ。


 アンスカイト・フォン・アオスビルドゥング公爵子息。


 私たちの居るアオスビルドゥング公爵領――教育公爵領領主家の嫡男にして、私と幼馴染の少年ルングの古くからの友人である。


 アンス様は誰か・・を探すように、キョロキョロと周囲を見回す。


「あれ? ルングは居ないのかい?」


「……アンス様もルングがどこに居るか、ご存じではないのですのね。

 私も探している最中なのですが……」


「家には行ってみた?」


「ええ。何回か行っておりますが、ここ4日程行方不明ですの。

 クー姉もいないようですし、姉弟共々家に帰っていないようですわ。

 夜遊びでしょうか?」


「ルングなら『夜遊び? そんな暇があるなら研究だ』とか言いそうだけどね。

 クーグさんもそんなことをするタイプじゃないし……」


「それもそうですわね……」


「うーん」と、2人で考え込む。

 

 雷鳴聖女マイーナ様との共同研究が終わって、早1ヶ月。

 ほんの2週間前まで姉弟(とマイーナ様)は、姉弟宅でその研究レポートに追われていたはずだ。

 差し入れをしたので、それは確かである。


 故にレポートの終わりそうなタイミングを見計らって、つい先日彼らの家を訪れてみたのだが、残念ながら留守だったのだ。


「ルングやクーグルンさん単体がそうなるのは珍しくないけど、2人同時に居ないのは珍し……くもないか。


 よく考えたら、最近まで共同研究で泊まり込みだったはずだし。

 確かリッチェンさんも、協力したんだよね?」


「ええ。結構大変でしたわ」


 主に前半は強化魔術での実技担当。

 後半は研究方針の変化により、魔術師たちのお世話係として忙しかった。


 なにせこちらが監視していなければ、魔術師というのは好奇心のままに行動し続ける生き物である。

 所々で静止しなければ、彼らは壊れた玩具の様に研究ぜんしんし続けるのだ。

 

 良くも悪くも子どもなのである。


 この7ヶ月間私は3人の――とはいっても、マイーナ様は比較的マシだったが――お世話サポートに従事していた。



「……それで、アンス様。

 ルングたちの行方に心当たりはありませんの?」


 期待を込めた言葉にしかし、アンス様は申し訳なさそうに答える。


「私も1週間前に、ヨレヨレのルングと少し話したくらいだからね」


 そのあたりは、死ぬ気でレポートを書いている時期のはずだ。

 それ以降会っていないとなると、アンス様にも心当たりはないのかもしれない。


「あっ! でも――」


 しかし私の予想に反して、少年は何事かを思い出す。


「何か思い当たることでも?」


「そういえば、新しい研究を直ぐに始めるって言ってたかな。

 それで予約を取りに来たとか――」


「それですわ!」


 ……間違いない。


 消息不明と新研究。

 その情報から導き出される答えは、単純なものだ。


 ……新しい研究とやらに打ち込み過ぎて、帰宅していない。


 それだけである。


 先程から何度も強調しているように、魔術師とは好奇心旺盛な者が多い。

 加えて私の幼馴染たちもまた、そんな魔術師らしい魔術師である。


 そして経験から察するに――


 未帰宅ということは、彼らは今、人間らしい生活をしていない可能性が高い。


 魔術研究に傾倒し、打ち込み、寝食を切り捨てた生活を送っているはずだ。


 ……仕方ない、真面目に探しますか。


 取り返しのつかないことに、ならない内に。


「ちなみにどの辺りで、野生のルングを発見しましたの?」


「そんな動物みたいに……まあ、そんなに変わらないかな。

 出会ったのは北塔付近だよ」


「どんな研究か言ってましたか?」


「それは教えてくれなかったけど、研究の方針立てからするんじゃないかな。

『この前の実験で、ある程度情報データは取れている』って言ってたから」


 ……なるほどですの。


 難しい研究内容はよく分からないが、彼らの研究過程は知っている。

 急速に進んだりしていなければ、まだ机上研究の段階のはずだ。


 ……となると、彼らが屋外にいる可能性は低い。


 予約したのは、北塔の屋内実験室かそれに類する場所と判断して良いだろう。


 そうと決まれば、善は急げだ。


「アンス様、貴重な情報ありがとうございますの。

 私、行ってきますわ! 失礼しますの」 


 北塔に向けて踵を返す私の背中に、少年から言葉が掛けられる。


「リッチェンさん、ルングに会ったら『例の話よろしく』って伝えておいて欲しい」


 これまでの和やかな会話が嘘の様に真剣な声色に、こちらも真摯に返す。


「了解しましたわ。

 ちゃんと『メーシェンさんとの距離を縮める協力をよろしく』と伝えておきますの」


「どうして君までそれを知ってるんだい⁉

 ちょっと、リッチェンさん⁉ 話はまだ終わってないよ⁉」


 ……アンス様の悲痛な叫びの後押しを受けて――


 私は目的地に向けて、走り出したのであった。




「目標があの2人で、助かりましたわね」


 例の姉弟幼馴染がいると思しき場――北塔第14実験室の前で呟く。


 2人が有名なおかげで、少し聞き込みをするだけで、あっという間にその居場所は特定できた。


 しかし問題は――


「目撃情報が、一昨日で途切れているのですよね」


 チラリと実験室の出入り口に視線を向ける。


 何の変哲もない、普通の扉だ。

 そのドアノブには看板が掛けられ、そこには「ルング・クーグルンの仲良し姉弟使用中」と書かれている。


 ……正直、開けたくない。


 姉弟が中で研究しているということは、この扉の先は伏魔殿となっているはずだ。

 流石に、あの姉弟がお亡くなりになっているなんてことはないだろうが。


 しかし彼らが、どんな魔術を開発しているのかは未だ不明である。


 ……せめて、頻繁に出入りしてくれていれば良かったものの。

 

 少なくとも2日以上部屋に籠っているとなると、研究が過熱している可能性は否めない。


 開けるタイミング次第では、いきなり目の前が火の海に包まれることすら、考慮しなければならないのだ。


「……でも仕方ありませんわね。

 ゾーレ様たちにも、彼らのことを頼まれていますし」


 ……まあそれに、一応心配ですし?


 幼馴染として。

 あくまで。

 あくまで幼馴染としてだが、心配なのである。


 ええ。幼馴染として彼――彼らを心配するのは必然といえよう。

 クー姉はそれに、憧れの相手でもありますし。


 自身に言い聞かせて――


 シャッ


 腰から剣を鞘ごと・・・外し、ドアノブに手をかける。 

 耳を澄ませても、中の物音は聞き取れない。


 カチャリ


「失礼しますの……」


 ゆっくりとノブを回し、ほんの少し扉を開ける。

  

 ……物音はなし。魔術発動の気配もなし。


 息を潜めながら、隙間に剣をそっと差し入れる。

 

 ……問題なし。罠もなさそうですわね。


 少し安心して、ようやく中に踏み込む。

 すると――


「毎度思いますけど、何をどうしたら短期間でこう・・なりますの?」


 部屋の中に築かれていたのは――本と資料と紙の山だ。


 私の目線よりもずっと高く白山が積み上げられ、一部に至っては既に雪崩を起こしている。


「こういうのは経験上、真ん中ですわね。


 ……あっ、いましたわ」


 掻き分けるようにその中を進むと、中心で2人の幼馴染を発見する。


 本を開いたままの少女――クー姉と、何かを書きかけの状態の少年――ルングの姉弟は、なんと資料に埋もれながら気絶していたのであった。

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