第157話 彼らとの共同研究は続いていく
年明け間近の実験室――
「マナちゃん、最初は髪の毛とかの
「そうなんですね……こんな感じでしょうか?」
「上手いですね。最初姉さんなんて、一気にやろうとして、死にかけてましたよ」
「ちょっと、ルンちゃん!
確かにそうだけど、無事だったんだから良いじゃない!」
「無事なら良いという発想を、クー姉は少し反省すべきだと思いますの」
魔術研究は着々と進む。
新たな年を迎えた屋外訓練場――
「いや、ここは出力安定用術式にするべきだろう。
どうして姉さんは、強化術式ばかり詰め込もうとするんだ?」
「ええ? だって格好良くない?
どうせなら、大雨の時の雷くらいの出力にしようよ!」
「いえ、私としては魔力の効率化を図りたいので、ルングの方向でお願いします」
「つまらないよ! もっと派手で威力強めにしようよ!
ルンちゃんと一緒に、2人で嵐とかを再現しようよ!」
「もしかしてこの雷を、電気エネルギーとして利用可能なのか?
だとすると、科学技術の発展も十分考えられるが……」
「ルング? 何を考え込んでいるんですか?」
「皆さん、ご飯持って来ましたわよー!」
「はーい! リっちゃん、私お肉食べたーい!」
「持って来てから、言わないでくださいますの⁉」
何度も何度も、私たちは挑戦と反省を繰り返す。
それなりに苦しくも、しかしそれ以上に愛おしく感じる日々。
私たちは協力し、時に衝突しながら、雌伏の時を越えて――
いよいよ、芽吹きの春を迎えた。
「……これで、完成です」
ふうと一息つく。
私の目前には、1つの魔法円が展開されていた。
私の背丈より少々大きな円枠の中には、細かく文様――術式が刻まれている。
……私自身が展開した魔法円。
そのはずなのに、見ているだけで手が震える。
……何故ならこれは、ようやく辿り着いた魔法円だからだ。
私たちの努力と苦難の結晶だからだ。
……成功するだろうか?
「失敗すれば、またやり直せばいい」
今回の研究生活の成果の1つは、その考え方が得られたことだ。
だがそれを以てしても、緊張することには変わりなかった。
しかし――
「早く! マナちゃん! 早く発動させようよ!
見たい見たい見たい!
なんなら、私が代表してやっても良いんだよ?」
「おい、ズルいぞ姉さん。
俺だって発動したいのを我慢して、発案者のマナ先輩に譲ったんだ。
これで姉さんがアリになるのなら、俺がやっても良いだろう」
「いいえ、ルンちゃんは駄目です!
ルンちゃんはお姉ちゃんの後! それが年功序列なんだよ!」
「前時代的な意見だな。
随分と師匠に似てきたんじゃないか?」
「うわあぁぁぁん! ルンちゃん、それは人生最大の侮辱なんだよ⁉」
「いや、クー姉のその発言も、かなりの侮辱だと思いますのよ……」
共同研究相手の魔術師たちと騎士は、普段通りの様子だ。
「それで、どうする? マナちゃん?」
クーグさんはルングへの抗議活動を終えると、ケロリと切り替えて尋ねる。
……私の方が年上のはずなのに。
彼女に導かれていると感じるのは、きっと気のせいではないのだろう。
「……勿論、私がやります」
私の言葉に、先輩である少女は満面の笑みを浮かべる。
それどころかよく見ると、彼女の弟のルングと、彼らの幼馴染のリッチェンもまた笑顔を――といってもルングは口元が少し違う程度だが――浮かべている。
……やれやれ。
随分お節介な人たちだ。
「それでは起動実験を始めます」
すっ――
構築した魔法円に手をかざす。
そして――
「『
詠唱句を告げると同時に、私の体から魔力が放出される。
魔力はそのまま、前面に存在する魔法円を満たす。
すると――
否、私が動いたわけではない。
魔法円が私に向けて迫って来たのだ。
腕から肩、そして正面を向いた私の全身。
魔法円は
バチバチバチバチッ!
私の全身が、雷へと変換されたのであった。
「……どうですか? 出来ていますか?」
「ええ! 少なくとも外見は完璧だと思いますわ!
とてもお綺麗ですの!」
「ありがとうございます」
騎士の少女の真っ直ぐな称賛に、照れ臭い気持ちを抱きながら、全身を見回す。
……妙な感覚だった。
格好もまた『
質量を感じさせない浮遊感。
自身に力が溢れるというより、自身が力そのものになったかのような高揚感。
……今なら――
何でもできる気がする。
「姿形は『
「大丈夫です」
「それならマナちゃん、早く移動してみよう!
今回の研究って、一応それが優先事項だもんね?」
姉弟の興味津々の瞳は、こちらを向いている。
「移動の感覚は初めてなので、未だ掴めていませんが……やってみましょう」
……しかしだからこそ――
実験のし甲斐がある。
少なくとも目前の姉弟は、そう考えているはずだ。
バチッ!
腰を落とす。
雷へと変化しているからか、やはり身体の重さは感じない。
チラリと私は騎士の少女に目を向ける。
私がこれまで出会った中で、最速の少女。
リッチェンの剣の様に鋭い跳躍だ。
「行きます」
グッと脚に力を込めた瞬間――私の周囲の景色が一変する。
そして――
ドオォォォォン!
「やった! 成功だね!」
「よし」
「完璧ですわね!」
彼らは私の雷化魔術――『
「移動速度と維持時間及び軌道パターンは基準値クリア。
消費魔力量は多少気になりますが……問題なさそうですね。
現象としての雷に変換されているせいで、質量が感じられていない点は、慣れが必要でしょうか」
「それも大切だけど、実戦使用にはそれ以前にもっと体術訓練が必要だね!
いくら本来の感覚と離れているからって、着地してからの
無慈悲な少年と少女が実験データを取る横で――
「えっと……マイーナ様、大丈夫ですの?」
「はあ、はあ、はあ……ふぅぅぅぅ。だ、大丈夫……です」
騎士の少女に心配されながら、私は大の字で倒れていた。
雷化魔術『
無事『
「マナ先輩、厳しければこの丸薬を――」
「お、お断りします。断固として」
上半身を素早く起こし、どさくさに紛れた少年の提案を、ぴしゃりと絶つ。
半年以上の共同研究生活を通じて、彼の手練手管は既に理解している。
「そうですか……残念です」と、さして残念ではなさそうに少年は告げる。
「後は着地地点を魔術で
……まあでも、それくらいの魔術、マナちゃんなら余裕だもんね!」
「……はい。そうですね」
クーグさんの言葉に頷くと、唐突な静寂が場に落ちる。
サワサワ
耳に届くのは、春の温かい風によって木々が揺れる音だけだ。
……ああ、そうか。
分かっていた。
分かっているつもりだった。
今日はいよいよ、雷化の詠唱魔術を発動する日。
それはつまり――
……共同研究最終日なのだということを。
しかし私は、分かっていなかった。
理解はしていても、実感はしていなかった。
……寂しい。
こんな気持ちになるなんて、思ってもいなかった。
ルングを誘って始まった共同研究。
駄目で元々の気持ちで勧誘した少年は、見事に私の想像を超え、研究仲間まで増やしてしまった。
……楽しかった。
とても楽しい半年間だった。
意見を戦わせながら、研磨し続けた研究は充実していた。
息抜きでしたかけっこ勝負は、新たな発見があった。
研究の合間につまんだヴァイのおにぎりは美味しくて、騙されて食べた丸薬の味の酷さに涙を流した。
そんな輝く様な日々は、特別で、格別で、青春だった。
……でもそんな日々も――
もうこれで……終わりだ。
私はゆっくりと立ち上がる。
「……皆さん、改めてありがとうございました。
おかげで私の研究目標は、達成できました」
私の言葉を、彼らは静かに聞いている。
その神妙な様子に、思わず吹き出しそうになる。
……似合わない。
けれどきっと――
彼らがそんな表情をしているのはきっと、私と似た気持ちになってくれているのだろう。
なっているはずだ。
なってくれていると……嬉しい。
「これで、共同研究を――」
続けようとして、自身の喉の震えに気が付く。
視界はぶるぶると揺れて、まるでルングの水化魔術の様だ。
……終わらせたくない。
クーグさんの炎化魔術の様に、想いが燃え上がる。
でも……終わらせなければならない。
でなければ皆、次に進むことができないからだ。
真剣で、優秀で、ひたむき。
彼らは、学業に仕事に大忙しだ。
そんな彼らを無為に引き留めるのは、世界の損失と言っても過言ではない。
「きょ、共同研究を――終わります」
つかえながらも、楽しい生活の終わりを告げる。
喪失感と寂寥感。
その中でも確かに胸に残っている達成感を噛みしめながら、彼らは口々に感想を言い合う。
「楽しかったねえ! またやろうね!」
「……そうだな。その時はまた手製の料理でも作ろう」
「激マズ丸薬は遠慮したいですけどね」
そんな中――
「そういえば、どうして『雷化魔術』にしたんだっけ?」
クーグさんが思いつきを言葉にする。
「それはアレだろう? ツーカの影響だろう?
『
ルングの尤もな言葉に、少女はにぱっ笑う。
「そうだったね。でも――」
……この時点で私の心の中には、2つの予感があった。
1つは――
「魔術化魔術で移動するなら『雷』より『光』の方が速くない?」
私たちのしてしまった、何かしらの大きな見落とし。
そしてもう1つは――
「「「……あっ」」」
新たな研究の始まり。
先程のしみじみとした雰囲気は霧散し、再び研究への好奇心が私たちの間に満ち始める。
……恥ずかしい。
自覚できてしまうのが、輪をかけて恥ずかしい。
私の顔は今、無垢な子どもの様な笑みを浮かべているに違いない。
「姉さん、どうして今更そんなことを言うんだ!
もっと早く言うべきだ!
そんな風に言われると、ここで研究を終えるわけにはいかなくなるだろう?」
「もう、そんなこと言って! ルンちゃんも嬉しいくせに」
「仕方ありませんわね……私もまた手伝いますの」
「そうですね……では、また研究を始めましょう」
春の空に、研究開始の言葉が広がる。
結局私たちの研究は――更に1ヶ月程、延長したのであった。
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