第156話 魔術師たちの「魔術化魔術」

 煌々と燃え上がる炎の現身と、どこまでも静寂に染まった大河の権化。


 少女クーグさん少年ルングの姉弟は、遂に自身の存在そのものを魔術へと変換していた。


 ……驚いたことにと言うべきか、この姉弟なら当然と言うべきか。


 2人はマイーナ無詠唱雷属性魔術・・・・・・・・の訓練・・・をしている間に、詠唱魔術による・・・・・・・「人体の魔術化」を済ませて、更なる段階へと至ろうとしていたらしい。


 ……優秀な先輩と後輩だ。


 優秀過ぎて、少し寒気がするくらいである。

 頭の中身は、どうなっているのだろうか。


「……確かに浪漫の重要性は分かるが、安全確保の方が大事だ。

 それにその魔法円と術式では、使用魔力量も多いだろう? 

 姉さんの魔力でも、数分しかその状態を維持できないんじゃないか?」


 少年の言葉が切っ掛けになったわけではないだろうが、少女の姿が燃え盛る炎から、茶髪と黒ローブ姿いつも通りに戻る。


 先程の猛火が嘘の様に、少女の周囲には火の粉すら残っていない。


「ほら、もう解除されてるじゃないか」


 そう言う少年は、未だに水の姿・・・を維持し続けている。


「そ……それでも人は、出力という浪漫を追い求めるんだよ!

 大体、火より水の方が魔力消費が少ないのは、自明の理なんだから!

 仕方ないんだよ、ルンちゃん!」


「いや、火の方が魔力消費が激しいなんて、聞いたことないんだが。


 ……少なくとも今回は、浪漫よりも実用性だろう。

 最終的に俺たちの開発した魔法円を下地として、マナ先輩に合った魔法円を構築していくわけなのだからな」


 ……姉弟は今後――


 互いの構築済み魔法円を比較しながら、魔術属性に関係なく・・・・・・・・・「人体の魔術化」に効率の良い魔法円を、新たに開発していく予定となっている。


 楽しそうに議論を交わす姉弟を、彼らの幼馴染である騎士リッチェンは、私の隣で胡散臭そうに眺めている。


「……あの、マイーナ様。良いんですの?

 あの2人――特に今回はクー姉ですが、滅茶苦茶なことを言ってません?」


「そうですね……このままだと無茶振りが飛んできそうですね」


「そもそも――姉さんは――」「それを――甘いじゃ――」


 ……様子を観察している限り。


 彼らの熱が引くことはなさそうだ。


 私たちが傍観している間にも、2人の議論はそのボルテージを上げていく。


 ……仕方ない。


 あの2人の間に割って入るのは、正直気が進まない。

 しかし無視してしまえば、火の粉どころか中級魔術規模の炎がこちらに飛んでくるのは確実に思える。


 であれば座して死を待つより、踏み込んで自身を救う手段を模索すべきだろう。


 そんな後ろ向きな決意を胸に、対峙する2人に向けて足を進める。


「……お供しますわ。

 もしマイーナ様に害があるようなら、彼らを倒してでも守り抜いてみせますの」


 騎士の少女はキリリと表情を引き締めて、私を先導する。


「……大袈裟では?」


 ……私を和ませる冗談だろうか。


 いや、むしろ冗談であって欲しい。


 しかし少女の顔にも、私同様にどこか悲壮な決意が込められている。

 あるいは長い付き合い故に、私以上に彼女は危機を察知しているのかもしれない。


 姉弟は私たちの接近に気が付くと、同時に目を輝かせる。


「マナちゃん、リっちゃん、どう思う⁉

 やっぱり出力が大事だと思うよね⁉ 火力最高だよね⁉」


「マナ先輩、リッチェン、姉さんの口車に乗らないで欲しい。

 何よりも安定性と安全が大事だと、そこの姉に言ってやってください」


 こうして私たちは――2人の不毛な魔術論争に巻き込まれたのであった。




「素晴らしいですね……」


 私の目の前には、2つ・・の魔法円が展開している。

 本来なら、自身の扱える属性――私なら光と雷だ――の魔法円しか知らないことの方が多い。


 しかし私の場合、自身で雷属性魔術を構築するために、多種多属性の魔法円について学んでいたのが功を奏した。


 ……分かる。


 2つの複雑怪奇な魔法円。

 しかしその意味するところが、ある程度・・・・理解できるのだ。


 ……勉強していて良かった。


 共同研究開始以来、姉弟の助言を受けて、更に魔法円研究に力を入れた甲斐があった。



 ……さて――


 並んでいる魔法円を、つぶさに見ていく。

 1つ目の魔法円には、火属性の術式が描かれている。


 中々の大きさの魔法円だ。

 私の背丈の倍程の直径。


 円枠内部の文様――術式の全容を把握しきることはできない。

 見上げる様な規模の魔法円に加え、記された術式自体が非常に高度であるからだ。


 故に術式を細かく読み取ることは諦め、全体をぼうっと俯瞰する。

 その中で理解可能な部位を抽出し、文様全体が導く現象を感覚的に読み取る。


「クーグさんはやはり、火力を上げるために魔法円を大きくしたのですね。

 術式もそれ・・を、追及しているように思えますが……とても綺麗です」


 ……クーグさんの魔法円の恐ろしい所は――


 大雑把な火力強化をしているわけではないという点だ。

 もしも単純な強化術式一辺倒で魔法円を構築したのなら、その魔術は発動すらしないはず。


 つまり彼女の魔術が発動しているという事実自体が、少女の高度な魔法円構築力を示していることになる。


 異なる強化術式を、1文1文積み重ねた結果の大出力。

 繊細かつ無駄の少ない、美しい魔法円なのである。


「ふふふ……流石マナちゃん! よく分かってる!

 どこかの可愛いルンちゃんとは、審美眼が違うね!」


 ふふんと勝ち誇った少女が、少年に流し目を送る。


「ふ……勝ち誇るにはまだ早いぞ?」


 そう返答する少年は、すっかりいつも通りの姿に戻っている。

 その顔に浮かぶのも、いつもの無表情だ。


 少年から彼の展開した2つ目の魔法円へと視線を移す。


 直径はクーグさんの魔法円それの半分程度の規模だ。

 私の背丈とほぼ同サイズの魔法円にはしかし、夥しい数の術式が書き込まれ、構築者の几帳面な性格が顔を出している。


「ルングの魔法円は、誰にでも扱えるようにと配慮されているのですね」


 大量の術式数の理由はどうやら、どんな魔術師でもこの魔術を発動できるようにと気遣ったためらしい。


 術者を置いて、火力をひたすら追求したクーグさんに対して――

 ルングは術者に着目して、術式の一般化を重視したというところだろうか。


 ……姉弟でここまで視点が違うというのは、少し面白い。


 私の言葉に、少年は姉を見つめ返す。


「聞いたか姉さん。

 マナ先輩はどこかの美人と違って、やはり分かってくれているようだぞ?」


「むむむ……で、でも、発動すれば私の方が格好良いってわかるもん!」


「よく言ったな。しかしそれはこちらの台詞だ」


 どちらにも長短所は存在し、どちらにも優劣はない様に思えるのだが、姉弟はそれで納得する気はないらしい。


「はあ……また、始まりましたわね。

 マイーナ様、少し下がった方が良いですの」


 手馴れた様子で、騎士の少女は私を下がらせる。


 姉弟の魔力は物理干渉力が無いにも関わらず鎬を削り、互いに臨戦態勢に入ると――


「『我が想い、燃え盛れイフラメール』!」


「『我が身は海に染まるヴァーイッシ』」


 展開されていた魔法円が、彼らを包み込む。


 クーグさんを中心として、足元に展開された魔法円はゆっくり上昇し、彼女の頭上にて動きを止める。


 それに対してルングの魔法円は彼の頭上に展開され、流れるように下降して、足元に留まる。


 ……全てが同時だ。


 詠唱、魔法円の展開、魔力の伝達速度。

 彼らの力量差や、あるいは仲の良さを示すかのように、同時に魔術が発動する。


 少女の体は再び燃え上がり、少年の体もまた先程の様に青に染まった。


 目を疑う様な不可思議な現象と、それが夢ではないと示すかの如き圧倒的な存在感。


 魔術化魔術・・・・・


 私の未来ツーカを再現するために、編み出された詠唱魔術である。


 勿論、属性は火と水であるため、正確には私の望む雷属性ものではない。


 しかしそれでも私の望む姿――その雛型となるに違いない姿たちが、ここにはあった。 


 ……女神様、ありがとうございます。


 2種の姉弟まじゅつたちの視線が衝突する中、私は女神様に感謝する。


 ……これ程の魔法円お手本があるのなら。


 それも2種類も存在するというのなら、雷属性の「魔術化魔術」の魔法円構築は、私が手探りで研究していた時と比べて、ずっと楽なはずだ。


「クーグさん、ルング……2人共、ありがとうございます。

 おかげで私は『ダナッツ』の本格的な魔術化に、着手することができます」


 競おうとする姉弟に、思わず頭を下げる。

 すると2人は、顔を見合わせてピタリとその喧嘩を止めると――


「何言ってるの、マナちゃん!

 これは私たちの為でもあるんだから!

 それにまだまだ、終わりじゃないからね!」


「そうです。

 こんな魔術を発見出来たのは、マナ先輩のツーカのおかげなんですよ?

 むしろこちらが礼を言いたいくらいです。

 そして姉さんの言う通り、油断大敵です」


 魔術師たちはそう言うと、仲良く私に魔術で・・・輝く瞳を向けたのであった。

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