第155話 聖女は騎士と仲を深めている

 昼下がりの陽光が差す、屋外訓練場にて。


 私は目を瞑り、自身の力に集中する。

 身体の中心で輝く白光――魂。

 そこからゆっくりと魔力を切り離す。


 ……くっ。


 噛みしめる顎に伝う汗を、冬の風が冷やす。


 この作業が案外難しいのだ。

 切り離す魔力が多過ぎると、この段階で身体が魔力欠乏症に陥り、意識が朦朧としたり酷い頭痛に襲われたりすることとなる。


 ……慎重に、慎重に。


 切り離した魔力をさらに2つに分け、左右両肩を伝って腕へと移動させる。

 対称的に輝く2つの魔力は、流れるように両の拳まで辿り着くと、その内で輝きを徐々に増大させていく。


 ……未だ共同研究相手の姉弟の魔力操作には遥かに及ばない。


 あの姉弟は、控え目に言って怪物だ。

 人外たちと自身の実力を比較するのは、無駄もいいところだろう。


 しかし私もそんな彼らとの訓練を経て、ある程度の魔力制御をできるようになっていた。


 だが、この達成感を噛みしめる暇はない。

 これからも正念場は続くからだ。


 魔力を拳に維持しながら、自身の思考を展開する。

 イメージするのは、自身の未来の姿・・・・・・・


 すなわち私――「雷鳴聖女」マイーナの、未来ツーカを発動した姿だ。


 世界を照らす稲光。

 バチバチと時折弾ける火花。

 空間を切り裂く衝撃と、響く雷鳴。


 具体化したイメージは魔力に影響を与え、その姿を雷へと変える。


 無詠唱魔術・・・・・


 詠唱と魔法円を必要としない、とある姉弟・・・・・が得意とする魔術だ。


「マイーナ様! そろそろいきますわよ?」


 遠くから可愛らしい声が響く。

 声の元に目を遣るとそこには、ドレスと黒の鎧を纏った少女の姿があった。


 姉弟――クーグさんとルングのお目付け役こと、騎士リッチェンである。


「ええ……準備完了です、リッチェン・・・・・。よろしくお願いします」


 私の言葉に応えるように少女は片手を上げると、すぐ足元に積み上げられたモノ・・を拾う仕草を見せる。


 遠目では判別できない。

 しかし私は、その物体の正体を知っている。


 ……ボールだ。


 無数の土と氷の球・・・・・が、三角錐ピラミッド型に積み上げられているのだ。


 少女は頂点の1個を、その右手で掴み取る。


 硬さを確認するかのように何度かその球を握ると、続いて少女は離れた私へと視線を向けた。


 バッ


 こちらを向いた少女は、天に向けて両腕を振りかぶる。

 大きなその仕草は、少女がこれからの行動に全力を込めることを、分かりやすく表していた。


 ボウ


 少女の胸元から、膨大な白光が吹き出す。

 振りかぶった両腕を少女は胸元に収め、それと同時に彼女は脛当て鎧グリーブに覆われた左足を持ち上げ、身体をこちらから見て左向きに捻じる。


 洗練された投球動作・・・・だ。

 無駄なものが排された効率的な動きは、素人目で見ても美しい。


 そして――


 轟っ!


 吹き出した魔力が、黒の手甲ガントレットの内にある少女の右腕へと集中していく。


 ドンッ


 左足が勢いよく下ろされ、地面を叩くと同時に、少女の体がぐりんと回転し、こちらに正対する。


 溜められた腰の捻りの解放と連動して、土の球を握る右腕が見え、同時に左手は少女の脇に向けて捻り上げられ、右腕とは対称的な動きを取る。


 ビュッ


 重心移動に腰の捻り。

 そして膨大な魔力。


 その全てのパワーが乗った指先から、少女の握った土球が放たれる。


 シュルルルルルル!


 放たれた球には恐るべき回転量が与えられ、空気を切り裂きながら、こちらに向けて突撃してくる。


 ……速い。


 当たれば無事では済まない威力が、その球には込められていた。


 ……姉弟の常識外の行動はよく見ている。


 それと比べれば、この騎士の少女はまともだと思っていたのだが。

 やはり長年彼らと共にいるだけあって、彼女もまた人並外れた能力――この場合は身体能力と強化魔術だ――を有しているらしい。


 しかし――


「行きます」


 自身に言い聞かせるように私は呟き、拳を球に向けて広げる。


 意識するのはそこに存在する魔力――帯電するまじゅつ


 迫りくる球に立ち向かうために生み出した、最速の稲妻である。


 バチバチバチバチッ!


 威力は十分。

 今か今かと解放を待っている魔術に、私は遂に指示を下す。


「行きなさい」


 ドオォォォォン!


 掌から生じた小型の雷は、驚異の速度で迫る土球に対してそれ以上の速度を以て対応し、轟音と共に撃ち落としたのであった。




「マイーナ様、素晴らしいですわね!

 本気で投げましたのに、あんなに完璧に迎撃されるとは思いませんでしたの!


 ……少し、悔しいぐらいですわ!」


「いえ、とても良い訓練になりました」


 山になっていた土と氷の球を投げ尽くした少女は、こちらにやって来ると、爽やかな笑顔を浮かべる。

 1つ結びの赤毛はゆらゆらと左右に揺れ、胸元の褐色の銅貨が陽光でキラキラと輝いていた。


「それもこれも、リッチェンのコントロールと気遣いのおかげです。

 訓練になる様に、あらゆる球種を駆使して投げ分けてくれていましたよね。

 ありがとうございます」


「い、いえ、そんなことはありませんわ!

 お役に立てて光栄ですの!」


 少女は嬉しそうに頬を上気させながら、私の礼を受け止める。


 私たち――聖女マイーナと騎士リッチェンが何をしていたかというと、私の無詠唱雷属性魔術の訓練だ。


 少女の投げた球を、自身の雷属性魔術で撃ち落とす。


 ただそれだけなのだが、これがまた良い訓練になるのだ。


 少女の投球能力の高さにより、四方八方から高速で私を襲うボール。

 しくじれば大怪我を負うという緊張感の中で、それを撃ち落とすという作業は実戦にも近しく、魔力の運用速度や無詠唱魔術の強度を高める訓練となっていた。


「もうマイーナ様の魔術は、完璧ではありませんの?」


「そうですね……単純な発動という点ではそうと言えるかもしれません」


「凄いですわ! 流石ですの!」


 ぱあっと少女の表情が華やぐ。

 こんな素直な反応は姉弟――特に弟のルング――からは得られないため、新鮮だ。


「では、次はどんなことをするんですの?」


 我が事のように喜んでいる少女の問いに答える。


「これからは、以前ルングとクーグさんのやっていた『物質の変換』――私で言えば『物質の雷化』に入る予定です。

 確か実験室で、リッチェンも見ていましたね?」


「ああ、あのルングが全責任を私に押し付けようとした時の……」


 少女の表情が輝く笑顔から、苦々しいそれへと変化する。


「……ええ。あの時の魔術に着手することになるかと思います。

 最終的には私自身の雷化・・・・・・を行い、それを術式に落とし込む形になるかと」


「少し難しい話ですが……まあそれは構いませんわ。

 マイーナ様のお手伝いであれば、いくらでも協力しますし!


 ……ただ、少し気になることがあるのですが、宜しいですの?」


 そう言うと少女は直ぐに視線をよそに向ける・・・・・・


「はい……勿論。どうぞ」


「ありがとうございます……それであの人たちは・・・・・・、一体何をしているんですの?」


 そんな少女の視線の先では――



「姉さん、どうしてその術式にしたんだ?

 出力制御も安定化も難しいと思うんだが。

 安全性の確保も出来ていないだろう? 発動者を殺す気なのか?」


「ルンちゃん、分かってないね!

 時には使い手を犠牲にしてでも、守らなければならないものがあるんだよ?」


「そんなものがあるのか? 

 ……分かったぞ。金か? そうだな?」


「違うよ! 確かに生きる上でお金も大切だけどね!

 でもそれ以上に、大切なもの。

 それは勿論――浪漫だよ!」


 ここ数ヶ月で随分と慣れ親しんだ、狂気の姉弟魔術師たちの声。

 しかしそこに存在していたのは、いつもの魔術師たちの姿ではない。


 ……人間大の火と水・・・・・・・


 火の粉を漂わせて橙色・・・・・・・・・・に輝く少女・・・・・と、薄水色に輝きながらも・・・・・・・・・・光が透過する身体を持・・・・・・・・・・つ少年・・・


 そんな人類種とは思えない異常な存在感を纏った2人が、熱く持論を競わせていたのであった。

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