第149話 聖女は魔術師と共に行き詰まる

 地上で1つの恒星が煌めく。


 この光は、魔術により生じたものだ。


 魂――魔力をそのまま運用する、身体強化魔術。

 魔法円の力を借りて『強化』の概念を付与された光属性魔術。


 二重の強化魔術の輝きが1に重なることで、星の如き輝きを帯びているのだ。


 星を纏った少年・・は、静かに腰を落とす。


 跳躍の1つ前。

 飛び立つための力を溜めている段階だ。


 屋外の訓練場にも関わらず、場はすっかり静まり返る。


 嵐の前の静けさ。


 少年の挙動により、嵐が起きる。

 そんなことを予感させる静寂が場を満たす。


「では、マナ先輩。行きますよ?」


 コクリと私が少年――ルングに頷きを返したところで、少年に変化が起きる。


 彼の発していた光が、更に密度を増し、その脚に集中したのだ。


 そして次の瞬間――


 ドンッ!


 少年の居た場所が、爆発する ・・・・


 ……勿論、本当に爆発したわけではない。


 火属性の魔術を、彼が使用したわけでもない。

 ただ、そうとしか表現できない程の風が、彼の挙動により生じたのだ。


 そしてそれと同時に――


 少年の姿が消える・・・・・・・・


 バッ


 私はすぐに振り返る。


 少年の動きは・・・見えなかった・・・・・・


 ただ、彼の宿していた光。

 それが速さのあまり尾となって長く伸び、少年の歩む軌道を案内していたのだ。


 私の頭上を越え、背後に。

 以前私が披露した『ダナッツ』の軌道をなぞるかのように、彼は私の背後に回り込もうとしていた。


 振り向いた視線の先には、着地しようとしている少年。


 少年の足が、丁度大地を捕らえようとしたところで―― 


 ズルリ


「むっ?」


 速度に負けた足が・・・・・・・・大地を上滑りする・・・・・・・・


 空中へと突然投げ出される身体。

 どうにかその制御を取り戻そうにも、跳躍の勢いは未だ残っている。


 結果、高速の世界の中で、彼は為す術なく――


 ズザザザー


 豪快に転倒する。


 先程とはまた異なる種類の砂埃を巻き上げながら、ゴロゴロとルングは転がる。

 最初にあった勢いは、回転する度に速度を落とし始め――


 ピタリ


 最終的にうつ伏せの状態で停止した。


「ルング……大丈夫ですか?」


 うつ伏せになった憐れな少年の元に駆け付け、尋ねる。


「問題ありません」


 ……そうは見えないが。


 しかし、本人がそう言うのなら、そうなのだろう。


 少年は何事も無かったかのように、立ち上がる。

 確かに怪我はなさそうだ。


 その無表情にも、特に変化はない。


 だが転んだ証として、闇の様に深い黒髪とローブは、大量の砂に塗れていた。


「どうでした? マナ先輩の『ダナッツ』、再現できてましたか?」


 バッバッ


 少年は砂を払いながら尋ねる。


「私は自分自身が勝手に移動している・・・・・・・・・ので、はっきりとは言えないですが……」


 自身の体験を思い返しながら、言葉を紡ぐ。


「今のルングよりも、私の方が速いかと」


「やっぱり、そうですよねえ……着地も失敗しましたし」


 ……やはりルングも、私と同意見の様だ。


 私が彼に「魔術化したい技」を伝えて1週間。


 その期間で、数百回以上発動させ・・・・・・・・・ダナッツ』の速度には、未だ届いていなかった。


「そうなると、またマナ先輩にお手本・・・を見せてもらった方が良いんですかね?」


 チラリと少年は、無機質な瞳をこちらに向ける。


 ……冗談じゃない。


 私は「検証データは、いくらあってもいい」という少年の嗜虐精神・・・・の下、この1週間、馬車馬のように『ダナッツ』を使わされたのだ。


 ……辛かった。


ダナッツ』を限界まで使わされるのもそうだが、何より魔力切れになった時が・・・・・・・・・・辛かった。


 この少年悪魔はその時に、2つの選択肢を用意していたのだ。


 魔力回復量はそこまで多くないが、とても美味しいヴァイのおにぎり。

 魔力回復効果は絶大だが、恐ろしい不味さを誇る青臭い丸薬。


 まさに飴と鞭。

 少年が前者と後者を巧みに使い分けたことで、私は数日で数百回以上未来ツーカを発動するという快挙を成し遂げていた。


 ……それにしても、何なんだ? あの丸薬の不味さは。


 人の食べていいものじゃないだろう。

 特におにぎりの後に食べると、その味の差に絶望するのだ。


「まあ、それでも大分データが取れたから、こうして再現できないか確かめているわけですけどね。


 ……まさか速度も足りない上に、体術が限界を迎えるとは」


 少年の言葉には、どこか憂いの響きが込められている。


 今の私たちの限界。

 ほんの少しの閉塞感。

 行き詰っている感覚が、確かにあった。


「私個人としては、まだ続けたいですが……ルングはどうしたいですか?」


 ……だがこの程度の壁は、私にとっていつものことだ。


 雷属性魔術を形にする時は、いつも手探りから始まる。

 何も見えない中、足掻くのは、大得意なのである。

 

 少年は私の言葉に、いつも通り無感情の視線を向ける。


「勿論、継続です。

 俺に技量が足りていな・・・・・・・・・・いのなら・・・・足りている人に頼めば・・・・・・・・・・良いだけですから・・・・・・・・

 

 ……なので――」


 ルングは少し逡巡して告げる。


「助っ人を呼んでも良いでしょうか?

 マナ先輩の未来ツーカの話を、広めることになっちゃいますけど」


「構いませんよ。そんなの今更です。

 私の『ダナッツ』は通名シュピネになるくらい、有名ですから」


 そう伝えると少年は「そうだった」と言わんばかりに目を丸くする。

 その様子は珍しく年相応の反応で、少し可愛らしい。


「了解しました。体術に秀でた実験台・・・・・・・・・を用意します。

 それにこんな面白そうな研究題材なら、ついでにもう・・1人優秀な魔術師・・・・・・・が、無料タダ釣れる・・・かもしれません」


 少年から発された言葉に、引っ掛かりを覚える。


 ……実験台? 釣れる?


 首を傾げる私に、ルングは口元だけでニヤリと微笑んだのであった。




 助っ人に頼ることを決めて数日後。


「……というわけで、マナ先輩。

 体術に秀でた、丈夫な実験だ――助っ人のリッチェンです」


 少年の紹介に、隣の少女が頭を下げる。


「騎士学校2年のリッチェンです。よろしくお願いしますの。

 ……ところでルング? 今、私の事を実験台と称しませんでしたか?」


「流石に事実でも、公言するのは可哀想だと判断した。

 だから途中で言い直しただろう? セーフだ」


「アウト! アウトですの!

 そう考えている段階で、私を軽んじてますの!」


 私の共同研究の相棒――ルングと、ドレスに黒の手甲ガントレット脛当て鎧グリーブを身に付けた可愛らしい少女が、親しい様子で喧嘩している。


 赤毛の1つ結び。

 大きな目に、整った鼻筋。


 腰には1本の剣を帯びており、その胸元には銅貨で作られたネックレスが陽光に輝いている。


 あの鋼鉄の無表情を前に、丁々発止のやり取りを出来ているあたり、少女は少年と付き合いが深いようだ。

 もしかしたら、同郷なのかもしれない。

 どこかハイリンゾーガのやり取りを思い出す。


 そして、その様子を満足そうに眺めているもう1人。


「そしてこちらは知っているかもしれませんが……姉です」


 アーバイツ王国の王宮魔術師レーリン様の弟子にして、ルングの姉――クーグルンさんだ。


 柔らかいライトブラウンの髪に、大きな漆黒の瞳。

 ルングとお揃いのローブを羽織った少女は、にぱっとこちらに笑いかける。


「マナちゃん、久しぶりだね? よろしくね!」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 私たちのやり取りを見て、ルングは少女――リッチェンさんとの会話を切り上げ、尋ねる。


「面識あったんですか?」


「うん! 前、先生とゲルディに行ったときにちょっとね!」


 クーグルンさんはそう弟に応えると、私に向き直る。


「……あれ? マナちゃん、少し疲れてる? 寝不足?」


「いえ、睡眠はまだ・・足りていますが、弟さんに酷い目に遭わされたので。

 何百回か未来ツーカを、使わされたんですよ」


 私の不満に、少女は笑い声をあげる。


「あははは! それぐらいまだまだ序の口だよ! 

 を超えてからが勝負だから!」


「何の勝負ですか……」


 ……ツーカの使用数勝負。


 なんて嫌な勝負だ。


 というか彼らは、数百どころか万を超える実験を、これから私にさせるつもりなのだろうか?


 殺す気か?


 じっと姉弟の顔を見つめるが、否定する様子はない。


 嫌な予感と共に、冷や汗が流れ落ちる。


 ……この姉弟、トラーシュ学長に報告通報しておいた方がいいのではないだろうか。


 主に労働基準法的な問題で。


 そんな一抹の――というには大きいが――不安はあるものの。


 ……何はともあれ。


 こうして私たちの共同研究は2人から4人へ、規模が拡大したのであった。

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