第150話 成果はあるが。
ドンッ!
強い踏み込みの音と共に、
同時に、背後から――
バキッ!
何かの砕ける音。
弾かれるように振り向くと、その音が生じたと思しき場所からは、砂煙が立ち上っていた。
その中心には――先程目の前から消えた少女騎士が、赤毛とネックレスを揺らしながら立っている。
少女の脚――それを覆う黒の
どれ程の衝撃があったのだろうか。
進行方向に逆らう様に
割れた大地の一部は、その着地の衝撃でめくれ、斜め上方へと傾き、天に向かって鋭く突き出しているものすらあった。
「マナ先輩、今のリッチェンの着地
「私の
誤差にして人2人分くらいでしょうか。飛び過ぎだと思います。
ルングの体感速度としては如何ですか?」
「リッチェンの脚力だと、俺の視界から一気に外れる速度で移動が可能ですからね……。
マナ先輩の『
姉さん、魔力はどうだった?」
「全然駄目! かなり遅いかな!
魔力
「何故でしょう……負けた気がしますわ!」
魔術師たちのやり取りを聞いて、ヒビの中心で少女騎士――リッチェンが悔しがる。
「気にするなリッチェン。後
「ルング貴方……私を使い潰す気ですのね? そうですのね⁉」
……やはり、強化魔術での再現は難しいのだろうか。
体術のプロであるリッチェン。
天才魔術師の名をほしいままにしている姉さん。
その2人を協力者として召喚したは良いものの、マナ先輩の
「リッチェン、第1に重視されるのは速度だ。もっと上げられるか?」
着地地点からこちらへとやって来た少女に尋ねる。
彼女は少し考え込むと、困ったように答えた。
「できないことはありませんが……着地の衝撃を考えると、これ以上はオススメしませんの。
私でも
「大変なこと?」
「控え目に言って……バラバラぐちゃぐちゃ?」
……それは――
「流石にさせるわけにはいかないな……」
「あら、心配してくれますの?」
俺の言葉に、幼馴染は嬉しそうに微笑む。
……その姿は只々可愛らしく見える。
しかしそんな外見とは裏腹に、騎士リッチェンは、飛び抜けた身体能力を持つ怪物だ。
そんな彼女でも、
……普通の人間にこれ以上の出力は、出せないだろう。
俺や姉は勿論、今回の共同研究相手――
常人が遊び半分で試してしまえば、惨憺たる結果が待っているに違いない。
治癒魔術が使えるとはいえ――
……仮に聖女がこれを試して、怪我したとなると流石にまずい。
脳裏に聖教国教皇パーシュ様の顔が過ぎる。
……パーシュ様は
もし、マナ先輩が怪我を負ったと聞けば――
国際問題まっしぐら。
賠償金がいくらになるのか、想像もつかない。
いや、賠償金で済めばマシか。
……ただでさえ、
それを棚上げしたとしても、種々の条件を考慮すると、やはり強化魔術で『
ただそうなると――
「「うーん……」」
リッチェンと同じく、こちらに近寄って来た姉と声が重なる。
ちらりと見ると、姉もまた口元に手を当て、何事か考え込んでいる。
……ひょっとすると姉さんも。
そんな俺たち姉弟に――
「2人共、
幼馴染からそこそこ失礼な言葉が、投げかけられる。
「リッチェンには分からない、真剣な悩みだ」
「ごめんね、リっちゃん。
私たちはリっちゃんみたいに、能天気に生きてるわけじゃないんだよ……」
「失礼! 姉弟揃って失礼ですの!」
……今のは、自業自得だと思うのだが。
「それで2人は、何を真剣に考えているんですか?」
少女騎士と同様の問いが、跳躍距離を計測していた聖女からも向けられる。
「
「ああ⁉
なんで私の時には答えなかったのに、マイーナ様の時は答えるんですの⁉
いじわる! 贔屓? 贔屓なんですの⁉」
「リっちゃん、ステイステイ」
愉快な幼馴染と姉をよそに、聖女は重ねて尋ねる。
「落としどころ?」
「俺たちは、『
それでリッチェンの制御限界ギリギリまで、強化魔術をかけてきたわけですけど――」
俺の言葉を、姉が引き継ぐ。
「リっちゃんで無理なら、強化魔術の方面は無理だと思うんだよね。
それならこの辺りで一区切り付けて、別方向で考えた方がいいかなって!」
『
鮮烈かつ勇壮な聖女の
纏うように展開される雷。
響き渡る雷鳴。
魔力感知を全開にしてすら、対応が難しい圧巻の速度。
全ての再現を同時に行うのは難しいと判断し、最重要項目である「速度」に絞って、その研究を進めてきたわけだが――
その拘ったはずの「速度」が、最も再現できていない。
余りにも、ツーカが速すぎるのだ。
リッチェンは強力な騎士である。
その実力は学生の枠を遥かに超え、現役騎士の中に入れても、指折りだと言われている。
そんな少女を、
その事実を考慮すると、強化魔術での速度再現は、研究方向として厳しいと判断すべきだろう。
故に方針転換を余儀なくされているのだが――
……その糸口がない。
方針を変えようにも、次の行き先が定まっていないのなら、路頭に迷う羽目になる。
それは得策ではない。
姉も、マナ先輩も、リッチェンも。
勿論俺も、決して暇ではないからだ。
曖昧なまま舵を切ってしまえば、今後の研究そのものが雑になる。
折角の研究は間延びし、着地点も分からないままグダグダになって終わる可能性が高い。
それは昔、姉と何度も
……それに、『
現時点で、いくつかの有益な
例えば、身体強化魔術と光属性強化魔術の関係性である。
どちらも対象を強化することは知られているが、その
身体能力、防御力、耐性といった能力が、単一の強化魔術と比較して、軒並み跳ね上がることは、今回の実験で既に実証済み。
この事実は光属性魔術の盛んな国――特に聖教国に、大きな利益をもたらすだろう。
……まあ、その上昇した能力を制御できる者は少ないのだが。
それも訓練すれば、ある程度は問題ないはずだ。
なお試運転すら無しで、完璧に使い熟したリッチェンは
……そういうわけで。
現段階で既に、ある程度の成果は確保できているのだ。
その意味ではここで妥協し、研究を終えても良い。
……しかし――
俺も姉も、そして発案者であるマナ先輩も。
まだ満足していない。
今の自分たちの成果。
しかしそれを遥かに超える事象――『
そして戦意に燃えているからこそ、方針の未定に懊悩しているのである。
「……ねえ、皆?」
閉塞感のある静寂の中で、姉が人一倍明るい声を出す。
「とりあえず、気分転換しない?」
少女はそんな気の抜けた言葉を、満面の笑顔で言い放ったのであった。
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