第148話 雷鳴聖女は魔術師に期待する。
……恐ろしい。
「『
バチバチバチバチッ!
全てを呑み込まんとする黒の髪。
同色のローブの中は、質素なシャツとズボン。
整った目鼻立ちで基本的に無表情だが、現在はその口元に獰猛な笑みを浮かべている。
……笑顔の理由は明白だ。
彼のライトブラウンの瞳の中で瞬く閃光。
軽く弾ける電撃の音。
……雷属性魔術。
……複雑な気分。
魔術に、然程思い入れはないつもりだ。
こだわりも特にない。
そのはずなのだ。
……しかし、
私の人生の成果でもある。
血反吐を吐くような苦労を、それなりの年月積み重ね、ようやく辿り着いた境地。
扱い方を間違えて、自身の身を危険に晒したことも1度や2度ではない。
……それをこうもあっさりと。
それも楽しそうに習得されたとなると、少し位不満を覚えても、女神様は許してくれるだろう。
……本当に、どうなっているのだろう?
手馴れている……というわけではなさそうだが。
雷の特性をある程度心得ている。
理解している。
そんな扱い方だ。
まるで、雷を見知った存在であるかのように。
扱ったことがあるかのように、その少年は魔術と接している。
……これが才能の差というものなのだろうか。
私もそこそこ魔術の才はあるつもりだったのだが、そんな自身と比較しても、少年は一線を画しているように思える。
彼が人知を超えた
彼だけが、異なる
そんな感覚に陥ってしまう。
「どうですか? マイーナ先輩」
魔術で輝いていた少年の瞳が、こちらに向けられる。
途端に雷へと向けられていた満面の笑顔は消失し、砂漠の如く乾いた表情が私を襲う。
一切感情を読み取れない、無の顔。
人に向けるには、圧の強すぎるそれだ。
……落差が大きすぎる。
勿体ない。
魔術に割く分の関心を、少しでもそこに向ければ、もっと人気が出るだろうに。
いや、でも確か。
ある程度の人気はあるんだったか?
それに
「魔法円と魔術、共に言う事はありません」
私の
……本当に魔術が好きなんだろうな。
そんな彼のことが羨ましくもあり、不思議にも思う。
そして、この調子で成長してくれるのなら――
……彼の雷属性魔術の実力は、いずれ私に届くだろう。
この少年と出会ってまだ数日。
そんな短期間で先日見せた『
早々に私の魔術を、網羅することとなるだろう。
2ヶ月程度はかかるだろうか?
しかし長くとも、半年はかかるまい。
そうなれば、
……私が
共同研究で魔法円へと術式化したい
雷属性の魔術適正が彼にはない可能性もあったし、習得速度が遅ければその魔術開発まで辿り着けない可能性もあったからだ。
……もし、彼が私よりも向いていなければ。
教える意味はあまりなかったのである。
……なにせ私が、未だ術式の糸口すら掴めていないモノなのだから。
私よりも習得に難のある魔術師に教えたところで、意味を成さなかっただろう。
……でも幸い、ルング君は私以上に適性がありそうだ。
魔力量、魔力制御、魔法円構築、顕現現象への理解力。
魔術師として必須の能力が、私を上回っている
期待を一身に受けた少年は、そんな私の視線も意に介さず魔術訓練を再開する。
力強い雷鳴。
世界を切り開く閃光。
訓練を繰り返す度に、練度の上がるそれに胸をときめかせながら、私は少年の魔術を見続けた。
「ではいよいよ、私が魔術化したい技を発表します」
パチパチパチパチ
無表情の少年の手元から、乾いた拍手の音が響く。
私の構築した魔術を、少年はたったそれだけの期間で、ものにしてしまった。
それどころか――
バチバチバチバチッ!
拍手とは異なる、弾ける火花の音が響き渡る。
親指大の球形の
それが複数、小規模魔法円の上に展開され、火花を散らしているのだ。
「ルング、お静かに。
まだ何も始まってはいないので、お祝いするには早いです」
「はい、
返事と共に、囃し立てていた
ここ数日、最後の魔術習得の合間に何やらしているなと怪しんでいたら、少年は遂に新たな雷属性魔術を開発してしまったらしい。
……しれっとした平常運転の無表情で。
いや、きっと彼のことだから、開発作業中は笑っていたのだろう。
この無表情魔術師の実態は、約1ヶ月を共にして、ある程度把握しているつもりだ。
見込み通り。
あるいは見込み以上の魔術師っぷりが、ほんの少し羨ましく悔しい。
「……私たち、少し距離を空けましょうか」
その言葉に、少年はほんの少し目を見開く。
「マナ先輩……俺たち、別れるんですか?」
「……貴方とお付き合いした覚えがないです」
「俺もです」
自身で妙な疑問を投げ掛けた割に、少年の返答は早かった。
……この共同研究期間で知り得たことだが――
ルングは無表情な割に、軽口も多い。
それはそれで、気楽に会話できていいのだが。
「……空けたいのは、物理的な距離です。
私の見せたいモノは、その方が分かりやすいので」
「……心の距離は変わらないと」
「ええ。出会った時から」
「ではその分の距離は、俺が離れましょう」
言うなり優秀な魔術師である少年は、そこそこの距離を離れる。
これはこれで「心の距離はこんなにある」と言われているようで、少し腑に落ちない。
軽口を叩いた少年本人が、鷹揚に構えているあたりが特に。
しかしそんなルングの魔力は、既に臨戦態勢に入っているのがわかる。
透き通る茶の瞳。
そこに白光が集中しているのだ。
身体強化魔術。
それも素の魔力――魂を用いた、魔術師には珍しい技術である。
加えて――
「『
少年の口から詠唱が紡がれ、魔法円が展開すると、彼の目に更に光属性の輝きが宿る。
私の故郷――聖教国ゲルディで学んだであろう光属性強化魔術だ。
別種の強化魔術の重ね掛け。
私の一挙手一投足全てを観測し、分析しようという目だ。
でも――
「それで見えるでしょうか?」
……見えるのなら、良いけれど。
ポツリと呟き、少年に合図を出す。
「ルング、発動しますよ?
その瞬間――
彼女の周囲に存在していた
膨大な量のそれが、
……以前、1度見せてもらった
しかしあの時とは、その姿を全く
あの時、世界魔力が宿ったのは、彼女のほんの指先だけ。
だが今、世界魔力は少女の全身に満ちようとしている。
固唾を飲んで、少女の変容を見守る。
膨大な魔力量。
未だ半ばにも関わらず、既に魔力感知に引っ掛かる圧倒的な存在感。
……何が起こる?
好奇心と不安。
そして
既視感の正体を探ろうとしたしたところで――少女のツーカが
「むっ」
突如少女から生じた更なる白光に、目を細める。
真っ白な視界。
目を細めても尚眩しい光量に、たまらず腕を盾にする。
その輝きは長くは続かず、ある程度収まって腕を除けると――
「……凄い」
金髪も碧眼も来ている衣服すら全ては白に染まり、その周囲には時折
『雷鳴聖女』――少女の
聖女の鍛錬された魔力と、膨大な世界魔力の融合。
それらを元に生じた雷を、聖女は纏っている。
膨大な熱。
煌めく白光。
しかし恐るべきエネルギーを秘めているはずの少女の姿は、不思議と質量を感じさせない。
そんな神々しい輝きに染まった聖女の口が、淡々と開かれる。
「これから見せるのが、私の欲しい技です。
一瞬ですので、集中して見ていて下さい。行きますよ?」
聖女の言葉に、自然と身構える。
あの雷の化身から何が繰り出されるのか、まるで予想がつかない。
けれど――
……楽しい。
知るのは。
発見するのは。
探求するのは。
とても楽しいのだ。
全身に魔力を巡らしつつ、自身の目に集中する。
……撮影は後だ。
今は彼女の雄姿を、余さずこの目で見ておかなければならない。
電撃の爆ぜる音が遠ざかり、世界が静まる。
この世界の魔力を、自身の感覚全てで捉える。
大地に――風に――木々に――人に。
世界は魔力で満ちている。
あらゆる
静かな世界。
沈黙の世界。
その中で、巨大な魔力の塊と対峙する。
こちらの集中を
「なっ⁉」
一瞬のことだ。
瞬きも油断も一切ない中。
閃光が走った直後に――聖女がその場から消えていたのだ。
ドオォォォォン!
聖女の消失に、遅れて生じる落雷の音と、吹き荒れる風。
「くっ⁉ どうなっている⁉」
そして――
トントン
ゆっくり振り向くと
「見えましたか? ルング」
金髪碧眼の見慣れた無表情が、俺を迎えたのであった。
……分からなかった。
マナ先輩の変化は既に収まり、爆発的に増えた魔力もまた元に戻っている。
「これを私は、魔術で定義したいのです……どうですか?」
……どうもこうもない。
なにせ全く見えなかったのだから。
何が起きたのかすら、把握できなかったのだから。
現時点では、手も足も出るはずがない。
「……光属性魔術で、俺を騙したとかそういうのじゃありませんよね?」
俺が先程まで見ていたマナ先輩は、魔術で生み出された偽物で――
本物は姿を隠していて、背後から声をかけたとか。
……バカげた負け惜しみだ。
それが有り得ないということは、俺自身よく分かっている。
彼女自身が帯びていた膨大なエネルギー量。
ツーカによって取り込まれた、凄まじい世界魔力。
あれが偽物だったとは思えない。
しかし、それ程に信じ難い事だったのだ。
二重に強化された俺の目でも、追う事はおろか影すら見えない速度。
そしてそれ以上に――
……彼女の速度は、世界魔力を用いた感知でも捉えきれなかったのだ。
前方に居たはずの聖女の反応が、次の瞬間には背後に出現した。
そうとしか思えない速度である。
フルフルとマナ先輩は首を横に振る。
「私はちゃんと移動しましたよ」
そう言うと、少女は先程立っていた位置を指差す。
「あそこからここまで。
まあ、私もいつの間にか『
「そうなんですか……」
どうやら速度のあまり、発動した本人すら思考が追いついていないらしい。
今、感知能力を全開にすると、彼女の足跡――魔力跡がよく分かる。
少女の魔力は俺に向かって斜め上方へと直進し、俺の頭上を通過して、背後へと降り立ったのだ。
つまりこれは――
「マナ先輩、今のは移動用の技術って認識でいいんですか?」
「ええ……
本人は曖昧な様子だが、これは移動の為の技術なのだ。
すなわちマナ先輩が開発したい魔術は――移動魔術。
それも、
……面白い。
今行われた高速移動が、魔術で再現できるのなら、革新的な発明となるだろう。
実際の速度はまだ計測していないが、俺が見たどの魔術よりも間違いなく速い。
村間、領地間、国家間の移動時間が、大きく短縮されるに違いない。
時間は有限であり、大きな価値がある。
……無論、それ以外にも。
様々な利益に繋がるだろう。
……開発出来たら、郵便業でも始めてみようか?
そんな想像が止まらない。
……閑話休題。
自身の欲望に塗れた思考は、
……さて、そうとなれば。
後は魔術として、先刻の現象をどう定義するかという話になるのだが――
「……マナ先輩」
「はい、何でしょう」
呼びかけに応じた少女に、自身の疑問をぶつける。
「今の、後何百回出来ます?
魔力は大丈夫ですか? もし足りなければ、補給用アイテムもありますが!
とりあえず画像は撮らせてください。
速度も距離も軌道も色々条件を変更して、検証してみたいので!」
まず必要となるのは、正確な観測である。
そして正確精密な観測の為には、多くの実験が必要なのだ。
捲し立てる俺の言葉に、無表情のはずの少女は珍しく――
「ま……まだ出来るとは思いますが、何百回とかはちょっと――」
あわあわと目を白黒させて答えたのであった。
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