第147話 雷鳴聖女の学ぶ理由。
1人の少女が、快晴の空の下に佇んでいる。
陽光に輝く金髪に、空より青い瞳。
白のローブの袖からは、細い手首がチラリと見えている。
スッと少女がおもむろにその腕を持ち上げると、ローブの袖がずり落ち、少女の腕と拳が顕わになった。
軽く握られた拳。
その人差し指が、中空に向けて伸ばされる。
細長く、真っ白な指だ。
陽光を反射し、瑞々しく輝いている。
「『
淡々とした声と共に、その指先から小さい円が咲く。
……魔法円だ。
小規模の魔法円が、展開されたのだ。
魔法円を魔力が満たすと、指先に狙われた中空に1本の
バチバチバチバチッ!
……いや、亀裂ではない。
雷――小さい稲光が生じているのである。
精々、高木程度の長さ。
自然発生する雷と比較すると、さほど大きくもない稲光である。
……しかし――
たったそれだけの雷にも関わらず、空から聞こえてくる雷鳴は苛烈極まりない。
変換された魔力量。
使用エネルギーの膨大さを感じさせる、重い轟き。
似つかわしくない青空の下、雷はその峻烈な産声を上げ続けていた。
……凄まじいな。
貸切った屋外訓練場で『雷鳴聖女』――マイーナ先輩の雷属性魔術を観察しつつ、
共同研究を始めることにはなったものの、雷属性魔術には残念ながら触れたこともなかった。
そこでマイーナ先輩に相談したところ、彼女から直接手ほどきをしてもらえることになったのだ。
「音は術式で設定したものではないんですよね?」
「ええ。
これは雷を
『
少女の詠唱に応え、新たにもう1つ魔法円が生じる。
今度は指先ではなく、既に雷の存在している空間。
その上方から下向きに、魔法円の文様が浮かび上がる。
生まれたのは新たな雷だ。
空から大地に向け、その雷は
水平方向に進む雷と、鉛直下向きに落ちる雷。
2つの雷は交じり合い、白色の十字を作り上げる。
稲光は重なることで更に明るく輝き、聖女の白い顔を眩く照らし出す。
……ちなみに。
凄まじいと感じたのは、少女の魔術のことではない。
いや勿論、彼女の魔術自体は言うまでもなく素晴らしい。
雷属性魔術。
初めて見るその魔術は鮮烈で、非常に美しい。
おそらく俺は今、好奇心に満ちた笑みを浮かべているだろう。
しかし、それ以上に感銘を受けたのは――少女の魔法円。
「再現……ですか」
「ええ。雷属性は特殊属性の中でも、扱える者が少ないのです。
魔術教育の大家と呼ばれている
「雷属性魔術の為に留学してきたのに」と聖女は、口調だけは不服そうに呟く。
……なるほど。
マイーナ先輩が直々に手ほどきをしてくれるのは、どうやらそういう事情もあったらしい。
「その上トラーシュ先生は、人に丁寧に教えてくれるタイプではないですもんね……」
聖女はコクリと頷く。
「その通りです。すげなく断られました」
魔術は探求するもの。
あらゆる答えは自身で見つけ出すもの。
それがあの偉大な魔術師の研究姿勢である。
……まあ、どうしようもない場合、多少の手助けはしてくれるのだが。
マイーナ先輩は、自分で研究可能だと判断されたのだろう。
「なので私は、
聖女の珍妙な言い回しが、淡々と紡がれる。
一聴では、本来なら伝わらないかもしれないが、少女の魔力を深く見ることができる者からすれば、その真意は明らかだ。
彼女の光と雷に輝く魔力。
彼女自身が生まれ持ち、鍛え上げてきた美しい魔力だが――
それが意味するのは――
「マイーナ先輩は……雷に関係する
俺の問いに、少女はにこりともせずに答える。
「はい、私はツーカを持っています。
よくわかりましたね。世界魔力を見たのでしょうか?
だとしたら……やはり貴方は、見込み通り優秀です」
褒められているはずだが、無表情かつ単調な話し方故に、そう受け取り辛い。
そんな俺を尻目に、聖女は独特の調子で話を続ける。
「試しに見せましょう。
聖女の言葉と同時に、発動していた彼女の魔術が沈黙し、代わりに世界魔力が少女の指先へと宿る。
聖女は世界魔力の導きで、輝く指をゆっくり真上へ向けたかと思うと――
ピシャアァァァン!
これまでがお遊びに思えるほどの、巨大な雷光が鋭く空を裂く。
雷鳴は訓練場全体に轟き、熱された空気によって生まれた衝撃波が、地上の俺たちを強く叩いた。
「今の雷を、私なりに魔術へと落とし込んだのが『
規模も威力も、未だ及びませんが」
聖女は少し乱れた金髪も気にせず、淡白に告げる。
「私
……自身の
世界魔力によって、自身の体を介して勝手に生み出される雷。
しかしそれは、努力さえすれば、将来の――
そんな「
誰も雷属性魔術を教えられない環境下で、たった1人で――
少女はその
その証拠に『
軌道、規模、威力、速度。
書き直しのない箇所はなく、魔法円の全てに彼女の手が入っている。
幾度も実験を重ね、挑戦と挫折を繰り返し、この魔法円へと至ったに違いない。
……それだけでも。
マイーナ先輩に敬意を払うには、十分だ。
加えて、雷属性魔術には基礎4属性魔術とは比較にならない程の危険が付きまとう。
雷の保有エネルギーは膨大だ。
彼方まで届く稲光に雷鳴。
その雷光は、瞬間的にだが太陽の表面温度すら凌駕する。
扱いを間違えただけで、人命に関わる存在なのである。
そんな扱いの難しい雷属性魔術の魔法円を、自身で創り出すに至った執念はどこから湧いてきたのだろうか。
聖女の
指先で『
「マイーナ先輩は、どうしてそうまでして雷属性魔術を研究しているんですか?
危険ですよね? 下手をすれば、怪我では済みませんよね?」
聖女の指先からふと世界魔力が消え、青の瞳が俺を捉える。
「……ルング君は、
「ええ。
俺の言葉に、聖女の表情が緩む。
妹と弟が褒められたことを喜ぶ姉の顔だ。
「そうでしょうとも。
あの子たちは優秀で、とても賢い。
世界最高と言っても良いでしょう」
淡々と捲し立てるその様子にはしかし、不思議な熱量が籠っている。
「そんな彼女たちの手本となるには、自分にできることを必死で探さなければなりません。
……まあ、探せなかったとしても、
それでもお姉様たち――私より上の聖女たちは、そうやって範を示してきました。
『誰かを守れるように』
『誰かの役に立てるように』
聖教国ゲルディの国是は、その2つです。
そしてそれらを守るために、必死に努力することが、聖女の矜持でもあるのです」
聖女は一息に語った後に、再びその碧眼をこちらに向ける。
「その手段が、私にとっては
……それだけの話です」
照れたのか、聖女はふいと目を背ける。
……飾りのない、率直な言葉。
聖女の気高さが際立つ、想いの籠った言葉だった。
……彼女の気持ちはよく分かる。
俺が魔術を身に付けたのも、家族を――村を守りたかったからだ。
その手段として、魔術を学び始めたのだ。
彼女にとってはそれが、雷属性魔術だったのだろう。
……俺は大分、その
だからこそ、マイーナ先輩の気持ちは――願いは――想いは、深く心に響く。
……良かった。
「?」
敬意を込めて聖女を見つめ続けていると、彼女は首を傾げる。
……この人との共同研究を受けて、本当に良かった。
そんな純粋な俺の視線を受けて、
「あの……どうしましたか? 体調でも悪いんですか?」
聖女は、心配するようにそう告げたのであった。
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