第146話 雷鳴聖女がやって来た。

 ギイィィ――バタン


 少女の背後で、扉が閉まる。


 美しい金髪碧眼に、羽織られた白のローブ。

 整った石膏像のような顔立ち。

 透き通るような白色の肌。


 儚げでたおやかな雰囲気の少女が、講義室へと入って来た。


 遠目ながらも、魅力的な外見が目を引く。


 ……しかし、それ以上に俺の心を捉えて離さないのは――


 魔力。

 彼女から漏れ出る、膨大な魔力だ。


 神々しく輝く魔力。

 その魔力は教皇パーシュ様や聖女ハイリン様といった、聖教国出身者――光属性魔術を扱える人たちに似通っている部分が多い。


 ……だが、これは。


 別物だ。

 別格だ。


 華奢な少女の輝く魔力はしかし――


 バチバチバチバチ!


 何故だか、音を立てて・・・・・いた・・


 静謐な光の魔力と、力強く火花らしきもの・・・・・が弾ける音。


 初めて見る種類の魔力に、好奇心が湧いてくる。


 ……興味深い。


 この人は、どんな魔術を扱うのだろうか。

 属性は光だけか?

 それとも、俺の見たことのない属性も使用できるのか?

 

 バチッ! バチッ!


 少女の歩みにリズムよく弾ける魔力は、遠い昔・・・に聞き覚えがあった気もする。


 ……けれど俺は、残念ながら――


 溢れんばかりに沸々と煮えたぎる好奇心を、どうにか抑えなければ・・・・・・・・・・ならない・・・・


 何故なら。


 ……少女は俺を求めて・・・・・・・・この講義室に来たのだ・・・・・・・・・・


 であれば彼女の望みはおそらく、販売会の主役――魔道具と魔石だろう。


「いらっしゃいませ、お客様・・・

 申し訳ありませんが、本日発売の魔道具と魔石は売り切れてしまいました。

 次回、お望みの品を購入していただくためにも、予約を頂戴してもよろしいでしょうか?」


 徐々に近づいてくる少女に、魔術で商品完売の説明アナウンスをしつつ、名簿を用意する。

 

「ルング、何で君はいつも通りなのさ⁉

 君、あの人が誰かわかってやってるの⁉」


 声を潜めた友人アンスの小声が耳に入る。


「アンス……商人とは、誰が相手であろうと、自慢の商品を売り込むもの。

 利益を求めてしまう生き物なんだ」


「だから君は商人じゃないと、何度も――」


「それで、あの人は誰なんだ?」


 ……なんとなく魔力から判断できる気もするが。


 アンスは小さくため息を吐くと、輝く少女に視線を向けながら告げる。


「『雷鳴・・』だよ! あの人『雷鳴聖女・・・・』だ!」


「『雷鳴』?」


 その通名シュピネは、婚約・結婚サービスの人脈ネットワーク内で聞いたことがある。


 曰く聖教国ゲルディの聖女でありながら、魔術研究のために魔術学校にやって来た変わり者。

 氷の様な無表情に反して、春の日差しの様に優しく温かな性格。


 その人気は、あの姉にも劣らないと聞く。


 そしてその通名『雷鳴』の由来は――


 特殊属性――雷属性魔術を扱えるということ。

 

 ……なるほど、この人がその『雷鳴』か。


 少女は――『雷鳴聖女』は、やはり音を散らしながら、歩き続けている。


 であればあの音の正体は雷――電気が空気中を走る音なのかもしれない。


 考えている間に、少女は教卓前にやって来て止まる。

 その表情は固く、噂以上の無表情だ。


 ……聖女は聖女でも、ハイリン様とはまた大違いである。


 チラリと少女はアンスに視線をやって、俺に戻す。


「貴方が……ルング君ですか?」


 控えめで涼やかな声が、講義室内に木霊する。

 こちらを覗き込む瞳は、晴れやかな空を思わせる、綺麗な青だ。


「はい……そうです。俺が大位クラス2年のルングです。

 大位クラス5年のクーグルン……その弟にあたります。


 申し訳ありませんが、自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「なんで君は、そんなにガツガツ行けるのさ⁉」


 隣で何故か冷や汗をかいているアンスが、少女に見えない様に肘で突いてくる。 


 ……何故かと言われると。


 相手が聖女であろうが、お客様はお客様だからだ。


 少女はほんの少し目を丸くすると、淡々と答える。


「私はマイーナ・・・・です。

 大位クラス4年。貴方のお姉さん――クーグルンさんの1つ後輩ですね。

 聖教国では聖女をさせていただいています。

 よろしくお願いします」


 深々と頭を下げるが、その声に感情の色は見えない。

 

 ……無表情故か、若干の圧を感じる気もする。


 アンスに目で促すと、少年は少し怯えた様子で自己紹介を始めた。


「わ、私は、アンスカイト・フォン・アオスビルドゥングと申します。

 高位クラス2年で、彼――ルングの友人です。

 よろしくお願いします」


「はい、よろしくお願いします。ルング君、アンスカイト君」


 聖女の言葉を最後に、静寂が場を支配する。


 ……何をしに来たのだろうか。


 少女は身動きもせず、じっとこちらを見続けている。


「ルング、きみ……彼女に――マイーナ様に何かしたの?

 やったなら、謝らないと!」


「……どうして俺が悪い前提なんだ? 何もした覚えはない」


 ここで出会うまで、彼女との面識はなかったはずだ。


 ……強いて言うなら――


「聖教国が焼け野原になったことぐらいか?」


「途轍もなくヤバいことを、やらかしてるじゃないか⁉」


「言っておくが、主犯は君の姉師匠だぞ? 俺はむしろ被害者だ」


 なんなら、師匠の魔の手から聖騎士と聖女を守り切ったことを評価して欲しいくらいだ。


「姉さん……何てことを」と、少年は苦労人らしく虚ろな瞳で頭を抱えている。


「そうだ。俺は教皇パーシュ様に褒められたぐらい――」


 ……うん?


 ここで引っ掛かりを覚える。


 売り切れの魔道具と魔石(聖女ハイリン様聖騎士ゾーガ様の画像あり)。

 聖教国出身の『雷鳴聖女』――マイーナ様。

 俺を褒めた教皇パーシュ様。


 点と点が予想外の方向に繋がっていく。


「そういえば……聖女と聖騎士の画像販売について、パーシュ様に伝えてないな」


 ……販売すると伝えたら、差し押さえられそうだったから。


「絶対それだって! 今の内に土下座しておいた方が良いって!」


 ……まあ、土下座で場が収まるのなら、いくらでもするが。


「だが、今日販売することも伝えていないし、お叱りを受けるにしても早過ぎる。

 まだバレていないと考えるべきだ」


 ……ならば――


バレるそれまでに、聖騎士と聖女の画像データ集で荒稼ぎした方が良いな。


 ……よし、急いでデータ複製を始めよう。

 どうせ土下座するなら、稼ぐだけ稼いだ後にしたい」


「君の土下座への躊躇の無さには、感心するよ……」


 コソコソ話す俺たちに、ようやく『雷鳴聖女』は口を開く。


から、ゲルディでの話を聞きました。

 私たちの故郷を、民と教皇様お父様を、聖女いもうと聖騎士おとうと――ハイリンとゾーガを助けてくれて、ありがとうございます」


 先程よりもずっと柔らかい声色に、思わず少女の顔を見つめる。

 氷の様な無表情にほんのり浮かぶ温かい笑み。


 人気があるのも頷ける、人の心を1撃で射抜く、天使の微笑みだ。


「……いえいえ、仕事ですから。

 もしお礼の気持ちがあるのなら、ハイリン様とゾーガ様の画像データ集を予約していただけると助かります」


「画像? 予約?」


 首を傾げる少女。

 その姿を見る限り、画像データの存在は知らないようだ。


 どうやら、聖女と聖騎士の画像販売を咎めに来たわけではないらしい。


 商品説明も兼ねて、見本の魔道具で2人の画像を見せる。


「……これは凄いですね。光属性魔術の応用ですか?」


「はい。

光はうつすリースン』と『光を見せるリースン・フラッハ』の魔法円を弄っています」


「出力はもう少し抑えてもよさそうですが……」


「稼働時間を延ばすだけなら、それでもいいのですが。

 俺は綺麗な画像にもこだわりました。

 画像のクオリティを維持できる出力が、この位だったんです」


 聖女は食い入るように画像を見つめる。


「確かに、この画像の光情報の再現性は素晴らしいですね。

 ハイリンの天真爛漫さと、ゾーガの力強さが丹念に表現されています」


 少女は『聖女&聖騎士』の画像データを、あらゆる角度から観察する。


「とりあえず、この魔道具を2セット予約でお願いします。

 ……魔石は必要なんですか?」


「こちらの魔石に2人の画像が記録されているので。購入必須です」


「それなら魔石も、同じ数お願いします」


「ちなみにお客様。

 ご覧いただいているのは『聖女&聖騎士』版ですが、他にも『聖女単体』版や『聖騎士単体』版の画像集もありますが、いかがでしょうか?」


「……ではそちらも、同数お願いします」


 打てば響く。

 どうやら彼女は、聖女や聖騎士に関して金に糸目を付けないらしい。

 粘れば、更に数セットは売れそうだ。


「商魂、逞し過ぎる……。

 君、本当に魔術師になりたいんだよね?」


 俺たちのやり取りに、アンスは1人慄いている。


 そんなアンスを尻目に、少女は差し出された予約表と要望書を記入しながらポツリと呟く。


「面白いものが見られました。

 ……やはり、貴方としてみたい・・・・・


 聖女が記入を終えるのを待って、その言葉の真意を尋ねる。


「聖女マイーナ様。貴女のしてみたいこととは、何ですか?」


 彼女がこちらに来た理由が画像データでないことへの安堵と、何か面白そうなことが起きそうな予感が、自然と口を動かす。


「様は付けなくて良いですよ。

 もっと気軽に『先輩』とか『さん』で結構です。


 貴方が魔術に秀でていることは、ハイリンゾーガから聞きました。

 クーグルンさんに匹敵するとも。だから私は・・・・・ここに来ました・・・・・・・


 そう言うと『雷鳴聖女』は手を差し出す。


 魔力は嬉しそうに弾け、射すような煌めきを帯びる。


「ルング君。私と『雷属性魔術・・・・・の研究をしませんか・・・・・・・・・?」


 こうして『雷鳴聖女』は、断れるはずのない、心底魅力的な提案をしてきたのであった。

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