13~14歳 雷鳴聖女

第145話 画像データ販売会。

 夏の茹だる様な暑さが引き、肌寒さを感じ始めた秋。


 魔術学校――とある講義室にて、それ・・は始まった。


 ガヤガヤ


 室内は人で溢れ返っている。

 そこに居るのは、主に10代の少年少女たちだ。


 煌びやかな服の上からローブを羽織った、魔術師風の服装の者。

 手足や胸部に鎧を纏い、腰に剣を引っ提げた騎士風の者。


 彼ら彼女らの恰好に、統一感等は感じられない。

 しかし一見バラバラに見える彼らは、とある目的のため・・・・・・・・にこの部屋にやって来ていた。


「楽しみだよね!」


「ホントそれ! 今日の為にお父様におねだりしちゃったわ!」


「俺、この日の為にバイト増やしたんだ。絶対コンプリートして見せるぜ!」


「僕、買えるかなあ……」


 期待と不安。

 緊張と興奮。


 混沌とした感情のるつぼの中で、色とりどりの声が上がる。


 しかしその声々は皆一様に、これから起こることを心待ちにしている様子が伺えた。




「『風よ、声を運べヴィシュトラーゲン』。

 あーテステス。魔術テスト魔術テスト。俺の声は聞こえていますでしょうか。

 聞こえていましたら、落ち着いて準備をお願いします」


 魔法円が室内に展開し、喧騒の隙間を魔術が走る。

 響いたのは、声変わりの落ち着いた低い声だ。


 その声が室内に滔々と流れたかと思うと――


 ガバッ!


 途端に、少年少女たちに変化が見られる。


 多数の足音と共に、室内の風が大きく動き出す。


 少年少女たちが、整列し始めたのだ。


 混沌としていた室内に秩序が生まれ、教卓に向けて彼らは並び始める。

 並びきれない者は3人掛けの長テーブルの席に着き、自身の番が来るのを今か今かと待っている。


 室内の動きが収まると、再び少年の声が響く。


「では、今から――」


 声の主はすうと息を吸うと、


画像データ販売会を・・・・・・・・・開催します・・・・・


 少年少女の目的――マジカルカメラの画像データ販売会の開始を、宣言したのであった。




「ねえ、ルング? こんなに人が来るなんて、私は聞いていなかったんだけど?」


 ガチャガチャ


 慣れない服装・・・・・・――鉄の匂い香る鎧姿・・で、公爵家嫡男にして友人のアンスが、抗議の声を差し向ける。


「仕方ないだろう、アンス。

 良き商売というのは、意図せずとも・・・・・・人を集めてしまうものなんだ。


 集まってしまったものは仕方ないだろう?

 気にする時間の方が、勿体ない。


 その暇があるのなら、手を動かすべきだ。

 客を待たせるのは、商人として恥だからな」


「いや、私も君も商人じゃないだろ。魔術師だろ」


「小さいことはいいから、今は大人しく接客だ。

 秘訣は笑顔だぞ?


 見ていろ、俺の高等接客術を。


 ……いらっしゃいませ。

 姉さんとリッチェンのセットですね、銀貨20枚となります。

 毎度、ありがとうございます。

 次の方――」


「君、いつも通りの無表情じゃないか……。

 はあ。いらっしゃいませ――」


 教卓上に、所狭しと並んでいる魔石と魔道具・・・・・・

 それらに群がる様に列をなしている、魔術学校や騎士学校の学生たち。


 俺たちはそれら――画像データの入った魔石とその再生用魔道具を、学生たちに止まることなく販売していく。


 飛ぶように売れていく商品たち。

 購入できた学生たちの笑顔。

 徐々に膨らんでいく、硬貨の袋。

 

 未だ途上ながら、その戦果に満足感を抱きつつ、俺たちは顧客を捌いていく。




 そうして販売会が始まって、小一時間程経過した。


「……ルング、これで姉上の画像データも完売だよ」


「了解した。では、王宮魔術師レーリン様の画像データを欲しい方はこちらに。

 整理券をお渡しします。

 次回は優先して販売させていただきますので、名簿にお名前等を記入の上、こちらをお持ち帰りください。

 次回はその整理券を持って、お越しくださるようお願いします」


 顧客たちの残念そうな声の中、今回用意した画像データが全て売り切れる。


 天才美少女魔術師姉さんドレス騎士リッチェン公爵子息アンス

 王宮魔術師師匠獣人姉妹社員たち聖女ハイリン様聖騎士ゾーガ様


 こういうのは初動が勝負だと、様々な種類ラインナップを取り揃えたつもりだ。

 その中で売り上げ比較をしつつ、売れ筋を把握しておく計画だったのだが、思いの外反響が大きく、全員分売り切れてしまった。


 ……マーケティング、大成功だな。


 我が人脈内――「姉とのお話権」争奪トーナメントや、婚約・結婚サービスの参加者間で、マジカルカメラを広めていたことが、功を奏したらしい。

 事前に欲しいと言われていた数に加えて、念の為余分に用意しておいた在庫分まで、全て捌けてしまうとは思ってもみなかった。


 ……大盛況といっていい。


 次回はこれの倍以上、用意しておいても良いかもしれない。


 アンスが帰りゆくお客様を見送りつつ、口を開く。


「ところでルング。どうして私は今、騎士の恰好をさせられているのかな?

 私の画像データ? は赤ローブいつもの服装だったはずだけど?」


「鋭い質問だな」


 お客様に記入してもらった要望書に目を通しながら、アンスの問いに答える。


「言うなれば、次回に向けての商品アピール・・・・・・だな。

 要望――需要があれば、こんな服装もさせますよという」


「あのねえ……なんで私を商品扱いしてるんだよ君は!

 ただでさえ動きにくいのに! そんな需要があってたまるか!」


 ……アンスの画像データが完売している段階で――


 既に需要は存在しているのだが、彼は理解していないようだ。


「君はそんなことを言っているが……ほら、見てみろ」


 ひらりと数枚程匿名要望書を取り出し、アンスへと渡す。

 少年はそれを手に取り、読み始めた。


「えっと、どれどれ――」


「アンスカイト様の魔石を購入させてもらいました!

 出来れば、今日彼がお召しになっていた騎士姿も画像集で見たいです!」


「いつもの貴族らしい装いも良いですが、今日、気付きました。

 アンスカイト様の勇ましい騎士姿は、国宝に指定されるべきです!

 銀貨50枚までなら、出せます!」


「ルング君! 貴方は酷い奴です!

 私たちにアンス様の日常姿を売りつけたかと思えば、今日この日に新たなアンス様の一面を見せつけてくるなんて!

 どういう了見なの⁉ 信じられない!


 罰として貴方はお姫様として、ドレスを着てください。

 それで、騎士姿のアンス様とセットで、画像データを発売すべきだわ!」


「アンス様の炎に染まった剣で貫かれたい!」



 熱の籠った言葉の数々に、アンスの頬が徐々に染まっていく。

 火属性の魔術師のくせに、熱量にあてられてしまった様だ。


 パシャリとその姿もこっそり撮影しつつ、少年に恐るべき事実を開示する。


「……一応言っておくが、渡したのはまだ大人しい部類のやつだぞ?」


「これで大人しいのなら、過激なものにはどんなことが書かれているんだ⁉

 ……いや、言わなくていい! 要望書も取り出さなくて結構だ!」


 少年は遮る様に掌を突き出した後、目を覆うように、手をこめかみへと持っていく。

 慣れない大量の接客作業と要望書のコンボは、少年の精神を削った様だ。


「アンス、疲れたのか? これでも食べるか?」


 とある・・・回復アイテムを少年に差し出す。


「……何で君は、疲れた友人に兵器を差し出しているんだ⁉

 そもそもそれは、魔力回復用の丸薬だろうに!」


「友人の作ったものを、兵器扱いとは失礼な」


「それなら自分で食べてみなよ」


「断る。まだ不味い」


「それを私に食べさせようとするのを、少しはおかしいと思った方が良いよ?」


 呆れた様に常識を説くアンス。

 公爵家の跡継ぎのはずなのにその姿にはどこか、苦労人の雰囲気が漂っている。


 ……さて。


 何故そんなアンス少年が、俺の手伝いをしているのかというと――


「まあ……いいさ。これでお給料は貰えるんだよ・・・・・・・・・・?」


 友情でもなんでもなく。

 ただ、バイト代のためである。


 労働への対価。

 支払った時間に対する報酬を得るためである。


 ……金が必要なら、公爵家から出してもらえるだろうに。


 アンス自身はそれを良しとせず、自分で働くことに意義を見出しているらしい。

「民の気持ちを理解できる領主になりたい」という立派な考えの下、労働に精を出している様だ。


 相も変わらず、生真面目な友人である。


「勿論、給料を払うのはやぶさかではないが……」


 じっと炎の様に赤く輝く少年を見つめる。


 ……給料を払うのは、決まっている。


 それは当然だ。

 しかし今回彼への報酬として、何で・・支払うべきか。

 そのことで、ほんの少し考え込む。


「ルングがそんなに迷うのは珍しいね。どうしたのさ?」


 こちらを見つめる紅の瞳に、反対に問いを向ける。

 

「ちなみにアンスは、誰かの・・・画像データを欲しかったりしないのか?」


「私はそこまで興味ないかなあ」


 少年のその反応に、目を見開く。


 ……意外だ。


 幼少期は師匠――彼の場合は姉でもある――に焦がれていたというのに。


「師匠のは欲しくないのか?」


「姉上への理想は、師事した段階で完膚なきまでに崩れちゃったからね……」


 少年の瞳が、憂いの色を帯びる。

 彼の姉――王宮魔術師レーリン様の弟子となって、アンスもまた結構な年月が経っている。


 ……きっと彼もまた、師匠に理不尽に振り回されてきたのだろう。


 その結果、純粋な憧れは失われてしまったようだ。


「そうか……それならこれも・・・いらないか」


 黒ローブの中から、1つの魔石を取り出す。

 これもまた画像データの記録された魔石だ。


 ただし――


「確かにクーグルンさんやリッチェンさんみたいに、魅力的な方も多いけど、それよりもお金の方が個人的には――」


メーシェンさんのだ・・・・・・・・・


 ピタリ


 いらないと手を振っていた少年の動きが止まる。


「ルング……今、何て言った?」


「アンスの愛しのメイド――メーシェンさんの画像データ集だ」


「確認しただけで、そんなことまで言えって言ってないぞ⁉」


 燃える髪と同じくらい顔を赤らめ、少年は自身の手でその顔を仰ぐ。


「なななんで、君がメーシェンの画像データを持ってるんだ⁉」


 ……何でと言われても。


「無論、商品にするためだが?」


「そんなの、私は許可していないよ⁉」


 メーシェンさんは、アンス直属の使用人――メイドだ。

 可憐な容姿に、美しく輝く銀髪。

 常にアンスのことを思うその姿は正に、使用人の鑑である。


「安心しろ。

 君の許可はなくとも、本人と公爵様からは取ってあるとも。

 ちなみに公爵様は『早く孫が見たいなあ』と仰っていたぞ?」


「父上、なんでこんなやつを優遇するんですか……」


 少年は両手で頭を抱える。


「日頃の行い……あるいは人徳だな」


「絶対、私の方が善行を積んでいるはずなのに!」


 そんなことを言いながら、アンスはこちらに――魔石に手を伸ばす・・・・・・・・


「何をしている?」


 ペシ


 魔石を盗ろうとしたその手を、軽くはたき落とす。


「アンスはこれより、お金の方が良いと言っていたじゃないか。

 なら、これはいらないだろう?」


「いや、気が変わったよ。それは――それだけは私が頂く」


 疲れていたはずの少年の目が、強い光を帯びる。


 メーシェンさんの可愛らしい姿をどうしても見たいのか。

 それとも、彼女の可愛らしい姿を独り占めしたいのか。


 考えは分からないが、その瞳は今、熱く燃え上がっている。


 睨み合い、火花を散らす視線。

 一瞬の沈黙の後――


「ルング、それを渡せ!」


「断る。欲しいなら君のその騎士姿の写真と、金を寄越せ」


「バイト代どころか、私からお金をせしめる気か! この守銭奴⁉」


「そう褒めるな」


「褒めてるわけないだろ、このバカ!」


 2人で押し問答をしていると――


 ギイィィ


 講義室後方。

 お客様が退出していった重厚感のある扉が、甲高い音を立ててゆっくりと開く。


「……失礼します。こちらにルング君という方はいますか?」


 そう言って扉の隙間からひょっこりと顔を出したのは、金髪碧眼に白ローブ・・・・・・・・・を羽織った少女だ。


 少し前に訪れた、聖教国ゲルディ。

 そこでよく見た格好である。


 民の尊敬の対象であり、聖騎士の主。

 女神に仕える、教皇パーシュ様の娘たち。


 本日発売した画像データのラインナップにも入っていた、聖教国の守り手――


「……聖女様?」


 光属性魔術の使い手――聖女の装いの少女が、入室してきたのであった。

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