第143話 王宮魔術師は爽快な気分だった

 ……ふう、スッキリしましたね。


 私の領域内に満ちる世界魔力マヴェルは、働いた私に微笑む様に赤く輝きます。


 久しぶりの魔力解放。

 久しぶりの全開の魔術。


 焦げ臭くなるのは遠慮願いたいですが、響いた爆音は爽快そのもの。


 ……やはり魔術はこうでなくては。


 黒焦げで爆散した、魔物だったもの・・・・・・・を見つめます。


 砕けた甲羅に巨大な手足。


 ……結果だけを見れば圧勝ですが、この敵も非常に良かった。


 尻尾という武器はルングに切断されてしまいましたが、他もまた申し分なし。

 全力の力比べ。

 近年では久しい、力を尽くした正面衝突でした。


 ……もう1人の弟子クーグと行った獣極国シュティアでは、こうはいきませんでしたからね。


 苦い記憶が脳裏を過ぎります。


 この甲羅を持つ魔物と似た魔力を保有する魔物。

 それがシュティアにもいました。


 しかし戦闘スタイルは全くの別物。


 手数を重視した、速さ優先の戦法。

 別に悪いとは言いませんが、あまり興味がなかったので、1番弟子――クーグに丸投げしたのは、懐かしい話です。


 結局その魔物を直ぐにけちょんけちょんにして、その上戦後処理まで完璧にこなしてくれたのですから、クーグは素晴らしいですね。


「1家に1人クーグルン」を、総任に提言してみたいと思います。


 ……その流れでクーグが獣王と戦うことになったのは、笑いました。


 多少煽りはしましたが、私に責任はなかったはずです。


 何故かそれをルングに密告され、総任から壮絶な説教をくらいましたが。

 弟子の前で正座させられましたが。


 まあ、それも大したことではありません。

 私の謝罪程度で全て丸く収まったのなら、ハッピーエンドでしょう。


 さて、そんなこんなで次の仕事としてこちら――聖教国ゲルディに来たわけですが。


 フラストレーションがたまる任務でした。


 私は総任から、魔物殲滅の単純な任務だと聞いていたのです。


 なのに蓋を開ければ、聖女と聖騎士のフォロー係。

 責任ばかり重く、全力を禁止されている仕事はつまらないと言わざるを得ません。


 ……やはり魔術は本気で撃ってこそ。


 日頃から魔力を制御し、抑えに抑えて必要な場でドーン!


 それこそが、魔術の醍醐味なのです。


 ……まあ、さすがに。


 私の個人的な欲望で、国際関係を悪化させるのはさすがにマズい。

 そんな高度かつ常識的な判断から、窮屈な任務を耐え忍んできたわけです。


 ……総任にこれ以上叱られるのは、御免被りますしね。


 そうやって遂にやって来た、全力を出せる今日この日。

 雌伏の時を経た甲斐がありました。


 天にも昇る程の爽快感。


 ……このストレス発散法は、意外とオススメかもしれませんね。


 帰国したら王様や総任に教えてあげましょう。


 ……さて。


 上級魔術『世界は燃えるブレムヴェルト』は、巨大な魔物本命を討ち果たした現在でも、未だ発動中です。


 王宮魔術師としての仕事は、完璧にこなさなければなりませんから。

 私の影響下にある世界魔力が、輝きを帯びます。


 世界魔力による索敵。

 広範囲の魔法円内を、赤の輝きが駆け巡ります。


 ……生命の反応なし・・・・・・・


 世界魔力の炎熱は、巨獣以外の魔物も、その余波で燃やし尽くしたご様子。


 我ながら凄まじい魔術に、完璧な仕事です。

 これなら我が弟子ルングも、もっと尊敬の目で――


「あれ?」


 ……反応なしってどういうこと?


 今一度、世界魔力を制御し、索敵します。

 しかし「反応なし」の答えに、変化はありません。


 ……私、ヤッチャッタ・・・・・・


 すうと血の気が顔から引いていくのが分かります。

 

 生命反応がないということはつまり、生き残った者が存在しないことを意味します。

 そしてそれは、遠回しに表現してしまいますと――


 ……ルングたち、サヨナラしちゃいました?


 冷えた汗が全身から吹き出します。

 あの子のしぶとさなら、必ず生き延びると思っていました。


 しかし判明する驚愕の事実!

 私はどうやら、彼に引導を渡してしまったようです。


「どうしよう……」


 私の声はポツリと漏れ出て、空中で1人途方に暮れます。


 ……このままだと――


 クーグに敵討ちを挑まれるのは間違いありません。


 懇意の師弟関係が、血みどろの仇敵関係へと変化することになるでしょう。


 それだけは避けなければなりません。

 そしてなにより――


 ……私はまだ死にたくありません。


 しかし弟子の少女は、ルングを相当可愛がっています。

 溺愛していると言い換えても良い。


 その敵討ちとなると、凄惨極まる戦闘になる可能性が高いです。


 ……あれ? 私の死も確定では?


「……仕方ありません。証拠隠滅しましょう」


 生き残るために思考をフル回転させた結果、最も現実的な案に辿り着きます。


 ……ルングがお隠れになってしまったのは、どうしようもありません。


 きっとそういう運命だったのでしょう。

 無論、死者を蔑ろにはしませんが、優先すべきは生者。

 すなわち――私です。


 とりあえず聖女と聖騎士及びルングは、魔物に齧られ、それを私が魔術で吹き飛ばしたという脚本シナリオでいきましょう。


 ……死人に口なし。


 ここは1つそういうことで――


「うん?」


 再び索敵をしていると、ふと世界魔力に違和感を覚えます。


 ……生命反応、今度も発見できませんでした。


 しかし代わりに――


「何ですか? この空白地帯」


 魔法円上に広がる世界。

 私の魔術領域。


 掌握した世界魔力が広がるその中に、小規模ですが、私の知覚できない空間が存在していました。


 ……一体何が?


 まるでそこだけ、世界魔力の制御を・・・・・・・・奪われたかのような・・・・・・・・・、妙な感覚。


 しかし、異変はそれだけに留まりません。


「ななな……何これ⁉」


 その空白地帯が、みるみるその領域を広げ始めたのです。


 最初は灼熱の赤の中に落ちた、たった1滴の白。

 捨て置いても構わなかったはずの白はしかし、真っ直ぐこちらに伸び始め、貫かんばかりの勢いを伴いながら迫ってきます。


「何が起きてるの……?」


 白の領域が迫る方向に視線を向けても、何も見当たりません。

 自身の魔力を目に集中し、空白の根底に何があるかを見定めようとして――


「おや?」


 キラリ


 陽光に何かが輝いたかと思うと―― 


 パアァァァァァン!


 おでこに走る結構な衝撃。


 ぐきっと首から、不吉な音が響きます。


「って痛あぁぁぁぁ⁉」


 ……私のおでこ! 残ってます⁉


 痛さのあまりおでこを抑え、自身の失策に気が付きます。

 

 理解力や集中力、精神力というのは魔力を通じて、魔術と明確に繋がっています。

 心が弱れば魔力も弱まり、その結果術式通りの魔術が発動しないことすらあります。


 すなわち魔術は、私と同様に繊細なのです。


 とはいっても、私はプロ中のプロなので、そんなミスをしたことがなかったのですが――


 レーリン・フォン・アオスビルドゥング。


 その生涯の大失策。


 ……痛さのあまり、浮遊魔術の制御を手放してしまったのです。


「何てことおぉぉぉぉぉ⁉」


 刹那の浮遊感と共に始まる自由落下。

 制御を取り戻そうとして、自身の迂闊さに気付きます。


 上位魔術『世界は燃えるブレムヴェルト』。

 せっかく発動したその魔法円が、私の意識の間隙を突いて解除されていました。


 後手後手でした。


 ほんの一瞬の遅れが、最終的には致命的な遅れとなる。

 そんな世界で自身が生きていることを、もっと自覚しておくべきでした。


「くっ……間に合え! 『風よ、運べヴィントラーゲン』!」


 重力によって大地に叩きつけられる前に、風の魔術による急制動ブレーキを発動します。


 しかしそれでも、勢いは殺しきれず――


「ぐえっ⁉」


 お尻から地面に着地し、落下の衝撃――決して私が重いというわけではありません――で砂煙が巻き上がりました。




「いたたたた……」


 ……痣になってないと良いけど。


 そんなことを考えながら、お尻を擦ります。


 ……まあ、それでも。


 どうにか不意打ちからは、生き残ることができました。

 後は安全を確保しながら、私を襲撃した犯人を特定し、やり返すのみ。

 決意を新たに魔力を練り直そうとして――


 ゾクリ


 悪寒が走ります。


 感じたのは、私が滅ぼした巨大な魔物が幼子に思えるような威圧感。


 その出所を探そうとして、周囲を見回すと――


師匠・・……先程ぶりですね」


 私から少し離れた位置に、死んだはずの弟子ルングが、佇んでいたのでした。




 濡れ羽色の深い黒髪に、明るい茶の瞳。

 私のあげた黒ローブとそこから伸びる手足は、見事な白黒のコントラスト。

 少年と青年の境界線に立つ、怪しい魅力を持つ男の子。


 ……しかし――


 その素晴らしい素材全てを台無しにする、凍てついた眼光と結ばれた口。

 普段なら「相変わらずの無愛想」と揶揄いの1つでも入れるのですが、今日の無表情は一味違います。


 ……魔力です。

 

 日頃から制御しているはずの少年の魔力が、今日は自身の感情を誇示するかのように、暴れ回っているのです。


 ……無表情も相まって――


 恐ろしい迫力でした。

 私が10代の頃なら、泣いていたかもしれません。


 少年は、音もなく私に向けて歩き始めます。


「師匠――」


 その目は私を捉えて離しません。


 ……「魅力的な師匠だから」という理由だといいなあ。


 そんな私の願望は、


「……覚悟はできていますよね?」


 弟子の言葉によって、根元からポッキリやられます。


「かかか覚悟?

 何のですかね? あっ、今回の任務の後始末は私がしてあげても良いですよ?

 ルングも疲れたでしょう? ねっ? 休んでください!」


 こちらの譲歩にも、少年は歩みを止めません。


 そして――


 ガリ


 弟子は懐から何かを取り出し、咀嚼します。

 その直後、猛威を振るっていた魔力が、更に爆発的に増えました。


「待ちましょうルング? 話し合いましょう。


 ……確か、今ルングが口にした丸薬って不味いって話でしたよね?

 改良したんですか?」


「……いいえ、不味いままですよ」


 ……ああ、良かった。


 まだ話し合いをする理性は残って――


「しかし丸薬これを食べてでも、倒さなければならない師匠あくがいますから」


 ……残っていなかったようです。

 

 ルングの魔力は世界を照らし、仇敵わたしを討たんと輝き始めます。


「……それで師匠。

 弟子と聖騎士と聖女を殺しかけたことについて、何か言い訳はありますか?」


 少年の口元が不気味に歪みます。

 おそらくこれが、最後の問答となるでしょう。

 そして彼の中で、既に答えは出ています。


 ……しかし私は、彼の師匠。


 弟子を大した理由もなく、人殺しにするわけにはいきません。


 ええ、勿論――決して、自らの身が可愛いというわけではなく。


 故に私もまた、最後の選択肢を採ります。


「そうですね……ルング、良く成長しましたね。

 師匠として鼻が高いです。


 もう、貴方は私の手を離れましたね! 一人前ですね!

 では、お元気で! もう会うこともないでしょう!」


 ……全速の逃走です。


 生き残るためなら王宮魔術師の矜持など、そこらの魔物に食わせてやりますよ。


 逃げるために1歩踏み出そうとして――


「『光は境界を定めるスパイブル』」


「ぎゃあっ⁉」


 ルングの光属性結界・・魔術に鼻の頭をぶつけます。



 ……こうして私は――


 実は生き残っていた弟子に、コテンパンにお説教されたのでした。

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