第140話 魔術は魔物たちを討つ。

 地面に、2の影が落ちる。


 美しい快晴の空に未だ漂う、どす黒い魔力。


 しかし俺の視線の先では、宙に浮かぶ抱き合った2人が、陽光によって煌びやかに彩られ、まるで場を清めるかのようにその輝きを振りまいていた。

 

 1人は聖女だ。

 白ローブを羽織った、金髪碧眼の聖女。

 顔の多くの割合を占める碧い眼は、まん丸に見開かれている。


 もう1人は、その聖女を抱きしめる黒髪の聖騎士だ。

 顔以外、白色の鎧に覆われた、実直なる騎士。

 その腕は聖女を力強く抱きしめ、言外に「彼女を守る」と主張していた。


 見れば見る程、お似合いの2人である。


 ただ――


 白色のローブは所々破け、血と泥に塗れている。

 鎧も傷だらけで、騎士の獲物たる剣も欠けが著しい。


 ……おそらく。


 ここに至るまでに、彼らは激戦を潜ってきたのだろう。




「ルング君、無理を承知で頼む。あの2人を助けてくれ」


 教皇パーシュ様はそう言って、頭を下げる。


 ……深い礼だ。


 聖教国ゲルディを訪れて、教皇の礼は何度か見た。

 しかしその中でも、最も深い礼である。


 今は後頭部しか見えない。

 だが先程、彼が頭を下げる際にチラリとその表情が見えた。


 浮かんでいたのは、苦悶の表情だった。


 一刻も早く助けに行きたくて。

 居ても立っても居られなくて。


 しかし、自身の責任や立場、あるいは別の理由で行けない悔しさが、その顔には詰まっていた。


 ……父親の。

 

 あるいは、子を心配する親の顔だ。


 ……姉も俺も、両親にこんな顔をさせたことがあったのだろうか。


 思わずそう思いを馳せてしまうような。

 胸のつぶれそうな。

 今にも涙の零れそうな、心優しい親の顔だ。


「……パーシュ様、顔を上げてください」


 ゆっくりと顔を上げた教皇に告げる。


「ちゃんと助けてきますよ。俺たちの仕事ですから」


「ああ……ありがとう」


 俺の言葉に教皇パーシュ様ちちおやは、薄っすらと涙を浮かべながら、心からの感謝を述べたのであった。

 

 


 ……良かった。


 聖騎士と聖女に意識を戻す。


 2人共疲労困憊の様子だが、無事生きている。

 大きな怪我もなさそうだ。


 風の魔術を制御しながら、2人をゆっくりと地面に降ろす。


「いや、流石に写真を撮るのは――」


「今よ! ルング君、今の私たちを撮るのよ!」


 パシャリ――パシャパシャパシャ


「待て待て待て、撮りすぎだろ⁉ ハイリン、お前はなんでノリノリなんだ⁉」


「何でって、既成事実の為なのよ! もう諦めて楽になりなさい!」


 画像データには、聖女を宝物の様に抱きしめる聖騎士。


 ……バッチリだ。


 この画像は、あらゆること・・・・・・に有効活用するとしよう。

 

 ……さて――


 聖騎士と聖女から、魔物の集団へと意識を切り替える。


 尾(既に切断してしまったが)による薙ぎ払いで、散らされた魔物たちは、再びこちらへと足を向け始めている。


 そして――


 ……あの無駄にデカい黒亀。


 異様な体躯を誇る魔力の集合体は、俺が尾を切断して以来動きがない。


 ……まるで、こちらの動向を窺っているかのようだ。


 もしあの魔物が魔力を求めているのだとすると、聖騎士ゾーガ様聖女ハイリン様、そして魔術師おれの魔力を虎視眈々と狙っているのかもしれない。


 ……まあ、足を止めてくれている分には、こちらにも好都合なのだが。


 チラリと聖教国の上空を見て・・・・・・・・・、2人に視線を戻す。


「お2人共、周囲の魔物を殲滅した後、聖教国ゲルディに退きます。

 それまで、しばし休んでいてください」


 ピタリ


 俺の言葉に、言い争っていた2人の動きが止まる。


「バカを言うな!

 俺は聖教国ゲルディの聖騎士だぞ? 共に戦うに決まってるだろう!」


「そうよ、ルング君! 私たちに頼ってくれていいのよ?」


 そう言って俺に顔を向けた2人を、じっと見つめる。


 ……2人共、とっくに限界を迎えている。


 命を削る実戦によって、激しく消耗したのだろう。

 それでも少ない怪我で済んでいるのは、2人の地力の高さのお陰だ。


 しかしこのままいけば、いずれ力尽き、命を散らすことは想像に難くない。


 ……2人の参戦を止めるには――


 思いつくままに言葉を紡ぐ。


「……ハイリン様は見る限り、もう魔力がなさそうですが。

 またあの薬を食べて魔力を回復させるということで、よろしいでしょうか?」


 シン


 放たれた俺の言葉に、場が静まり返る。


 ハイリン様の赤みの差していた頬は、みるみるうちに青に染まった。


「ゾゾゾ、ゾーガ? 悔しいけれど、ここはルング君に任せましょう?」


 心なし、身体も小刻みに震えている気がする。


 ……少し可哀想なことを言ってしまっただろうか。


 聖騎士は胸の中で小動物の様に震える聖女を、気の毒そうに眺めている。


「どれだけあの丸薬は不味いんだよ……」


 ……心外だ。


 別に不味く作りたくて作っているわけではないというのに。


「ゾーガ様も試しに食べてみますか? まだありま――」


「いらん。却下だ」


 魔力回復用の丸薬を、すげなく扱われたのは悲しいが。

 だが狙い通りではある。


「そうですか。それなら俺がやっちゃいますから、お2人は休んでいてください。

 なんなら先程みたいに、イチャイチャしてても構いませんよ?」


「イチャイチャしてないし、そんなことするか!」


 軽口を叩きながら周囲を見回して、魔術を発動する。


「『水よ、集まれフェザーバ』」


 俺たちの頭上に、巨大な魔法円が展開し、輝き始める。


「凄いわねえ!」


 即座に魔法円を見上げたハイリン様と、それにつられて視線を向けるゾーガ様。


 2人の視線の先に現れたのは、巨大な水の球だ。


 魔法円から湧き水が溢れ、球体を形成していく。

 その体積は瞬く間に膨れ上がり、際限なく巨大化していきそうだ。


 その表面に――


「『収束せよムーバ』、『収束せよムーバ』、『収束せよムーバ』」


 無数の魔術を展開することで、水球の体積を縮める。


「色が……濃くなってきたな」


 ゾーガ様が小さくなっていく球体に見惚れながら、ポツリと呟く。

 その言葉の通り、球の体積が縮小すればするほど、その色は薄い青から濃紺――あるいは黒へと近づいていく。


「『維持せよハトゥーブ』」


 球が拳大まで縮小した段階で、新たな魔法円を球を中心として展開させる。


 この特殊属性魔術の目的は、球の体積・・の維持だ。

 しかし魔術で湧き出る水は、球内部を満たし続ける・・・・・・・・・・


 その結果――


 バギン


 本来物理的には有り得ない現象に、ナニカが壊れる様な音が辺り一面に響く。 


 だが、これで終わりではない。


「『収束せよムーバ』、『曲がれエーゲン』、『加速せよヴェーグ』。

収束せよムーバ』、『曲がれエーゲン』、『加速せよヴェーグ』――」


 球の周囲を埋める・・・・・・ように小型の魔法円を展開し、幾枚も重ねていく。


 想像イメージするのは、魔術学校学長トラーシュ先生との面接。


 その時に構築した、魔法円による筒。

 砲塔だ。


 その砲塔の群れを水球の周囲に展開させることで、新たな球が出現する・・・・・・・・・


 中心は拳大の濃紺の球。

 外縁は水球の球面に合わせて配置された、魔法円製砲塔の群れ。


 2層構造を持った新たな球は、張り裂けそうな緊張感の中で、解放の時を待っている。


「ねえ……ルング君?」


「何を……するつもりなんだ?」


 戦々恐々とその様子を眺めている2人の疑問に、言葉では応えず――


「現状把握――完了。

 範囲指定――完了。

 対象認定――完了」


 魔術で応える。


「お2人共、耳を塞ぐことをお勧めします。『水は穿ち運ぶバシュトゥーサ』」


 次の瞬間――


 無機質な破砕音と共に水球が割れる。


 球へと圧縮されていた水は勢いよく解放され、外縁の各砲塔を通り――


 超速の水の線を空に描く。


 ジュッ


 水の蒸発音と共に飛翔する水は、魔物たちを抵抗すら許さず貫いていく。


 その速さは肉眼では追えない。

 水の軌跡が陽光を反射することで、辛うじて軌道が見えるくらいの速度だ。   

 

 水は魔物の急所――魔石の存在部位を的確に貫き、魔石を体外へと排出させていく。


 こうして周囲にいた無数の魔物たちは――総じて地に伏せることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る