第139話 聖騎士と聖女は全身全霊を捧げる

 タッタッタッ


 聖女――ハイリンを抱えながら、木々の合間を駆ける。


 目指すのは亀型の魔物。

 俺たちの故郷――聖教国ゲルディに向けて進む、山の様な巨躯の怪物だ。


 地を揺らすその歩みは、想像以上に速い。


「ハイリン!」


「了解! 『主よ、信ずベーる者に施しをリッヒ』!」


 聖女の聖句まじゅつにより、俺の脚部が光で満たされる。


 ……流石だ。


 長年の付き合いと経験を下地に、的確に施される強化。

 言葉にするのは簡単だが、これは彼女でなければできない芸当だ。


「よし! 速度を上げるぞ!」


「行っちゃえ! ゾーガ!」


 ドンッ!


 聖女の加護によって輝く脚で、大地を蹴る。

 木々はあっという間に背後に流れ、全身が大気の壁を貫く。


「やっぱり、あの魔物……大きいわね」


 ハイリンは腕の中で、しげしげと先を進む巨獣を観察している。


 距離が詰まれば詰まる程その威圧感は増し、その禍々しさから目を背けたくなる。


 しかし――


「まあ、私たちが勝つけどね!」


 聖女の声に、恐怖はもうない。


 それなら――


 ……仕える聖騎士おれがアレを恐れるのは、筋違いだろう。


「ところでアレの周囲……他にも魔物がいないか?」


 巨獣の存在感で気付き難いが、よく見るとその巨体に随伴するように、多数の魔物が並走している。


 まるであの魔物が、他の魔物たちを率いているかのようだ。


「いるわね……もしかして、アレが王様みたいな感じなのかしら?」


 どうやら聖女もまた、俺と同じ印象を抱いたらしい。


 地上を駆けるものから、空を飛ぶものまで。

 多種多様な魔物が、巨獣の周囲に溢れかえっている。


 ちなみにあの怪物のせいで小さく見えるが、その1体1体は俺たちよりもずっと大きな魔物だ。


「ゾーガ、そろそろ魔物と接触するわ! 最初は正面から!」


「了解!」


 巨獣の率いる群。

 その中で、俺たちの接近に気付いた魔物の矛先が、こちらに向く。


「迎撃するぞ! 捕まっていろ!」


「『主よ、愛を守り給えリーシュ』!」


 俺の首に回された腕に力が籠り、聖女の呟きと同時に俺の全身が輝く・・・・・・・


「ふっ!」


 直後の疾走と跳躍。

 強化された速度を、そのまま右手で握る剣に乗せる。


 初めに飛来したのは、猛禽類の様な翼を持った魔物だ。

 鋭い爪と嘴。

 翼を広げた魔物が嘴で狙うのは俺の胸元――そこにいるハイリンである。


「1つ!」


 ぐるり


 ハイリンを魔物から隠すよう、時計回りに回転しつつ、嘴を躱す。

 怒りと共に回転の勢いを乗せて放つ一撃は――


 ギャッ!


 獣を断末魔ごと切断する。


「次だ! 行くぞ!」


 聖女の返事は、もう待たない。


 グシャッ


 着地に伴い足裏に感じる、気持ち悪い感触。

 続いて迫ってきた魔物。

 それを、踏み潰した感触だ。


「2つ!」


 そのまま魔物の死骸を足場として、巨獣に向けて歩を進める。


 跳躍した先――その地上には、無数の魔物たち。

 奴らは俺の着地を、今か今かと待ち構えている。


 ……しかし――


 足場にするのは、魔物や大地だけではない。


「『主よ、信ずベーる者に施しをリッヒ』!」


 このままいけば木にぶつかるというところで、ハイリンの声が響き、着地点・・・の木に輝きが灯る。


 ミシ


 それによって木は多少の音を立てながらも、俺の着地に耐え、踏み込みを更なる速度へと変換する。


 森の木の強化。

 ハイリンの魔術による、物理的な足場の増加である。


 その足場を利用した三次元的な高速移動によって、来る魔物を続々と切り捨てながら、先へと進み続ける。


 それでも――


「……キリがないな」


 確実に前進はしている。

 しかし倒しても倒しても、その数は減らない。


 ……これではまるで魔物の盾だ。


 こちらが進めば進む程、巨獣を取り巻く魔物たちによって、妨害される。



 魔物を減らしながら、それでも強引に前進していると――


「……そういうこと?」


 俺に抱えられた聖女から声が上がる。


「……何の話だ?」


「どうしてあの化物が、ゲルディを襲うのか考えてたんだけど――」


 そう言うと聖女は、キョロキョロと周囲を見回す。


「魔物って、魔力を得るために動くじゃない?」


「ああ」


 ……それは知っている。


 生物はその身体に魔力――魂を持っている。

 魔物はそれを欲して、生物を襲うのだ。


あの怪物も・・・・・魔力を得ようとしてる・・・・・・・・・・んじゃないかな・・・・・・・?」


 それはつまり――


「あの化物は、ゲルディの民を食って・・・・・・・・・・、魔力を得ようとしているってことか?」


 俺たちの周囲は既に、多くの魔物によって埋め尽くされている。


 そしてその魔物たちの中には、魔力を得るために共食いすらしている・・・・・・・・・存在もあった。


 ……あんな風に――


 あの化物は、その圧倒的な巨躯を以って、俺たちの故郷を踏み荒らし、食い荒らすつもりなのか。


 ……ふざけるなよ。


 速度を上げる。


 すれ違う魔物のおおよそを叩き斬り、踏み潰し、蹴り壊す。


 ……理性も想いも無い獣風情が。


 俺たちの故郷を蹂躙するなど、あってはならない。


 ……この腕の中の聖女を筆頭に。


 あそこには、俺の守るべき全てがあるのだ。


「絶対に……奪わせない」


 俺たちのものを、もう2度と奪わせてなるものか!


 少女の腕にも、更に力が籠る。


「私たちで、守るわよ――ゾーガ! 

主よ、愛を守り給え リーシュ』! 『主よ、信ずベーる者に施しをリッヒ』!」


 言うや否や、最大の輝きが俺を覆い――


「はああぁぁぁぁ!」


 最大強化のままに迫る魔物を一瞬で斬り落とし、大量の魔物たちの隙間を縫う。


 ……あと少しだ。


 光属性魔術の輝きは速度を帯びることで、長く伸び、ジグザグに走る軌跡を残す。


 その様はまるで、地上に走る稲妻。

 最高速を以って、俺たちは魔物の海を渡る。


 ……これで!


 幾度も魔物を両断し、遂に視界が開けた。

 視線の先に残っているのは、亀の魔物大本命だけだ。


「よし!」


 ……ここで畳みかける!


 再び全速力で駆けようとしたところで――


「ゾーガ! 止まって!」


 ガクン


 聖女の言葉と共に、魔術の輝きが消え・・・・・・・・、身体の出力が落ちる。


「何を――」


 グサッ!


 ハイリンに静止の意図を尋ねようとした直後――


 進行方向の数歩先に、天から降った巨大な槍・・・・・・・・・・が刺さる。


 ……違う。


 尾だ。

 あの巨獣の尾が、槍の様に大地に突き刺さっているのだ。


 ……危なかった。


 ゴクリと生唾を呑む。


 ハイリンの制止と魔術の意図的な解除がなければ、俺たちはあの尾に貫かれていたかもしれない。


「っ⁉」


 その尾はすぐに新たな動きを取る。


「『主よ、愛を守り給えリーシュ』!」


 強化魔術の光が再度俺の体を走り、同時に垂直に跳ぶ・・・・・


 ゴオッ!


 宙に浮いた俺たちの下を、太く長い尾が恐るべき速度で通り過ぎる。

 伴う風は、その長さや体積に相応しく強い。


 長大な尾はその勢いのままに――


 俺たちの後方に未だ大量に存在していた魔物を、鈍い音を立てて薙ぎ払う。


 だが、それを喜ぶ暇はない。


 ……巨獣の尾は速く、重く、強い。


 そして柔軟だ。


 大きい薙ぎ払いの軌道を描いた後だというのに、既にその尾は反転し、空中にいる俺たちに狙いを定めている。


 ……避けられない。


 あの尾は次の瞬間、空中で動けない俺たちを捉え、叩き潰すだろう。


 強化された視力でそれを見極め、即座に次の行動・・・・に移ろうとして、聖女を見る。


「っ⁉」


 聖女もまた、俺を見ていた。

 咎めるような視線・・・・・・・・を、こちらに向けている。


 ……強化された力で、ハイリンを遠くに投げ飛ばし、どうにか逃がす。


 そんな俺の考えは、どうやら見抜かれていたようだ。


 青い瞳は「絶対に離れない」と、俺に訴えかけている。


 ……このバカ幼馴染。


 俺と心中するつもりか?


 非難めいた気持ちの中に、ほんの少しだけ芽生える嬉しさ・・・


ゾーガを1人にしない」


 聖女が――ハイリンがそう考えてくれていることが、少しだけ嬉しかった。


 ……しかし――


 このまま彼女を死なせるわけにはいかない。


 聖騎士が聖女を守れずに死なせるなど、この上ない屈辱だ。


 ギュッ


 ハイリンを庇うように、力強く抱きしめる。


 ……この強化された身体なら――


 ひょっとすると、彼女の盾程度にはなれるかもしれない。


 最期の瞬間を前に、思わず目をつぶる。


 重く吹き荒れる風切り音。

 俺たちを狙い、接近する尾。


 絶大の威力を秘めたはずの尾はしかし――


 ザンッ!


 妙な音を切っ掛けに、一瞬だけ音を立てるのを止める。


 ……何だ?


 ドオォォォォン!


「うわっ⁉」


 直後に聞こえてきたのは、重く巨大な何かが地面に落下する音だ。


 あまりの轟音に目を開くとそこには――


「おい……。

 亀如きが、俺の顧客に何をしようとしている」


 俺たちに背を向けて宙に浮かぶ黒髪黒ローブの少年と、大地に転がる切断され・・・・・・・・・・た巨獣の尾・・・・・


 開いた口が塞がらない俺とハイリンは、いつの間にか柔らかな風に包まれていた。

 優しく安心する匂いの籠った風は、不思議なことに、その場に俺たちを固定する。


 くるりと背中を向けていた少年が、こちらに振り向く。

 

 未だ成長期を終えていないであろう、華奢な身体。

 陽光を呑み込む様な黒髪に対して、陽光を反射して見事に輝くブラウンの瞳。


「「ルング(君)……」」


 王宮魔術師レーリン様の弟子。

 クーグルンさんの弟。

 俺たちと引き分けた少年。


 魔術師ルングが、いつも以上の無表情で、俺たちを見つめ――


「今のお2人を撮影しても、よろしいですか?」


 場の空気を一切読まない一言を、繰り出したのであった。

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