第137話 新たな魔術の可能性。
「まあ……そういうことなら、ギリギリ許可しましょう。
未だ胃はキリキリしますがね」
……長い戦いだった。
命を懸けた決死の説得。
俺の運営している婚約・結婚サービスを具体的に説明し、その健全性と
ようやくパーシュ様の納得が得られた。
……危なかった。
友人アンスの父親――アオスビルドゥング公爵の許可を得ていなければ、断られた上に、お説教となっていたかもしれない。
権力者とのコネ
……それにしても。
パーシュ様はどうやら随分と、
子どもたちのことを本気で案じているのが、言葉の端々から伝わってくる。
おそらく、本当に実子のつもりで接しているのだろう。
……しかし、この調子だと――
聖女ハイリン様と聖騎士ゾーガ様に提案した画像データ集の件は、発売後まで黙っておいた方が良さそうだ。
「ところで、パーシュ様――」
話を逸らすついでに、自身の疑問解消に動く。
「
教皇の
早々に退出しようとする俺を、無理矢理引き留めた腕。
それを強化する魔術。
リッチェンや姉の魔力による身体強化とは、また異なる魔術である。
……実は疑問に思っていたのだ。
教皇は以前言っていた。
光属性魔術の真髄は「強化」にあると。
そして
そんな中で、抱き続けてきた大きな疑問。
……光属性魔術で、
聖教国ゲルディに来てから、ずっと付き纏っていた疑問の答えに、俺は未だ辿り着いていない。
火属性なら火を、土属性なら土を制御する。
故に光属性魔術が、光を制御し操る魔術なのは納得できる。
……だが光と「強化」の関係となると――
やはりよく分からない。
しかしその分からないという感覚は、魔術において大きな懸念点となる。
例えば詠唱魔術。
その分野では顕現する現象と、魔法円内に描かれた術式は、切っても切り離せない関係にある。
起きる現象を深く理解しているからこそ、術式に手を入れ、環境や対象に適した魔法円――魔術を完成させることができるのだ。
現在の状態では、魔法円に応用が利かず、学んだままの魔術を使用することしかできない。
それでは魔術を、真に扱えるようになったとは言えない。
無詠唱魔術はより顕著だ。
無詠唱において、自身が理解できていないこと――
故に光属性魔術分野に「強化」が存在する理由を、尋ねておきたかったのだが――
「うーん、私も完璧に理解しているわけではないんだ。申し訳ないね」
「いえ、すみません。興味があっただけなので、お気になさらないでください」
「ああ……でも――」
パーシュ様は思い出したように、口を開く。
「ルング君、初代聖女様のことは知っていたよね?」
「……はい。ほんの少しですが」
初代聖女。
歴史書内に、勇者やトラーシュ先生と共に登場した人だ。
先の2人(ほかにも協力者はいたらしいが)と協力し、魔王と戦った存在であり、聖教国ゲルディの基礎を築いた人。
彼女は光属性魔術を用いて、魔物の脅威から人々を守ったとされている。
「初代聖女様の逸話は、色々と残っているんだけどね。
光属性魔術の『強化』は、彼女が始祖と言われているんだ」
「初代聖女様は『強化』をどう考えていたのか、判明しているんですか?」
俺の問いに、教皇は滑らかに答える。
「うん。それについては、御言葉すら残っているよ。
彼女はこう仰ったとされているらしい。
『強化は植物のイメージ』だとね」
「植物のイメージ?」
……どういうことだろうか?
植物を食べて、身体が丈夫になる――強化されるみたいなことだろうか。
……だがそれは――
植物の特徴であって、光属性魔術には関係ないような気がするが。
「ただ残念ながら、そのあたりの詳しい説明は残っていないんだ」
「そうですか……」
初代聖女の居た
「そういえば、
「言葉……ですか?」
肩を落とす俺を励ますように、パーシュ様は告げる。
「うん。確か『
「『コウゴウセイ』?」
コウゴウセイ――光合成?
カタコトの発音が脳内で修正され、聞き覚えのある単語へと変換される。
光属性魔術――植物――光合成。
これまでの話が次々と結びつき、思考の道筋が次々と開く。
つまり、初代聖女の遺した言葉が意味するのは――
……光エネルギーか!
植物の代謝の1つ――光合成。
それは、光エネルギーを変換し利用することで、化学反応を起こす働きだ。
おそらく初代聖女はその中でも、光合成に必要な光エネルギーに着目したのだ。
光のエネルギーを利用して、植物は強く大きく成長する。
そんな
つまり、
初代聖女は恐ろしいことに、そうすることで光属性魔術を「光を操作する魔術」から、「光エネルギーで強化できる魔術」へと進化させたのである。
光を操作していない。
しかし、光の保有する効果や概念を、光属性魔術として制御する。
それが、初代聖女の編み出した「強化」魔術というわけだ。
……新しい。
そして、この上なく面白い。
俺にはなかった発想。
固定観念のない、自由な発想である。
俺はこれまで、魔術で起こせる現象に着目してきた。
火で槍や剣の形を作ったり。
水を鳥の形に制御して、空を飛ばしたり。
しかし、初代聖女の着想を基にするのなら、基礎4属性の魔術を更に進歩させることができる。
極端なことを言えば――
「火があれば、温まる」
そんな火の特徴から「温める」という概念のみを抜き出し、
……魔術の深み。
その底知れなさに、興奮が収まらない。
俺はまだまだ成長できるし、魔術もまだまだ進歩できるのだ。
「……何かは分からないが、手助けにはなったかな?」
静かに考える俺を、じっと見つめていたパーシュ様が微笑む。
その笑みを見て、別方向にも思索の手が伸びる。
教皇が先程述べた言葉。
初代聖女が遺した言葉。
「コウゴウセイ――光合成」
初代聖女がその単語を知っていたということは――
「あの……パーシュ様。
ひょっとして
教皇は驚きに目を丸くする。
「どこでそのことを知ったんだい? 歴史書には書いていないはずなのに」
……やはりだ。
初代聖女もまた、勇者同様に異世界転移者あるいは転生者だったのだ。
でなければ
「……予想ですよ。
『コウゴウセイ』という
その上勇者は異世界転移者だと、トラーシュ先生から聞いていたので。
初代聖女様も、てっきりそうなのかと思いまして」
「……ルング君は勘が鋭いね」
俺の雑な理由付けにパーシュ様はそう言うと、感心したように微笑む。
「初代聖女様たちの生きていた時代はね、今ほど魔術は進歩していなくて、大変な時代だったらしい。
……勿論君が開発した、マジカルカメラなんかあるわけもない時代。
それどころか、詠唱魔術すら存在しない時代だった。
そんな時代に魔物や様々な脅威から、身を守れる人はどんな人だと思う?」
「トラーシュ先生の様に、飛び抜けた素質を持つ人か――」
……あるいは、
「
その言葉に、教皇はゆっくりと頷く。
「その通りだ。
だから初代聖女様の時代から、強者として未だ有名な者は、異世界転移者――強力な
初代聖女様。
勇者は……ツーカではなく、
他にも多数いるよ。
まあ、君が戦った聖騎士ゾーガは、勿論ゲルディ出身だけどね。
あの時代のツーカは……認めたくはないが、強者の証だったんだ。
初代聖女様もまた、その中の1人だったという話だよ」
教皇の瞳の色は、重く深い。
……パーシュ様は、この世界のことをどれほど知っているのだろうか。
ひょっとすると、書物に載っている有名な歴史だけでなく、教皇のみに伝えられている真実などもあるのかもしれない。
清濁併せ吞んだ深みが、彼の瞳からは感じられるような気がする。
そんなことを考えていると、パーシュ様の
「強者として有名な者は、ツーカ持ち――異世界転移者が多い」
その理屈は分かる。
だが引っかかったのは、有名なのがトラーシュ先生や勇者、初代聖女
……魔王は?
トラーシュ先生と勇者、それに初代聖女が協力して戦い、勇者と相打ったと言われる魔王。
その存在もまた、強者のはずだ。
それが意味するのはつまり――
「パーシュ様、ひょっとして魔王って――」
ピタリ
言葉と動きが止まる。
「ルング君?」
パーシュ様の呼びかけを無視し、自身の知覚を
それは聖教国ゲルディの壁を越え、その周囲に存在する
感じたのは、地の底を這う様な大気の揺れだ。
暗い魔力が、1ヶ所に激流となって流れていく。
ゾクリ
全身の産毛が怖気立ち、体中の感覚が冷たく研ぎ澄まされていく。
聞こえるのは、自身の鼓動の音。
物理的な圧さえ持ちそうな、大気の軋み。
「ル――君、どうし――。気分でも――?」
パーシュ様が続けて何事かを俺に告げるが、残念ながら届かない。
仮に届いていたとしても、答える余裕はなかっただろう。
「来る……来ます。何か強大で恐ろしいものが」
「えっ? 何が――」
ポツリと呟いた瞬間――
ドオォォォォン!
地響きと共に国が揺れ、けたたましい雄叫びが鼓膜を叩いた。
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