第132話 聖騎士と聖女は魔術師と対峙する
「銅貨1枚から、参加可能だよ!
はいはい、どちらにします?
聖騎士ゾーガに銀貨1枚? お客さん、太っ腹だねえ!」
「ねえ、どっちが勝つと思う?」
「それは流石に、ゾーガ様とハイリン様じゃない?
なにせ現役の聖騎士様と聖女様よ?」
「でも、ルング君はあのクーグルンさんの弟だそうよ?
クーグルンさんは、ゾーガ様を以前倒したそうですし……」
「でも今回は、ハイリン様もいるから――」
円型の訓練場内は、光属性魔術クラスと聖騎士クラスの生徒たちで、ごった返していた。
「ルング……
そんな騒ぎの中心にいる少年――クーグルンさんの弟のルングは、黒のローブのフードを揺らしながら、素知らぬ顔で木剣を選んでいる。
この少年は「ルング君、折角だから君が訓練相手を選んでいいぞ」という担任騎士の号令の下、
……何を根拠に、俺を選んだのか。
気にならないはずがない。
「君はいらないですよ、聖騎士ゾーガ様。
そうですね……色々と理由はありますが――」
「ゾーガ……そんなの決まっているじゃない!」
少年の声が、自信満々な声によって上書きされる。
少し目を丸くする少年。
俺はその様子を見て、安堵する。
……良かった。どうやらこの少年にも感情はあるようだ。
チラリ
少年から、俺の隣に視線を移す。
その先には、少年の説明を遮った少女――ハイリン。
何故か彼女は、自分自身をその細腕で抱きしめている。
「聖騎士と聖女は
つまりルング君は、ゾーガを倒して私を手に入れるつもりなんだわ!」
少女の言葉が、訓練場全体に響く。
周囲の喧騒は静まり、全員の耳目がこちらに集まっているのが分かる。
「……そうかもしれませんね?」
「ああ⁉ やっぱりそうなのね⁉
こんないたいけな美少女を捕まえて、何をする気なの⁉」
少女の問いに少年は一瞬俺に目を向けて、口元だけでニヤリと笑う。
「聖女ハイリン様、勘違いしないでください。
確かにハイリン様も狙っていますが、俺の狙いは貴女だけではありませんよ?」
どうやらこの少年は、無愛想な割にノリが良いらしい。
「なっ⁉ それはまさか――」
揶揄うような少年の言葉に
「まさか……私だけでなく、ゾーガも狙っているというの⁉
ダメよ、ルング君! ゾーガは私のものなの!」
「おい――」
きゃああぁぁぁ!
うおおぉぉぉぉ!
ハイリンの宣言に、周囲からは黄色い歓声と、野太い雄叫びが上がる。
……どいつもこいつも。
頭が痛くなってきた。
もう全て放置して、逃げてしまおうか。
しかし状況は最早、俺の手を離れている。
少年とバカの会話を本流として、進んでしまっているのだ。
「ルング君……貴方を倒して、本当の目的を教えてもらうわ!
もし悪いことを考えていたなら、聖女として許せないんだから!
ゾーガを無茶苦茶にしようなんて、許可できないわ!」
「……良いでしょう。
売り言葉に買い言葉なのは分かっている。
それに相手は年下だ。
しかしそれでも――
……大胆な少年の言葉が、ほんの少しだけ癇に障る。
「ルング、
……それを軽んじられるのは、我慢ならない。
「勝てるかどうかは知りませんが、負ける気はありませんよ?」
少年は俺の怒気を浴びても、淡々とこちらを見据えている。
……似ている。
その立ち姿は少年の姉――クーグルンさんに見事に重なる。
こちらも負ける気はない。
以前少年の姉に負けた時よりも成長しているし、今回は何よりハイリンがいる。
……しかしそれでも――
一切感情を読ませない少年は、俺の胸中に大きな不安を残したのであった。
ヒュッ!
木剣の振るわれる音が、訓練場内に響く。
訓練場の周囲を円形に囲うのは、教導園の生徒たちだ。
先程まで騒がしかったが、実技訓練が始まった途端に、誰もが俺たちの攻防を固唾を飲んで見守っている。
円の中心には
……速い。
少年はおそらく、身体強化魔術を使用しているのだろう。
でなければ、ハイリンの魔術で強化された俺の身体能力に付いていけるはずがない。
しかしそれ以上に驚いたのは、彼が俺の剣戟に対応できていることだ。
……これでも、現役の聖騎士なんだけどな。
10年以上学んできた剣術と体術。
間合いの取り方。
呼吸と拍子。
培ってきた技術をどれだけ駆使しても、木剣は少年に届かない。
上下左右の打ち込みに、少年は全て反応する。
時に跳躍し、時に木剣で受け、状況を見て後退する。
まるで騎士――それも俺より数段上の――と戦い慣れているかのような動きだ。
「『
「ふっ!」
光が一筋、瞬く間に宙を走る。
ハイリンの光属性魔術だ。
光線は一直線に少年へと向かう。
その速度は人類の反応速度を遥かに超えているはずなのだが――
少年は見事に地を蹴って回避する。
……なんという視野の広さと予測能力だ。
俺の剣戟に目を配りながらも、ハイリンの魔力の動きや仕草にも意識を割き、詠唱が始まるや否や着弾点を予測しているのだろう。
でなければ、躱せる筈がない。
その間も、彼は俺から目を離さない。
着地すると直ぐに後退し、体勢を立て直す。
「どうして躱せるの⁉」
「はあはあ――」と肩で息をしながら、背後でハイリンが叫ぶ。
度重なる牽制に強化魔術。
その疲労は、俺の相棒を確実に蝕んでいた。
そんな俺たちと対峙するルングは、
訓練前までの無表情が嘘の様な、満面の笑顔である。
「ハイリン様、貴女の魔術の腕は見事ですね。
ゾーガ様の攻撃の隙間を縫って、ああも綺麗に俺を狙えるとは。
おかげで、追い打ちをかけられませんでした。
これが
少年の称賛にも、少女は答えられない。
疲労によってその顔は地に向けられ、大きく息を荒げている。
「……ウチの聖女は凄いだろ?」
「ええ……素晴らしいです。
そしてもっと魔術を見せて欲しいです!」
……よっぽどこの少年は、魔術が好きらしい。
木剣が折れてしまいそうな程、力強くその柄を握っている。
……だが、残念ながら。
その願いは叶えられないだろう。
ゆっくりと後退し、息を切らし続ける聖女に並び立つ。
チラリと見ると、やはり疲労は色濃い。
……どうしたものか。
少年から与えられたダメージはない。
ハイリンの援護もあって、少年の攻撃は防ぎきれている。
……しかし代わりに――
少年の回避能力の高さに、こちらもダメージを与えられていない。
聖女ハイリン――俺の幼馴染は、聖女の中でも輪をかけて優秀だ。
魔力量は聖女たちの中でも頭一つ抜け、戦闘センスも申し分ない。
対応力も高く俺との意思疎通がなくとも、強化や牽制、防御を場面に応じて展開することができる。
……そんなハイリンを、ここまで削るのか。
このまま続ければ、今日の公務に差し支えが出るかもしれない。
それならもう、いっその事――
「しないわよ?」
「……え?」
息を乱していたはずの少女から、鋭い声が上がる。
「
「⁉」
ビクリと身が揺れる。
俺が提案しようと思っていた言葉だ。
彼女は今、それを真っ向から封じたのだ。
「何でだ? たかが訓練だろう?」
……自分が1番苦しい状況のはずなのに。
どうしてそこまで、意地を張る?
少女はバッと顔を上げて、俺の顔を見る。
その青い瞳は、意志の力によって燃えていた。
「私が負けるのは良いわ! でも、私の騎士が負けるのは嫌なの!」
ポコポコ
柔らかい拳が、俺の肩を叩く。
可愛らしい顔はまん丸になり、不服そうな表情だ。
……そうか。
「俺が負けるのが、そんなに嫌なのか?」
「そうよ! 私の騎士は最強じゃないといけないのよ!
つまりゾーガ! 貴方は、最強を目指さないといけないの!
負けは許されないの!」
即答だ。そして酷く無茶苦茶だ。
言いたいことは沢山ある。
ツッコミどころも多い。
しかし――
……本気だ。
長年の付き合いが、少女の確かな意志を汲み取る。
この少女は本気で、俺なら最強の騎士になれると信じているのだ。
……まったく。
なんて聖女様だ。
無茶振りにもほどがある。
だが、そんな純粋な顔で願われてしまえば――
……叶えるしかないじゃないか!
「分かった、次で決めてくる!
だから、俺に全力の強化魔術を寄越せ!
そんな俺の言葉に、少女の瞳は爛々と輝く。
「さすが私の騎士は最高ね! いくらでもあげるわ!
『
少女が聖句を唱えると、直ぐに俺の全身を輝きが満たす。
今の少女のできる最大強化。
残りの魔力を振り絞った、最高の強化魔術である。
「さすが俺の聖女様だ! ここでゆっくり見ていろ」
フラリと倒れそうになる少女を抱き留め、静かに降ろす。
「うん、待ってるわ。行ってらっしゃい、私の騎士ゾーガ」
少女の言葉に背を押され、俺は少年の元へ決意を胸に駆け出す。
……聖女の祈りを一身に受けた聖騎士は、負けるわけにはいかないのだ。
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