第131話 聖騎士と聖女の日常

「ああもう! 悔しいわ!

 どうして、ゾーガ・・・のご飯はこんなに美味しいのかしら!」


 モグモグと頬を膨らませる少女が1人、俺の目の前に座っている。


 真っ白な手は動かされる頬に添えられ、僅かに動いている。

 恍惚とした表情を浮かべているその姿は、とても幸せそうだ。


 ほっ


 少女のそんな顔を見て、ほんの少しの安堵と共に、胸に温かさが灯る。


「俺の作った料理なんて……そんな大したものじゃないだろ?

 昔、教皇様が作ってくれた料理の方が、ずっと美味い」


 しかし、俺の口から素直な言葉は出ない。

 この幼馴染の少女を相手取ると、何故か捻くれたことを言ってしまう。


 ……我ながら、もどかしい。


「すぐそんなこと言うんだから……」


 少女は一瞬不満そうな顔をして、直ぐに自信満々な表情へと切り替える。


「確かに、教皇様おとうさんのご飯は美味しいわ!

 下味も付けられてるし、作りも丁寧だし、見た目も整ってる。


 教皇というより、料理屋の店主よ。

 私たちの美味しそうな顔を見るだけで、幸せそうにしているお人好しよ!


 でも、それと比べる必要はないの。

 貴方はもっと自信を持つべきなの!

 だって貴方は――」


 少女は勿体ぶる様な上目遣いで俺を見ると、


聖女わたしの騎士なんだから」


 笑顔を咲かせる。



 ……聖女。


 それは俺たちの住む国――聖教国ゲルディにおける、象徴的な存在だ。


 女神エンゲルディに仕え、教皇に従って民の幸せを祈る者。


 時に光属性魔術を用いて、ゲルディを守る番人。


 そんな聖女たちに仕えるのが、聖騎士である俺の役割なのだが――


 ……どうしてこんなあんぽんたんが、聖女に。


 そう思わなくもない。


 じろりと、対面の聖女を見つめる。


 陽光を美しく反射する、肩口程度に切り揃えられた金の髪。

 その瞳には、快晴の空を想起させる見事なスカイブルーが広がっている。


 ……確かに外面だけなら、聖女に相応しいかもしれない。


 しかし――


「まあ、勿論?

 私がお料理最強だけどね! お料理の天才と呼んでもいいのよ?

 いずれ、お父さんを料理の腕で倒して、料理女王の道を歩むの!」


「料理とはいえ、教皇様を倒そうとするんじゃない。

 縁起でもないぞ、聖女様」


 口を開けばこう・・である。


 妙に自信満々で前向き。

 自分でこうだと思ったことは、意地でも貫く頑固者。


 その時々で迂闊なことを口走る「口は禍の元」を地で行く少女である。


 ……そもそも、聖女って料理人になっても良いのか?


 兼任とかできるのだろうか?


 教皇様の柔らかい微笑が脳裏を過ぎる。


 ……あの人なら、聖女たちむすめ可愛さに許可しそうな気もする。


「そんなお堅いこと言わなくて良いじゃない?

 別に料理でお父さんを倒したからって、文句を言う人はいないわよ」


「いるだろ!

 教皇様が人気者なのは知ってるだろ?」


「人気だけど、そんな崇拝されるタイプじゃないでしょう?

 よくその辺で、子どもたちにからかわれてるじゃない」


 少女はコロコロと笑う。


 昔からそうだ。

 この娘は昔からこの調子で、俺を引っ張りまわしてきたのだ。


 その何も考えていない頭から繰り出される発言で、周囲の人間たちがどれだけ苦労してきたと思っている。


「頼むから、止めてくれ。

 後、外で絶対にそんな発言するなよ?

 聖女がそんなことを言ったとなったら、仕える聖騎士おれの責任問題になるからな?」


「私の失態は、ゾーガの失態でしょ? それは仕方ないわね!」


「やめろよ、その道連れ理論! 聞いたことないぞ⁉」


 騒がしくも温かい朝の食卓。

 

 これが俺――聖騎士ゾーガ・・・・・・と、聖女ハイリン・・・・・・のいつもの朝だ。




「そういえば、うちのクラスに転入生が来たのよ!」


 朝食を終えて、何故かのんびり過ごすハイリンが、嬉しそうに告げる。


「そんなこと言ってる場合か。準備は終わったのか?

 そろそろ、教導園に行くぞ?」


「大丈夫大丈夫。まだ時間には余裕があるじゃない!

 話を聞いてよ! 話したいの! 聞くよね⁉」


「構えるな、魔術を撃とうとするな! 魔術で脅すな!

 というか、光属性は攻撃魔術少ないだろう。

 脅しにはならんぞ?」


「ふふ、私の魔術を舐めてもらっちゃ困るわ。

 私の光線は……紙をも貫くのよ!」


「そりゃあ、まあ……紙ぐらいはやってくれないとこっちも困るが」


 ……呆れたことに。


 俺が話を聞くまで、席を立つ気はなさそうだ。


「はあ……。で、転入生? そんなのあり得るのか?」


 仕方なく話題を広げる。


 聖教国ゲルディに、教導園は・・・・1のみ。


 故にハイリンの所属する、光属性魔術クラスに転入生がいるとすれば、国外から来たということになるはずだ。


「そりゃあ実際に来てるんだから、あり得るんじゃない?」


「そうではあるんだろうが、他国では光属性持ちが少ないんじゃないのか?

 稀少過ぎて、特殊属性と一括りにされていると聞くぞ?」


 ……そんな数少ない光属性持ちを、わざわざ他国に転校させるだろうか。


 それよりは国内で、手厚く育てる可能性の方が高そうだが。


「そうなの? でも、実際に来てるし……ほら、覚えてない?

 3日前に私、お父さんを呼び出しに言ったじゃない?」


「ああ……確か聖堂にだよな? 俺が、訓練場にいた時だっけか?」


「そうそう!

 その時お父さんと話してた可愛い子が、転入生だったの!」


 少女の力強い言葉が響く。


 ……ああ、なるほど。


「……そいつって、あの・・レーリン様の付き添いだろ?

 それだと転入生じゃなくて、前みたいに・・・・・留学生なんじゃないか?

 ここにいるのは、魔物退治期間中だけだろ」


 ハイリンが教皇様を呼び出した時に、教皇様と話をしていたのは、アーバイツ王国の王宮魔術師。


 レーリン・フォン・アオスビルドゥング様である。


 数年前にも魔物退治の要請でゲルディに来たことのある魔術師であり、領土の一部を火の海に沈めた・・・・・・・、恐るべき魔術師だ。


 ……幸いなことに。


 死人や怪我人が出なかったことで国際問題は避けられた様だが、今でもその恐怖は語り継がれ、我儘な子どもには「レーリンが来るよ!」と、脅しの道具にされている魔術師でもある。


「……ああ、それもそうね!

 立場的には、前回のクーグルン・・・・・さんと同じってことだもんね!」


 前回の訪問の際に、レーリン様に付いてきた弟子。

 俺たちより1つ上の、輝く容貌と才を持つ魔術師。


 クーグルンさん。


 留学して光属性魔術クラスと聖騎士クラスの両方に所属し、全ての分野において抜群の成績を修めた怪物だ。


 レーリン様のやらかしの尻拭いを全てやってくれたことで「彼女も聖女認定しよう」という運動まで起きた、我が国の大恩人である。


 ……まあ、恩人とは言っても。


 俺は実技演習でボコボコにされたので、あの人はあの人で怖いのだが。


「でも今の話し方だと、来たのはクーグルンさんじゃないんだよな?

 誰だ? そして大丈夫なのか・・・・・・?」


 ……主に、レーリン様の子守り的な意味で。


 しかしハイリンは、俺の含意に気付かない。


「うん、大丈夫! こっちでも元気にやっていけると思うわ。

 クーグルンさんの弟なんだって。


 少し・・無表情だけど、とっても可愛くてね! 

 光属性魔術も初めて習ったのにあっという間に使い熟して、本当に凄かったのよ!」


「そうか……」


 嬉しそうなハイリンを横目に、俺の心境は何故か・・・複雑だ。


 ……モヤモヤする。


 訓練で敗れた時でも、こんな気持ちにはならない。


「まあ……魔術は上手くても、勉強ばっかの貧弱坊主だろ?

 光属性の担い手なら、直接戦闘も苦手だろうしな。

 魔物も増えて来てるのに、そんな奴が役に立つのか?」


 自身の不快感のままに発してしまった言葉に、自己嫌悪に陥る。


「もう! そんな言い方良くないわ!

 確かに華奢で寡黙な子だけど、あのクーグルンさんの弟よ?

 物凄く強いかもしれないじゃない?」


 少女の庇う様な言葉に、益々心は曇っていく。


「強さは別に、血の繋がりで決まるわけじゃない。

 例え、クーグルンさんの弟だとしてもな!」


 そんな俺の荒々しい語気に、少女はニヤリと不気味に笑う。


「……なんだよ?」


「もしかして……嫉妬?」


「はあっ⁉ バカ言うなよ!」


 言葉とは裏腹に、グサリと胸を突かれた感覚があった。


 別に、そんな気はない。

 こいつがどれだけ別の男を褒めようが、何も思わないし。

 それに対して怒るなんてこともない。


 ……ないはずなのに。


 心のわだかまりは、決して解けない。


「ええーそれなら、そんな必死に否定しなくても良いんじゃないの?」 


 ほれほれと突いてくる少女の指先が、鬱陶しい。


 ……実にムカつく幼馴染だ。


 そんな俺を、相も変わらず腹の立つニヤケ面で、ハイリンは見続けている。

 非常に嬉しそうな顔だ。


「ほれほれ、言ってみてもいいのよ?

『可愛い俺の聖女様が、他の男を褒めるなんて嫌だ』ってね?」


 プチンと何かが切れた音がして、心が決まる。


「――抜きだ」


「……えっ?」


「可愛い俺の聖女様?

 お前の昼食は抜きだ。俺は先に行くからな」


 朝作っておいた2人分の弁当を持ち、さっと立ち上がる。


「ああ⁉ 冗談! 冗談です、ごめんなさい!

 だから怒らないで、ゾーガ!

 っていうか、私の騎士なんだから、置いてかないでよおぉぉぉ!」


 背後でガタガタと騒がしい物音が聞こえてくる。


 ……だが、待つ必要はない。


 無駄に人を挑発するから、こんなことになるのだ。



 

 午前の授業を終えた昼休み。


「ごめんごめんごめん! 許してゾーガ! 私を捨てないでえぇぇぇ!」


 俺の右の手甲ガントレットに、白のローブに身を包んだ聖女がぶら下がっていた。


 ……鬱陶しい。


 我ながら朝の対応は、大人げなかったと思う。

 故に許すタイミングを窺っているのだが――


「貴方に捨てられたら私……もうやっていけないわ!

 お金を払えば許してくれる?」


 ……コイツ、本当に許される気があるのだろうか?


 視線を少女の顔に移す。

 少しでもふざけている様子があれば、投げ捨ててやろうと思ったのだが、その表情は正に真剣そのもの。


 鬼気迫っていると言ってもいい。


 ……いや、真剣であればある程、少女の台詞の残念さが際立つのだが。


「もういい……分かったわ! 貴方を殺して、私も死ぬ!」


「……分かった、許す。許すからもう静かにしろ。

 俺と社会的にも心中する気か」


「本当⁉」


 俺の言葉に、光の射す様な笑顔を浮かべる少女。


 それを見るだけで、朝のむしゃくしゃした気持ちが薄れていく。


 ……いつもこれだ。


 この少女にこの顔をされると、いつも許してしまうのだ。


「それで、私のお弁当は?」


 笑顔のままに少女は俺の手甲を解放すると、両手をこちらへと差し出す。

 

「……ほれ」


 仕方なくその上に弁当を乗せると、ハイリンはもう離さないと言わんばかりに、強く抱きしめる。


 中身が零れるかもしれないから、止めて欲しい。 


「おかえり、私のお弁当! 愛してる!」


「……そんなに俺の弁当が、食べたかったのか?」


 朝、からかわれた仕返しのつもりで言ったのだが――


「うん! 大好き! 食べたかったの!」


 卑怯な程真っ直ぐな笑顔で返された。 


 ……眩しい。


 魔術は未使用なのに、どうして彼女はこんなに輝いているのだろうか。

 思わず少女から目を逸らす。


「……それで、次の授業は何だっけ?」


「いや、何で覚えてないんだよ。次は合同の実技訓練だろ」


「あれ? そうだっけ?」


 昼食を確保できた安心感からか、少女は間の抜けたことを尋ねる。


 午前の座学は別々だったが、午後の授業は光属性魔術クラスハイリンたちと、聖騎士クラスおれたちで、合同授業の予定だ。


 聖女と聖騎士。


 その真価――2人1組で訓練する授業であり、俺の最も得意とする実技授業だ。


 しかし――


「なあ、ハイリン。

 今日の授業って、朝言ってたクーグルンさんの弟も参加するのか?」


 ……嫉妬云々抜きに、それはやはり気になる。


 圧倒的な実力で俺たちを蹂躙した、あのクーグルンさんの弟。

 それもレーリン様と共に来たということは、その少年もまた同様に、王宮魔術師の弟子なのだろう。


 その実力を知りたいと思うのは、ある意味当然ともいえる。


「うーん……参加するはずだよ?

 今日は1日、光属性魔術クラスわたしたちの授業に出席するって噂になってたし」


 ……クーグルンさんの動向も、かなり噂になっていたが。


 その弟の行動もまた噂になっている様だ。


「そうか、楽しみだな……って何だ?」


 ハイリンが、何故か俺の顔を覗き込んでいる。

 

「ゾーガったら……また挑戦するつもりなの?

 クーグルンさんの時は、返り討ちにされたけど」


「嫌なことを、思い出させるなよ。

 アレは若気の至りだ……もうしない。


 今回は前の反省を活かして、様子見するつもりだ」


「そう? でもゾーガは変わった人に、すぐ絡まれるからねえ。

 お姉ちゃん、少し心配よ?」


「誰がお姉ちゃんだ。正真正銘同い年だろうが!」


 ……そしてハイリンもその変人の内の1人だということは、黙っておこう。




「俺と模擬戦くんれんをして頂けませんか?」 


 声変わりの始まった、色気のある声と共に差し出される手。

 美しいライトブラウンの瞳は、艶のある黒髪との対比もあって明るく輝く。


 まだ幼さの残る可愛らしい顔立ち。

 しかしそんな顔の作りをしているにも関わらず、そこにあるのは全てを排した無。


 絶望的なまでの無表情。


 噂のクーグルンさんの弟――ルングだ。


 そのルングが、俺に手を差し出している。


 ……何故だ?


 今回は、本当に何もしていない。

 静かに少年を観察していただけだというのに。


「やっぱりこうなったわね……」


 呆れた様子で俺を見つめていたハイリンの声が、ポツリと耳に残ったのであった。

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