第130話 未来と贈物。
「……どっちとは、どういう意味ですか?」
教皇の質問に、こちらから尋ね返す。
……パーシュ様には、何が見えている?
こちらを見透かすような視線を、真っ直ぐに見つめ返す。
「ああ……ごめんよ。言葉が足りなかったね」
パーシュ様はそう言うと、1度師匠に目を遣って告げる。
「君は
それとも
どちらだろうという意味さ」
「
聞き覚えのない単語に首を傾げると、大人しく話を聞いていた師匠が口を開く。
「
「……ああ、なるほど」
どうやらパーシュ様――というよりゲルディの住人がなのかもしれないが――は、スキルあるいは
「俺に……ツーカですか? そんなものは備わっていないですよ」
以前エルフの魔術師トラーシュ先生にも聞かれたが。
異世界転移者のほとんどが持つと言われた力を、俺は持っていないのだ。
転生者だからなのか、他に理由があるのかは知らないが。
「となるとルング君は、魔術師としての
それはそれで、凄まじい。
きっと、想像を絶する研鑽があったのだろうね」
……魔術師としての高み。
先程から何度か連呼されているが、それもまた心当たりはない。
未だ上級魔術も扱えない未熟者なのである。
「あの……パーシュ様。
魔術師としての高みに立っているというのは、些か言い過ぎでは?」
俺の言葉に、パーシュ様は首を傾げる。
「でも君は
それなら、魔術師としての高みにいるのは、間違いではないはずだが……」
それもまた、トラーシュ先生とのやり取りに出てきた言葉だ。
あらゆる生命に魔力は宿り、魂として輝いている。
しかしそれは、生物に限らない。
花の香りを運ぶ風。
心地良い川のせせらぎ。
植物を育む大地。
全てに魔力は宿っている。
……世界は魔力で満ちている。
そして確かに俺は、その世界の魔力を利用した魔術を扱えるが――
……どうしてそれを、パーシュ様が知っている?
そう一瞬考えて、当然の結論に辿り着く。
「その目ですね。
その世界魔力を湛えた目で、俺が
教皇は輝く瞳を細める。
「その通り。
君がレーリン殿に匹敵する魔術師だということは、この目が見抜いた」
そう言って自身の目を指差すパーシュ様に、恐縮した思いで答える。
「……評価していただけるのは嬉しいですが、化物と同じ扱いをされるのは――」
「だ、誰が化物ですか!?」
……そんなの、言わなくともわかるだろうに。
「ああ、良かった。初めて外したかと思ったよ……」と、教皇は分かりやすく安堵した表情を作る。
その瞳は未だ、強く輝き続けている。
……不思議な感覚だ。
自身の中心にある
その時の魔力は、勿論自前の魔力だ。
……しかしこの人は。
それを世界魔力でしているのだ。
……俺たちのそれと、違いはあるのか?
見えている世界は違うのか?
初めての事象である。
興味がないはずがない。
もう少し、観察してみたい。
しかし、そんな俺のささやかな願いは届かない。
パーシュ様が目を閉じると、世界の魔力は霧散する。
「ああ……もう少し調べたかったのに」
「ルング貴方、一国の代表を捕まえてよくそんなことが言えますねえ」
「ごめんよ……時間もないからね」
師匠にだけは、そんなことを言われる筋合いはないと思うのだが。
パーシュ様は、改めて俺に語りかける。
「これは私――パーシュ・ゲルベストのツーカ『
視認している相手が、
……こんな風にすればね」
そう言うと再び
……つまり。
今、目前で起きている現象。
教皇の瞳が魔力で輝いているのは、魔力制御ではなく教皇のツーカ――スキルや
……興味深い。
発動条件は?
どうして世界魔力なのか。
目に集める魔力量を制御することはできるのか。
あらゆることが気になってくる。
そこでふと気づく。
パーシュ様はツーカで俺を見て、こう言った。
「魔術師の高みにいるかあるいは、ツーカを持っているのか」と。
断定ではない、絞られた
その上今は、こうも言っていた。
ツーカ『
その事実は、
ツーカ――スキルや
でなければ、世界魔力との関与を見抜いた後に、俺がスキルを持っているという選択肢を出さないだろう。
「パーシュ様。
……もし、そうであるのなら。
教皇の『看破』の際、目に世界魔力が集中しているのも納得がいく。
……面白い。
もし俺のこの予測が正しいなら、
これは俺の転生のヒント探しに――
……うん?
いつの間にか、場を静寂が満たしていた。
パーシュ様の目の輝きも収まり、師匠の茶々すらない。
何故だろうと考えたところで――
「ルング君!」
緊張感に満ちた声が、聖堂内に響く。
「はい……パーシュ様」
その声の主は、教皇パーシュ様。
先程まで穏やかに話していたはずの教皇は今、鬼気迫る表情を浮かべている。
……いや。
パーシュ様だけではない。
師匠――王宮魔術師レーリン様もまた、珍しく険しい表情をしている。
「ルング……貴方どこで
……その言葉?
「何のことですか?」
「
……あ。
思考の流れで
そして、教皇と師匠の過敏な反応を見る限り――
……「スキル」という言葉は、禁句のように扱われているらしい。
さて、どうしたものか。
正直にその話をすれば、俺がスキルという言葉を知っていたことも説明がつくだろう。
……だが、その気にはなれない。
師匠と教皇の反応が、どうにも気にかかる。
「スキル」は元々、俺の世界の言葉だ。
それが忌み言葉の様にされているのなら、転生者もまた忌まわしき存在と扱われる可能性は0ではない。
トラーシュ先生は、異世界転生者だろうと差別などされないと言っていたが。
しかし現在の空気から、それを鵜呑みにすることはできない。
「えっと……学長のトラーシュ先生からですけど。
言ってはダメな言葉なんですか?」
……という訳で。
全責任を、歴史の目撃者であるエルフの魔術師へと押し付ける。
「ああ……トラーシュ先生なら、仕方ないですね。
若者にこんな言葉を吹き込むなんて、これだから
やれやれと師匠は呆れた様に呟く。
その声に、先程の様な圧はない。
「ルング君、気を付けた方が良い」
しかしパーシュ様の表情は、未だ険しいままだ。
「
「
確かに意味合いは、ツーカや
しかし、その言葉は特別なのです……
なにせその言葉は、
ガツンと殴られたような衝撃が走る。
……魔王が使用していた言葉。
エルフの魔術師トラーシュ先生の友人――勇者。
その勇者と相打ったと言われる魔王が、
「なのでレーリン殿の様に
そう呼ぶか、あるいは私の様に
「……はい、分かりました。すみませんでした」
俺の謝罪にようやくパーシュ様は表情を崩す。
「いや、知らなかったなら仕方ないさ。
こちらこそ、急に怒鳴って申し訳ない」
頭を下げる教皇に、師匠が話題を変えるように尋ねる。
「そういえば教皇様たちは、
どうしてですか?」
個人的には、勇者や魔王の話も気になる。
しかし、その呼び名の件も確かに気になっていた。
スキルが禁句になっているのは置いておくとしても、パーシュ様は明確にそして
呼称に関して頑ななのだ。
「そうですね……私たちは
その1つが
「もう1つは?」
間髪入れない師匠の疑問に、教皇もまた即座に答える。
「もう1つは
「ゲッシェ……その2種類は、どういう基準で分けているんですか?」
……教皇様は、先程からツーカしか言葉にしていない。
ゲッシェとは一切発言していないのだ。
その2つに、どんな違いがあるのだろうか?
俺の問いに、パーシュ様は微笑む。
「そうだね……では、レーリン殿。
貴女は、
「能力ですか?
気に食わないですが、神とやらから才を貰ったんだろうなって感じですかね?
まあそれでも、戦えば私が勝ちますけど」
師匠の自負を覗かせた答えに、教皇はコクリと頷く。
「レーリン殿と似た様に考える人は多いですね。
『
……でも、本当にそうでしょうか?」
そう言うと再度、世界魔力がパーシュ様の目に集まり始める。
「私のこのツーカ――『看破』は、幼い頃からできました。
しかし本当にこれは、女神様から与えられる程の才能と言えるでしょうか?」
そう言うと、パーシュ様は俺たち2人を視界に収める。
「だって
なんなら私よりも深く。
それも世界魔力など使用せずともね。
つまり私の『看破』は、あなた方の下位互換に過ぎないのです」
「いや、そんなことは……」
パーシュ様は首を左右に振る。
「恥ずかしながら、幼少期の私は増長していたものですよ。
私――俺はこのツーカがあるから『特別なのだ』と。
他者を見下すことすら、あった様に思います」
「しかし」と教皇は続ける。
「ある日、とある年下の魔術師に出会ったのです。
彼は私よりも遥かに特別で、それでいて好奇心に真っ直ぐな男でした。
……恥ずかしかった。
他者を見下して、自尊心を満たす。
他者と比較してしか、自分の価値を誇れない。
彼と接して、そんな矮小な自分が情けなくなったんです。
そう考えた時に、この呼び名がストンと胸に落ちてきたのです。
あくまでそれは、私が
特別な力などではなくて、私の努力の先にある未来を教えてくれているのだと。
そう思えるようになりました。
例えば今、聖騎士の中には『
その子は身体が勝手に動いて、騎士の剣技を放てるそうです。
勿論、それは凄いと思います。
しかし彼が真剣に努力を続けていくのなら、将来ツーカなど利用せずとも、その剣技は扱える。
そう思えるのです。
だから
私たちの未来における技量や能力を、世界魔力が現在に出力する。
言うなれば
幼少期には特別に感じるかもしれませんが、鍛錬を積み続ければ、ツーカがなくともいずれ届く力をね。
そして反対に、
「「そうではないもの……ですか?」」
師と揃った言葉を、教皇は肯定する。
「そうです。
成長しても、再現できない現象を顕現させる力。
明らかに人の域を超えた力。
それをツーカと分けて、贈物――ゲッシェと呼称しています。
女神エンゲルディ様から授かった、本当の
神の力の片鱗が、垣間見えるものをね」
「……そんなゲッシェを持つ者なんて、いるんですか?」
師の問いに、たった1人だけ頭に過ぎる。
会ったことはない。
そんな候補が、1人だけ存在する。
「私がそうなのだろうなと考えているのは、1人しかいません。
そして歴代の教皇たちも、そう考えていたようです」
遥か昔。
トラーシュ先生と共に歩んだ人。
トラーシュ先生が、友人と称した人。
「……
彼女だけが、真の意味で女神に愛された者だと、私たちは考えているのです。
彼女は快活で勇敢で、何より優しい人だと伺っていますから」
……勇者の『転生』。
それが女神からのゲッシェだというのなら、俺がここに来たのも女神の思し召しなのだろうか。
分からない。
なにせ俺は、女神とやらに会ったことすらないのだから。
……勇者のことを知れば。
そのあたりの事情も明らかになるのだろうか?
教皇パーシュ様を見つめる。
勇者の性格等に言及しているあたり、彼は勇者のことを詳しく知っている様だ。
「あの……パーシュ様。もっと――」
……勇者のことを教えて欲しい。
そうお願いしようとしたところで、
「パーシュ様、そろそろお時間です!」
……残念ながら、時間切れとなる。
「おっと、もうそんな時間かい?
……ルング君、申し訳ないね。この話はここまでだ。
残念だが、また次回。
もっと時間がある時にね。
……レーリン殿。
担当の者がおりますので、仕事の打ち合わせはその者としてください。
ルング君も、光属性魔術の授業の話はその人と。
では2人とも本当にこちらに来ていただき、ありがとうございます。
少しの期間ですが、よろしくお願いします。
2人の行く道に、主のご加護があらんことを」
こう言って教皇パーシュは胸元のネックレスに願いを捧げると、彼に呼び掛けた少女と共に、足早に去っていった。
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