第129話 聖教国の教皇。

「ようこそお越しくださいました。

 アーバイツ王国王宮魔術師、レーリン・フォン・アオスビルドゥング殿。

 お久しぶりですね。今回は以前の様に火の海にはしないで下さいよ?」


「あ……あはは! だ、大丈夫ですよ、教皇様・・・

 私も成長期ですからね! 前回と比べて大きく進化してますから!」


 落ち着きながらもユーモアのある声と、軽佻けいちょうにして浮薄ふはくの声が響く。


 その2人――俺も合わせれば3人だが――がいるのは城……というよりも聖堂の様な場所だ。


 白を基調とした静謐な空間の中には、複数人が座ることを想定された木製のチャーチベンチがずらりと並んでいる。

 前方には主祭壇があり、そこで先程の2人――男性と師匠が話していた。


 ふと2人に降り注ぐ光が気になり見上げてみると、天井までの高さに驚く。


 ……外観からその高さを理解しているつもりだったが、これ程とは。


 吸い込まれてしまいそうだ。


 天を突く壮大な高さには、威圧感すら覚える。


 しかし、それも次の瞬間には――


「綺麗だ」


 ……美しさへの賛美に変わる。


 ステンドグラスだ。

 天までそびえる壁に、色とりどりのステンドグラスが張り巡らされているのだ。

 

 ここが神の居場所に最も近いのだと主張するかのように美しく輝き、その取り込んだ光が地上ここまで降り注いでいる。


 天上の楽園と、その恩恵を受ける地上。

 この空間は、まるでそれを表現しているかのようだ。


「それなら貴女の言葉を信じますよ。レーリン殿。

 せっかく来ていただけましたしね」


 そう言って微笑んだ男性こそが、聖教国ゲルディの代表――教皇だ。


 これまた白を基調とした祭服に、装飾をあしらったネックレス。

 ネックレスの中心には、十字架ではなく丸形のリングが輝いている。


 おそらく年齢は、王宮魔術師総任シャイテル様より少し上だろうか。

 物腰は柔らかく、師匠を見つめる視線は子どもあるいは孫と接するかのように優しい。


 しかしその魔力は、慈愛に満ちた瞳の持ち主のものとは思えない程巨大だ・・・


 強さは感じない。

 強者特有の威圧感はない。


 敵を害する意思を、その魔力からは感じられない。

 ただひたすらに大きく、温かい魔力。


 まるで国中の魔力が教皇へと、集中しているかのようだ。

 あるいは逆に、教皇から国民へとその温かさを届けようとしているようにも見える。


 ……美しい。


 降り注ぐステンドグラスの輝きが、そこに差し色として加わることで神秘性が高まり、教皇の神々しさが際立つ。


 しかし、そんな威厳ある人を相手にしても、師匠の調子は変わらない。


「それに前回と違って、便利な弟子も同行していますから、安心してください!

 私が無茶をしても、責任は全て彼がとってくれますので!


 ほら、ルング! 責任者として挨拶してください」


 桜色の瞳がこちらに向けられ、無理矢理引きずり出される。


「……教皇の前で、恐ろしいことを言わないでくれますか? 師匠」


 ……絶対に師匠の意見を、認めてはならない。


 認めたが最後、無茶苦茶な結果の尻拭いをさせられることになる。

 ただでさえ苦労させられているのに、そんなのはごめんだ。


 師匠に向けられていた目が、ゆっくりとこちらへ向く。

 どこまでも穏やかで、凪いだ水面の様に透き通った瞳だ。


「ご紹介にあずかりました。

 王宮魔術師レーリン・フォン・アオスビルドゥングに従い参上しました。


 ルングと申します。

 初めまして、教皇様。師匠共々お世話になります」


 俺の挨拶に、教皇は微笑む。


「どうもご丁寧にありがとう。ルング君……でいいかな?

 聖教国ゲルディの教皇パーシュです。よろしく」


「……はい、なんなら呼び捨てでも結構です。

 こちらこそ、よろしくお願いします」


 一国の代表が俺にも、頭を下げたことに驚く。


 どんな相手にも礼儀を尽くす腰の低さ。


 これこそが、この魔力の輝きの秘訣なのかもしれない。


「2人共、もっと楽にすればいいのに」


「……師匠はもっと、教皇――パーシュ様を見習った方が良いです。

 そんなんだから、王宮魔術師年間始末書記録・・・・・・・を更新するんですよ」


「な、何でそのことを知ってるんですか⁉」


 ……こんな文化遺産に指定されてもおかしくない、荘厳な場所なのに。


 それも国の代表の前なのに。


 どうしていつも通りにできるのだろう。

 心臓に毛でも生えているのかもしれない。


「……ま、まあ? 何事も先駆者というのは常識では測れないものですし?」


「そうですね。師匠は常識なんて知らないですもんね……可哀想に。

 だから大量の始末書を書く羽目になるんですよ……憐れな」


「弟子のくせに、師を軽んじた発言をしないでくださいよ!」


「弟子を軽視した発言ですね。ハラスメント違反でシャイテル様に報告します。

 パーシュ様が証人となれば、確実に師匠の始末書数が増えるでしょう」


「なんてこと⁉

 す、すみません……謝りますからそれだけは止めましょう⁉

 ね? ルング? お金あげますから!

 教皇様もね? お金を払うので、この件は内緒でお願いします!」


 俺たちのいつものやり取りを、パーシュ様は優しく見守っている。


 包容力を感じさせる余裕の笑み。 

 どこかの誰かさんとは、大人度・・・がまるで違う。


「師弟で仲良しですね」と微笑ましそうに眺める様子は、心根の純粋さがよく分かる。


 ……しかしこの様子だと、残念ながら・・・・・


 俺を転生させた犯人が、教皇パーシュ様だという線は薄そうだ。



 そんな俺たちのやり取りが落ち着くのを待って、パーシュ様は再び柔らかな口調で語り始める。


「今回レーリン殿とルング君にお願いしたいのは、魔物への対処なのですが、それはご存じですね?」


「はい、総任から聞いてますよ! 魔物を殲滅すれば良いんですよね?」


 やる気満々の師匠の言葉に、パーシュ様は頬を掻く。


「ええ、勿論それはお願いしたいのですが……」


「何か問題でもあるんですか? ……魔物が多過ぎるとか?」


「それなら任せてください! 私なら、赤子の手をひねるよりも簡単に殲滅してみせますよ」


 誇らしげに胸を叩く師匠だが、パーシュ様の表情は晴れない。

 どうやら、想定以上の魔物がいるそういう訳ではないようだ。


「いえ、魔物の数がという話ではなく……ウチの子どもたち・・・・・・・・にも経験を積ませたいんですよ」


 ……子どもとは、パーシュ様の実子ということだろうか?


 俺の疑問符に気付いたのか、師匠が捕捉する。


「ああ……聖女と聖騎士・・・・・・2人1組ツーマンセルですね?

 私たちという安全弁がいる間に、彼らに魔物との戦闘経験を積ませたいと」


「はい、そういうことです。

 アーバイツ王国そちらの国王と王宮魔術師総任から許可は貰ってますが・・・・・・・・・

派遣する魔術師レーリン殿にも、確認するように』と言われましたので」


 聖女は知っている。

 聖教国ゲルディにおいて、聖女は称号だ・・・・・・


 光属性魔術を使用でき・・・・・・・・・・る女性・・・

 それが聖女になれる条件であり、故に聖女という存在は複数いた・・・・はずだ。


 ……だが、聖騎士とは何だろう。


 この世界では、初耳の言葉だ。

 やはり聖女と同じように、光属性を扱える騎士のことだろうか?

 

 その疑問が顔に出ていたのかもしれない。

 パーシュ様は、優しく付け加える。


「聖騎士というのは……そうだね。聖女と同じで単なる称号かな・・・・・・・

 聖女に仕える騎士・・・・・・・・、略して聖騎士。それだけだよ。

 ……ルング君は光属性魔術について、どの程度知ってるのかな?」


「そうですね……。

 名前の通り、光に関わる魔術ということ。

 後は特殊属性魔術で、初代聖女が扱っていたということ位でしょうか?」


「うん、そのイメージは間違いではないよ。でも――」とパーシュ様は続ける。


「それだけでもない。


 ……確かルング君は、光属性の勉強もこちらでする予定だったね?

 おそらくその授業でも話はあると思うけど、光魔術の神髄は『強化』にある」


 ……強化?


「身体強化魔術ですか?」


「強めるという意味では同じかな。

 ただ違うのは……自分以外のものも・・・・・・・・強化することができる・・・・・・・・・・ことだ。


 つまり、聖女と聖騎士の組み合わせは、役割分担に近い。


 聖女は聖騎士を強化し、その力となる。

 聖騎士は聖女に捧げた剣を、守るために振るう。


 それが聖女と聖騎士の戦い方だね。

 その2人1組で、魔物退治等をしてもらっているのさ。


 でも、その経験の少ないものも多い。

 それに魔物の数が増えたことで、経験豊富な者でも危険だ。

 だから君たちには、その手助けをしてもらいたいというわけだ」


「……なるほど。

 聖女や聖騎士が危険な時に、フォローすれば良いってことですか?」


「そうだね。勿論、余裕があれば魔物を倒してくれて構わない。

 倒した魔物の素材はこちらで解体し、全て君たちに渡すよ」


 ようやく腑に落ちる。


 どうやらパーシュ様は師匠という戦力を利用して、安全に聖女と聖騎士の実戦演習をするつもりらしい。


 ……お人好しそうに見えて、案外抜け目がない。


 まあそれくらいでなければ、国の代表などやっていけないのかもしれない。


 そしてこの提案は、俺にも利点がある・・・・・・・・


「となると師匠はこれで、大規模な魔術を使えま・・・・・・・・・・せんね・・・


 ニヤリと口元が歪む。


 師匠の無茶苦茶な威力の魔術。

 それは被害者が出ないからこそ、撃てるものだ。


 しかし今回は――

 

「ええ⁉ どうしてそうなるんですか⁉」


「そりゃあ、そうでしょう。

 師匠の大規模魔術で魔物は全滅すると思いますが、同時に聖女と聖騎士も同じ運命を辿りますよ。


 国際問題でも起こす気ですか?」


「ぐっ」


 俺の正論に、師は悔しそうな顔をする。


「じゃ、じゃあ、私の魔術をドカンといきたい欲はどうすればいいんですか⁉」


「そんなものは、その辺に捨て置いてくださいよ。

 何度それで姉弟おれたちを、殺しかけてると思ってるんですか」


「生きてるんだから、いいじゃないですか!」


「その発言は、人としてどうなんですか……」


 不毛な争いを続けていると――


「それなら、こうしましょう」


 そんな師匠を可哀想に思ったのか、パーシュ様は告げる。


「もし、聖女と聖騎士に危険がない状況であれば、全力でやっていいということで」


「パーシュさ――」


「あっ! 教皇様良いんですね? 言いましたね? 約束ですからね?」


 俺の制止を遮り、師匠は言質取ったりとばかりに喜ぶ。


 ……しまった……遅かったか。


 こうなると師匠は、何が何でも全力を振るえる状況を整えようとするはずだ。


 気を付けなければならない。

 なにせパーシュ様の条件に、俺の身の安全は含まれていないのだから。


 そのためにも、聖教国ここで光属性魔術を学習して危機に備え――


 そう考えたところで、先程のパーシュ様の言葉に疑問が湧いてくる・・・・・・・・


 ……どうして光属性魔術なのに、他の何かを強化することができるんだ?


 例えば火や水属性の魔術なら、火や水そのものを制御する。

 それは風や土もまた同じだ。


 故に光属性魔術は、光を制御する魔術のはず。


 ひょっとすると理科の実験の様に大量の光を集中させて、その熱で何かを燃やすような魔術とかもあるのかもしれない。


 それは理解できる。

 光を扱っているわけだから。


 ……しかしそれがどうして、聖騎士――他の人を強化することに繋がる?


 考える俺を置き去りに、話は進む。


「はい。もしそういう状況になれば全力を出していただいて構いません。

 レーリン殿の本気は、子どもたちの参考になるかもしれませんし。


 ……さて、では最後に・・・・・


「⁉」


 そんなパーシュ様のセリフと同時に、世界の魔力が・・・・・彼の目に集まり・・・・・・・・・始める。


 ……何だ? 何が起こる?


 魔術か? それともこれが師の言っていた教皇の能力フェイか?

 疑問に次ぐ疑問。

 しかし、危機感は未だない・・・・・・・・

 殺気が全く感じられないのだ。


 念の為に身構え、しかし……結局何も起きない。


 沈黙の広がる中で、魔力で目を輝かせた・・・・・・・・・パーシュ・・・・様の表情が変わる・・・・・・・・


「……驚いたよ、ルング君。君はどっちだい・・・・・・・?」


 教皇は目を剥きながら、静かにそう尋ねたのであった。

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