第128話 聖教国周辺には嫌な魔力が漂っている。

 パカッパカッ――


 馬の歩みと共に、車輪が回る。

 その車輪の穏やかな転がりは、ゆっくりと俺たちを運んでいく。

 

 ……馬車だ。


 王城で手配してもらった馬車に、俺と師匠は身を任せていた。


 のんびりと進む歩みを追いかける様に、窓から温かな風が入ってくる。


 車内に広がるふんわりとした花の香り。

 春の優しい風が車内を満たす。


 ペラ


 風が俺より先に書物を読み進めようとするのを、優しく手で抑える。


「ルング、貴方……よくこんな所で、読書なんてできますね・・・・・・・・・・


 対面の席で寝込んでいる・・・・・・王宮魔術師ししょうは、息も絶え絶えの様子だ。


 長所である桜色の綺麗な目は、残念ながらアイマスク代わりの布によって塞がれている。


「このぐらいの揺れなら、慣れれば平気ですよ。

 師匠こそ、大丈夫ですか?」


 師は目の上に置いた布を捲り、チラリと俺に目を遣ると、再びのっそりと布を戻す。


「大丈夫も何も……見ての通りですよ。

 大体何で私がこんな状態なのに、貴方は本を読む余裕なんてあるんですか?

 不公平じゃないですか?


 というか体調不良の師匠を差し置いて、何の本を読んでるんです?」


 いつもよりも抑揚のない声。

 しかしそれでも、会話は続ける気の様だ。

 ひょっとすると話すことで、気を紛らわせようとしているのかもしれない。


 ……いつもこれくらいであって欲しいと思っているのは、内緒である。


 師の質問に、本の表紙を見せようとして、布のせいで見えないことに気付く。 


「……『魔物生態学入門』です。

 魔物増加の原因分析と排除のために、まず知識から入れておこうと思って」


「変な所で真面目ですねえ。

 貴方の実力なら、魔物なんて簡単に滅ぼせるでしょうに」


 ……それはそうかもしれない。


 だが、知識はあるに越したことはないとも思う。


 身体の何処かに魔石を持ち、姿形も様々。

 通常の生物とは比較にならない程の凶暴性を有し、その身体強度は生物の埒外にある。

 そして、魔物除けの葉プルスーによって、魔力を吸収される。


 俺の持っている魔物の知識など、精々それくらいだ。


 故に予習が必要だと判断し、出発前に王宮魔術師総任――シャイテル様に頼み込んで、魔物について書かれた書物を用意してもらったのである。


「では師匠、知ってますか? 魔物がどうやって誕生するのか」


「……勿論それくらい知ってますよ」


 師匠は身じろぎ1つせずに、多少低い声で答える。


「最初に魔石が生まれて、それを中心に魔物の肉体が生まれるんですよね」


「一応知識はあったんですね……」


 魔力が急激に増加し、場が飽和状態となることで、その魔力が結晶化したもの。

 それが魔石である。


 更に魔力が増え続けると、魔石を核として魔力が集まり、質量を宿す。

 それが、魔物誕生の流れなのだそうだ。

 

 ……道理で魔物が魔物除けの葉プルスーを、苦手とするわけである。


 プルスーは、大気中の魔力を吸収する特性を持つ。

 そして魔物はその魔石も血も肉も、全てその魔力由来の存在なのである。


 故にプルスーは、魔物から直接魔力を吸収できるということなのだろう。


 ……それにしても意外だ。


 師匠は、魔術バカだ。

 そんな師匠が魔物についての問題に、答えられるとは思っていなかった。


 ……子どもっぽい感情かもしれないが。


 それが少し悔しい。 


「それじゃあ、魔物が凶暴性を有する理由は知ってます?」


「……引っかけようとしても、無駄ですよ?

 凶暴性があるというのは、結果的にそうなってい・・・・・・・・・・だけで、実際は違います。


 魔力の補充のため・・・・・・・・……ですよね?

 魔力でその血肉が構成されているからこそ、魔力がなければ存在できない。


 故に魔力を持つ生き物を襲うことで、その魔力を我が物とし、自身の存在を維持しようとするわけです。


 その結果、凶暴性があるように見えるだけで。

 実際は、魔力を欲しているというべきかもしれませんね」


「……正解です」


 完璧な答えだった。

 そして、この内容から察するに――


「……ということは、アンファング村の魔物の数が年々増加していたのは――」


「貴方たち姉弟の魔力と、魔力ヴァイのせいかもしれませんね」


「知ってたなら、どうして早く教えてくれなかったんです?」


 ……事前知識があれば、魔物対策も他にやりようがあったかもしれないのに。


「仕方ないでしょう? 昔は知らなかったんですから。

 でも教えたところで、何も変わらなかったと思いますよ?


 貴方たちはあの段階で、魔物を倒せてましたし。

 どうせ魔力ヴァイは、魔力回復と資金作りのために育てていたでしょうし」


 ……鋭い。


 師の言う通りだ。

 仮にそれを知っていたとしても、俺たちの行動は変わらなかった可能性が高い。


 魔力を回復できるヴァイは、それ程までに貴重だった。


 俺たちで食べて良し。売って良し。味も良し。

 師匠の父の公爵様にも、高く売れたものである。


 ……なんなら。


 実験と称して、魔力ヴァイを囮として魔物を集め、倒してその素材を売り払う。

 そんなことをしていた可能性も0ではない。


「まあ、昔のことを言っても仕方ありません。忘れましょう。

 どうせ魔物は、問答無用で殲滅予定ですしね」


「いやいや、魔物の増加原因の特定を忘れないで下さいよ。

 師匠と姉さんがそんなノリを獣極国でやっちゃったから、前回は特定できなかったんですよね?」


「うぐっ⁉ 反省してますよ……」


 ……どうだろうか。


 声色は申し訳なさそうにしているが、目を覆った布のせいでその表情は見えない。


「とりあえず、この本はそのヒントになるかもしれません。

 俺はこの道中で、魔物の生態を極めてみせますよ」


「聖教国までの残り時間で魔物の生態について極められたら、その分野の研究者が号泣するでしょうけどね。

 ……まあ、お任せしますよ」


 本を抱える俺の姿を、師匠は布の中からチラリと覗くと、そう言って再び眠りについたのであった。




 聖教国ゲルディ。


 女神エンゲルディを信仰する国。

 規模はそこまで広い国ではなく、おそらく教育公爵領と同等か少し小さいくらい。


 しかし、その規模だからこそ国民全員がまとまりやすく、一途に女神を信奉できているのだろう。

 敬虔な信者が多いという話だ。


 国家の代表者は教皇。

 国家の象徴として、聖女が存在する国である。


「ねえ、ルング?」


「何でしょう、師匠」


 数時間眠りにつき、大分顔色の良くなった師が尋ねる。


 窓の外に顔を向ける俺たちの視線の先。

 そこにはそんな聖教国を囲う・・・・・・巨大な壁が見えており――


「何であの国の周囲、あんなに気持ち悪い魔力が溢れ・・・・・・・・・・てるんですかね・・・・・・・?」


「俺に聞かれても、分かりませんよ……獣極国ではどうだったんです?」


「確かに嫌な魔力はありましたが、あんなに多くはなかったような」


「だとすると、アレが魔物増加の原因ではない?」


 薄気味悪い魔力。


 憎悪を塗り固めたような、どす黒い魔力だ。

 見ているだけで不快な気持ちになり、心を乱す。


 そんな色合いの魔力が、そそり立つ壁の周囲を漂っている。


 ……根拠はない。


 しかし、確信があった。


 あの魔力は、魔物の増加に関わりがあると。


 アレが魔物の元となっているのか。

 それとも別の何かがあるのか。


 それはまだ分からないが、間違いなくあの不吉な魔力と関連しているはずだ。


 よく見ると、聖教国ゲルディより更に奥の空には、あの禍々しい魔力しか・・見えない。

 どうやらあの忌々しい魔力は、ゲルディの更に隣の国から流れて来たものらしい。


「師匠、ウチ以外でゲルディと隣り合っている国は――」


「ウバダラン王国ですね。

 こちらと接している地域には、あの魔力がないということは、ウバダラン由来のものなんでしょう」


「ウバダランって、どんな国なんですか?」


「どうといっても……あの国は鎖国中・・・ですからね。

 正直私も知りません」


 師匠は苦い顔をしている。

 見えている魔力への嫌悪感が、抑えきれないらしい。


 ……そしておそらく。

 

 俺も師と似た表情をしているのだろう。 


「それにしても、どうしてあの魔力はゲルディに入っていかないんでしょう?」


 ……不思議だ。


 あのむせ返りそうな暗い魔力に、ゲルディは一切侵されていない。

 むしろ、あの嫌な魔力の渦中にあることで、聖教国の美しさが際立っているようにも感じる。


「あれは、あの国自体が特別というか……。

 おそらく教皇の能力フェイに関わりがあるというか……」


 ……能力フェイ


 その言葉は、魔術学校学長のトラーシュ先生から以前聞いた言葉だ。

 前世の創作作品でいうところの、スキルに値するもの。


 ……教皇は、それ・・を持っているのか?


 だとしたら、警戒しなければならない。


 トラーシュ先生は言っていた。

 能力を持つ者は、異世界転移者が多い・・・・・・・・・と。


 もし教皇が異世界転移者だとするならば――


 ……俺をこの世界に転生させた犯人が、教皇の可能性もある。


「師匠、教皇ってどんな人なんですか?

 教皇の能力って、どんな能力なんです?」


 矢継ぎ早に飛ぶ質問に、師匠は子どもの様な笑みを浮かべる。


「まあまあ。どうせ教皇にはこれから会う予定ですから。

 詳しくは、到着してからのお楽しみということで」


 王宮魔術師は映画のネタバレを避けるように、俺を焦らしたのであった。

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