第127話 師弟関係は良好だ。

 王宮魔術師総任シャイテル・ドライエック。


 王宮魔術師筆頭にして頂点。

「最強の魔術師」議論の中では、魔術学校学長にして生ける伝説であるトラーシュ・Z・ズィーヴェルヒンと共に、必ずと言っていいほど挙げられる壮年の魔術師。


 その魔術は天を裂き、地を呑むとも言われている。


 姉弟との繋がりは、特別家庭教師枠。

 俺たちの恐るべき師匠こと、王宮魔術師レーリン様は、そのシャイテル様の指示によって派遣されたらしい。


 個人的な繋がりとしては、村長の魔道具で連絡を取ったこと――主に師匠についての密告である――がほんの数回程。


 実際に対面したことはなかったのだが――


 ……なるほど。


 件の王宮魔術師総任――筆頭魔術師を目の前にして・・・・・・、得心がいく。


 トラーシュ先生が大空なら、シャイテル様は深海だ。

 他者とは一線を画す、質量すら感じさせる魔力の深み。

 暗く重い藍色の魔力は、そこに在るだけにも関わらず、絶大な存在感を主張している。


 対峙するだけで感じる息苦しさ。


 あのトラーシュ先生とタメを張れる魔術師と聞いて、そんな存在が在り得るのかと思っていたが、それも頷ける魔力だ。


 ……どっちが強いのだろう。


 あくまで魔力のみの印象で予想するなら、魔術戦ならトラーシュ先生。

 何でもありの戦闘なら、シャイテル様といったところだろうか。


「……ところで師匠」


「何ですか、我が弟子ルング


 王宮魔術師総任シャイテル様と対面しながら、並び立つ師匠・・・・・・に小声で話しかける。


どうして俺は今・・・・・・・王城にいるんですか・・・・・・・・・

 それも、王宮魔術師総任の目の前に」


 そんな素朴な弟子の質問に、師は呆れたように答える。


「そんなの決まってるじゃないですか。私とのデートの為ですよ」


 隣の王宮魔術師ししょうは「ふふふ」と不吉に笑っている。


 ……魔術を叩き込みたい。


 全力でこの師匠に叩き込んで、この場から逃げ出したい。



 ランダヴィル伯爵領で師匠に捕まった俺は、あれよあれよいう間に王城ここまで連れて来られたのだ。


 師匠が唐突なのはいつものことにしても、ここは王城。


 彼女の実家――アオスビルドゥング公爵家と違って、部外者の入場には諸々の手続きが必要なはずなのに、当然の様に俺も入城できている。


 王宮魔術師の権力の無駄遣いも甚だしい。


「会うのは初めましてだね。アンファング村のルング君」


 真っ直ぐに伸びた背筋に、落ち着きのある声。


 癖のある白髪と同色の、両端の跳ねたカイゼル髭は、男性の威厳を更に際立たせている。


「はい、初めまして。

 王宮魔術師総任シャイテル・ドライエック様。

 特別家庭教師枠や、アンファング村への諸々の支援、ありがとうございます」


 感謝を込めて深く頭を下げると、


「そんなことをされても、困るなあ」


 困惑するような声が届く。


 頭を上げるとシャイテル様の青の瞳が、茶目っ気のある笑顔によって細められていた。


「私は申請に対して、仕事をしただけだからね。

 社会人として当然のことをしたまでだよ。


 むしろ君たちの開発した諸々のお陰で、私たちも助かっていることは多い。

 魔力ヴァイとかね。


 だから私に礼を言う必要はないさ!

 その気持ちは君たちを推した村長や、アオスビルドゥング公爵様に伝えると良い」


 パチン


 ナイスミドルの紳士によるウインクは、これまでの威厳ある姿と相まって非常に可愛らしく見えた。


 そして、そんなシャイテル様の姿に、ポロリと言葉が転び出る。


「……信じられない」


 ……王宮魔術師って、常識人が居るのか⁉


 あまりの衝撃に呆けてしまう。


 王宮魔術師に出会ったのは、シャイテル様で2人目だ。


 1人目は言わずもがな。

 王宮魔術師レーリン・フォン・アオスビルドゥング。


 何食わぬ顔で俺をここに連れて来た、我らが師匠である。


 魔術に関しては、紛れもなく天才。

 魔術研究のために命を懸けている存在であり、その人生全てが魔術で完結している圧倒的な実力者。


 ……しかし――


 代わりに常識はない。


 それは魔術に打ち込み、費やしてきたからこそ、常識を学ばなかった――学べなかったからだと思っていた。


 そして王宮魔術師という生き物は、多かれ少なかれ師匠と似た存在のはず。

 

 故に、こう考えていたのだ。


 ……王宮魔術師は変人しかいないのだと。


 そんなイメージがあったからこそ、シャイテル様の対応は衝撃的だった。


 ……まともな大人・・・・・・なのである。


 その上シャイテル様に関しては、師匠の特別家庭教師枠の講師だったというのも、変人イメージに拍車をかけていた。


 それが根本からひっくり返されるような、常識人ぶりである。


「なあ、レーリン君?」


「……はい、何でしょう? 総任」


「どうしてルング君は、私を見て涙ぐんでいるのかな?

 初めてクーグルン君と君が来た時も、似たような反応をされたけども。

 君は、日頃どんな指導をしてるのかね?」


「さあ? 私に聞かれても分かりませんよ。

 総任の髭が怖かったんじゃないですか?」


「相変わらず、敬意の欠片もないようだね!」


 シャイテル様はこそこそ師匠と話し合ったかと思うと、こちらに水を向ける。


「ルング君……大丈夫かい? 何かあったかい?」


「はい……王宮魔術師にも、まともな人がいたんだと、感動しています。

 師匠のせいで王宮魔術師って、狂人しかいないんだと思ってました。

 シャイテル様がまともだと知れただけでも、来た甲斐がありました」


「うん。今の内に訂正しておくけど……王宮魔術師って社会人だから。

 決してレーリン君の様な者ばかりじゃないんだよ?


 というか、レーリン君みたいなのが何人もいたら、職務が成り立たないからね?

 それは頭に置いておいて欲しいな。


 できれば、君の姉のクーグルン君にも伝えておいてくれると助かるよ」


 ……なるほど。


 チラリと師を横目に見る。


 姉弟から見てもおかしな人である師匠は、どうやら王宮魔術師の中でもぶっちぎりで変人の地位ポジションを築いているらしい。


「ちょっと! 2人とも!

 それだと私が『美人だけど少し変な人』みたいじゃないですか!

 というかルング! 貴方、私のことを狂人と思ってたんですか⁉」


「『美人』も『少し』も言ってません。

 そして俺に用件すら伝えず、無理矢理ここまで連れて来た師匠には、そう言われる資格が十分あると思いますが」


 シャイテル様はほんの少し目を見開くと、師にその視線を向ける。


「君……ルング君に、何も伝えずにここまで連れてきちゃったの?」


「いえ、違いますよ?

 決して面倒だったわけではなく、忘れていただけです!」


 ……それで引きずり回される、こちらの身になって欲しい。


 憐れみの籠められた視線を、シャイテル様から頂戴する。


「……まあ、いつものことですよ。

 姉さんも、似たような苦労をしたはずですし」


「そういえば獣極国に行く前、クーグルン君もこっちに連れて来てたねえ?


 レーリン君……まさかとは思うけど。

 君、可愛い教え子たちに、大変な思いとかさせてないだろうね?」


 刺すを通り越して貫くようなシャイテル様の視線に、師は大粒の汗を流す。


「まままさかあ。

 私がそんなことを、可愛い弟子たちにさせるわけが――」


「そういえば姉さんが、獣王と戦わされたと言ってましたが……」


「しーっ! ルングそれは言っちゃダメ!」


 しん


 シャイテル様の執務室が、一気に静まる。


「ルング君……ちょっと外に出ていてくれるかな?」


 優しげな声。

 不自然な・・・・笑顔。


 シャイテル様は俺を部屋から遠ざけようとし――


「ルング! ダメです!

 師匠のことを思うなら、今外に出てはいけません! 危険です!」


 師匠は引き留めようとする。


 相反する2種の言葉を前に、俺の答えは勿論決まっていたのであった。




「……さて、ルング君」


 しくしくしくしく


 正座が随分と板に付いている師匠を無視して、シャイテル様は俺に向き直る。


「君は誰かさんが、どこでどんな仕事をするのか一切知らないんだね?」


「はい。仰る通りです」


「そうか……」とシャイテル様は、師匠をひと睨みすると続ける。


「まずは場所だね。

 この不肖の魔術師は、聖教国せいきょうこくに行く予定だったんだ」


「聖教国……ですか?」


 聖教国ゲルディ。

 以前読んだ歴史書に載っていた名前である。


 その特徴は確か――


「女神信仰の強い国ですよね?」


「よく勉強しているね。誰かさんならきっと知らなかったろう」


「それくらい知ってますよ!」という師匠の言葉は、当然の如く無視される。


「その聖教国にも、獣極国と同様に魔物が大量に出現しているらしい。

 だからその原因の分析と排除が、今回のレーリン君の仕事なのさ。

 勿論、魔物の殲滅も込みでね」


「ただね――」とシャイテル様は続ける。


「今回も他国での仕事――それも国の威信を背負った重要な仕事だ。

 私はてっきり、またクーグルン君と仕事に当たるとばかり思っていたんだよ。

 彼女の実力は、折り紙付きだしね。


 勿論ルング君が実力者なのは、見ていれば・・・・・分かる・・・

 しかし私からすると、可愛い孫弟子を危険に晒したくない気持ちもある。

 なのに今回はどうしてルング君と行くのか、説明できるかね? 我が弟子レーリン


 好々爺然とした雰囲気は鳴りを潜め、真剣な声色が師匠へと届く。

 しかし師匠はそんな状況も、どこ吹く風の様子だ。


「ええー言わなきゃダメですか?」


「勿論。説明できなければ、私が全力で止めるよ?」


 師の桃色の瞳が俺を捉えると、恥ずかしそうに目を逸らす。


「……クーグから『ルングが特殊属性魔術を学びたがっている』と聞いたからです。

 聖教国は特殊属性――中でも光属性の教育が盛んな国ですから」


「師匠……」


 ……温かい気持ちが、胸中に広がる。


 なんだかんだで、弟子のことを考えてくれていたらしい。


「まあ、楽をしたいというのも勿論ありますが!

 私は一石二鳥タイプなので!」


 妙に明るく師匠は言い放つ。


 しかし――


「師匠、顔真っ赤ですよ?」


「う、うるさいですよ! 弟子なんですから私を立てなさい!」


 照れ隠しなのは明らかだ。

 

「ふふふふ……そういう理由なら、受け入れざるを得ないね。

 王宮魔術師レーリン・フォン・アオスビルドゥング。

 王宮魔術師総任シャイテル・ドライエックが、君の弟子ルング君の同行を許可しよう」


「やれやれ……無駄に恥をかきましたよ」


 そんなことを言いながら、師匠はようやく立ち上がる。


「そもそも総任はその話を、前回クーグから聞いてたでしょうに。

 なんでわざわざ、私から言わせるんですか?」


「そりゃあ嫌がらせだよ。

 もう1人の孫弟子クーグルン君を、獣王なんかと戦わせたバカ弟子に対する」


「す、すみません……謝りますから始末書だけは勘弁してください!」


 王宮魔術師総任にして、レーリン様の師匠シャイテル・ドライエックは、縋りつく弟子を無視して俺に穏やかな笑顔を向ける。


「それじゃあ、バカな弟子をよろしく頼むよ。ルング君孫弟子

 全力で新しい魔術の勉強を楽しんでおいで」


 コクリと素直に頷く。


「承知しました。師匠。

 ちゃんと師匠がサボらないように、見張りつつ勉強させてもらいます」


 俺の言葉に、シャイテル様の笑みが深くなる。


「ちょっと総任! 私バカじゃないですし!

 それにルング! 私はサボったりしたことないでしょう⁉」


「いや、師匠はいつも――」


「ほほう、君はそんなことを――」


「いやああ⁉ それは嘘で――」


 師弟3の声が室内から漏れ、王城内に響く。

 こうして俺たち3人は、配備された騎士にこっぴどく叱られたのであった。

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