第123話 姉妹と契約した理由。
「ルング様! この魔道具の使い方は、これで良いんですか?」
タッタッタッ
冬の晴れた空の下。
少女がこちらに駆けてくる。
鮮やかな黄色の髪に、軽やかな足取り。
その顔に浮かんでいる天真爛漫な笑みは、昔の姉を想起させる。
ただ、その姉とは明らかに違う部分が、少女にはあった。
ブウンブウン
ピコピコ
ゆっくりと左右に振られる尻尾と、頭上で動く動物――おそらく猫だろうか――の三角耳だ。
少女は
優れた聴覚と嗅覚に、高い身体能力。
代わりに魔術適性は俺たち――獣人や他の人類種に対して、
その獣人の少女の手には、俺とザンフ先輩で開発した魔道具――雨の魔道具が握られていた。
既に刻まれた魔法円は輝きを帯び、その魔術の発動を今か今かと待っている。
「バッチリだな。後は魔法円に手を置いて、詠唱するだけだ」
少女は興奮冷めやらぬ様子で、輝く魔法円を見ている。
……それにしても――
「
「はい、そうですけど……ダメでしたか?」
大きな目を丸くして、少女は首を傾げる。
「悪くないが……様付けは少し偉そうだから、
俺に関してはそうだな……
「わかりました、社長!」
少女は威勢のいい声と共に、ピシッと魔道具を振り上げる。
「では起動して見せろ、
全力を尽くし、見事に成果を出してみせろ!」
「ははあ!」
少女はノリのいい返事をすると、目前にある畑へとその足を向ける。
歩きながら少女が魔道具に手を置くと、魔法円はより強く輝きを帯びた。
……どうやら。
獣人でも、魔道具は問題なく起動できそうだ。
「ラーザちゃん、ちょっと待って?
今ここで発動されちゃうと、私たちびしょ濡れに――」
「『
フリッシ様とラーザが、濡れ鼠――耳的にラーザは猫かもしれない――になるのを微笑ましく見守っていると――
「……意外と面倒見が良いんだな」
背後から、
「面倒見が良いも悪いも、ラーザは真面目な子ですから。
手間なんて全くかからないし、勤勉ですし。
村の悪ガキたちとは月とスッポンですよ。
この畑の持ち主である、ランダヴィル伯爵。
その嫡男であるザンフ先輩だ。
「やっぱりさっきラーザに言ってた貴族って俺のことか⁉
謝れ! 心の底から!」
興奮した声に仕方なく先輩へと目を向けると、そこには相変わらずの無愛想な顔があった。
……普段からこんな顔だから、本気で怒っているのかどうかわからない。
「断ると言いたいところですが……まあ、そうですね。
俺も
「また含みのある物言いを……」
不満そうな先輩に、言葉を続ける。
「ええ。
あの時――獣人の少女たちの話を、先輩の部屋で聞いた時。
やたらと顔を手で覆っているなと思っていたら、この先輩は涙を流していたのだ。
無愛想ゆえに分かりにくいが、意外と涙脆いのかもしれない。
「ぐっ……」
「おかげで苦労しました。
まったくもって、大変でした。あーあ、肩が凝った。
先輩が説明すべきだったことも、俺が全部話す羽目になりましたし」
「す……すまんかった」
俺の
落ち着きなく目が動いているあたり、本人にも罪悪感はあるようだ。
「……まあ、良いですよ。
先輩は、途端に恐怖の形へと顔を歪める。
「お前もしかして……来た初日――畑を見た時から、
だとすると、マジで怖いんだが!」
先輩とした初日のやり取り。
……もし、盗んだ犯人が判明したらどうするのか
先輩は俺とのあの問答を、どうやら覚えていたらしい。
「まさか。まあ人手がないと聞いた段階で、可能性としては考えていましたよ?
ですがそれも、彼女たちの事情や人柄次第でした。
そういう意味では、最善を得られたのは彼女たちの人徳のおかげと言っても良いかもしれません。
……幸運でしたね」
初日、畑を見た時に覚えた違和感。
「盗った野菜の数が、少な過ぎないか」
その違和感から、こんな仮説を立ててみたのだ。
……本当は犯人も、野菜を
勿論、犯行の発覚を恐れる気持ちもあったのだろうが。
しかし犯人にはそれだけでなく――出来得る限り
だからその日は、犯人の調査に専念したのだ。
行ったことは、至ってシンプル。
野菜の魔力の追跡である。
犯人たちの気配は分からずとも、持って行った野菜の魔力は畑に残っていた。
故にその魔力を手掛かりに、犯人の足取りを追ったのだ。
追跡方法にも、細心の注意を払った。
見張りに全く見つかっていないことから、犯人たちは気配に敏感なのだと判断し、
その尽力の末に発見したのが、三姉妹の住んでいた洞窟である。
彼女たちがあんな所に住んでいる事情は、その時は分からなかったが、外からでも得られる情報はあった。
魔力――
生物には、大なり小なり魔力が宿っている。
洞窟内部に存在する魔力を探ると、目立つ輝きが
動き回る大きな3つに、身動きのない少し小さな1つ。
長時間監視していると、
この時点でピンときた。
3つの大きな魔力が
そしてもし犯人たちが、こちらの被害を抑えたいと考えてくれているのであれば、作物を全て食べ終わってから、再び畑を訪れるのではないかと。
そう考えて洞窟を観察し続け数日。
野菜の輝きが全て犯人たちに吸収された日に、畑の地中で網を張っていたら、2人の少女がやって来たというわけである。
「獣人と知った時には、流石に驚きましたが。初めて見ましたし」
そして、これまで見張りに発見されなかった理由にも、得心がいった。
先輩の身内からの情報の有無など、彼女たちには関係なかったのだ。
獣人には、鋭い知覚能力がある。
それを活用し、畑の脇にある森の中で、人の居ない
「父上から魔物の増加に伴って、獣人の移民が増えているとは聞いていたが……関わったのは今回が俺も初めてだよ」
「号泣したのは?」
「それもまあ……初めてだが。何か文句あるか?」
「いえ、無いですよ。だからそんな泣き腫れた目で見ないでくれます?」
「コイツ……文句しか言ってねえな⁉」
先輩は呆れた様に息を吐く。
「それであの姉妹たちは……お前のお眼鏡に適ったってことか?」
「ええ、勿論」
先輩の問いに即答する。
畑で長女を捕らえた時にはもう、彼女たちを雇いたいと思っていた。
次女を逃がそうとする長女に、捕らえられた長女を救おうとする次女。
その献身的な姿に心打たれた。
しかしそれが確定したのは、三女が俺に対峙した時だ。
そんな心優しい姉たちを守りたいという少女の気持ちは、同様に姉を持つ俺には、痛いほど理解できたのだ。
姉の役に立つ機会が欲しくはないかと。
姉を守りたくはないかと。
そして少女は、自らの細腕でその機会を掴み取ったのだ。
結果的に住居や畑は伯爵家が提供し、少女たちの給料は俺が払うということで、話は丸く収まったのである。
給料を払うのは、多少の痛手ではあるが別に構わない。
今は
……加えて言えば。
少女たちを契約で繋ぎ止めたのは、姉妹への感傷だけでなく、
例えば――
ガサガサガサガサ
俺と先輩の背後にある草むらが、突然揺れる。
そこに視線を向けると同時に――
「うううう……クセェ」
草むらから、先程の少女とよく似た猫耳頭が飛び出してくる。
調子が悪いのだろうか、ペタリと伏せられた三角耳。
口調と動きは、精彩を欠いている。
「どうした?
社員ナンバー1、ラーザのすぐ上の姉。
次女ヴィッツンが、ぐったりと草むらから身を乗り出していたのであった。
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