第118話 予定は既に考えている。
「そういえばルンちゃんは、
木製のテーブルと、セットになっている4脚の椅子。
その内の1つに腰掛けた姉が、対面に座る俺に問う。
「予定か……」
ふと見上げた天井では魔道具が輝き、室内を照らしている。
……今後の予定となると――
「共同研究も終わったし、水と土の詠唱魔術もある程度は学べたからな。
そろそろ、特殊属性魔術の研究もしてみたいな」
火と風は
水は中位クラスの生徒たちと。
土はザンフ先輩や授業で。
基本4属性の詠唱魔術は、概ね触れたといっていいだろう。
であれば次はいよいよ、それらに属さない特殊属性魔術に踏み込んでみても良いかもしれない。
今のところ特殊属性の中で俺が扱えているのは、無詠唱の治癒と身体強化。
そして、自力で編み出した軌道調整魔術くらい。
しかし当然ながら、特殊属性魔術はそれだけには収まらない。
他にも無数に存在している。
有名どころだと光と闇。
多少聞き覚えのあるものだと雷。
……そして――
最強の魔術師トラーシュ先生から聞いた
俺が研究したいのは――いや、全部興味はあるのだが――召喚魔術である。
……俺が
召喚魔術はその中でも「手段」に関連している可能性があるからだ。
しかし残念ながら、まだ俺は
名誉のために言っておくと、図書館に存在する文献等は既に探し終えている。
魔術史についてまとめられた歴史書や、大量の特殊属性の論文。
授業や共同研究の合間にそれらを検分していたのだが、召喚魔術に言及しているものはほとんどなかった。
述べられているとしても、異世界の勇者召喚ぐらい。
精々1,2行程度で、詠唱や魔法円の詳細は一切載ってなかったのだ。
……上級魔術と同様に、これも自分で探せということなのかもしれない。
しかし取っ掛かりすらない状態で、召喚魔術――新たな魔術の研究に取り組むのは、危険が伴う。
場合によっては、自身や他者の生死すら関わるかもしれない。
……それなら先に、別の特殊属性に触れておきたい。
できれば有名どころ――光か闇のどちらかから研究し、それを特殊属性魔術研究の足掛かりとして、最終的に召喚魔術に辿り着く。
それが今のところ俺が描いている絵である。
そうなるとまずはと考えたところで――
「特殊属性面白いしね!
私の研究も今は特殊魔術の……って違うよ、ルンちゃん!
確かにルンちゃんの研究予定も気になるけど、今はそっちじゃないよ!」
姉の否定によって、意識を引き戻される。
「研究予定じゃないのか? それじゃあ、何の予定だ?」
「これだからルンちゃんは……」
やれやれとでも言うように、姉は嘆息する。
「何って決まってるじゃない!
もうそろそろ、
その予定をどうするのって話!」
……そういえば、そんなのもあったな。
学生にとっての一大イベント。
冬の長期休暇だ。
大位クラスは基本的に自由行動なので、すっかり頭から抜け落ちていたが。
「姉さんはどうする予定なんだ?
やっぱりアンファング村に帰省するのか?」
「うーん、本当はそのつもりだったんだけど……。
先生に呼び出されちゃったんだよね……。
『暇なら仕事を手伝ってください』って」
そう言って、姉は肩を落とす。
「師匠に? それはまた……災難だな」
王宮魔術師レーリン様。
俺たちの魔術の師。
口調だけは丁寧だが、疑いようもなく常識の枠から外れた変人である。
そんな人に呼び出され、共に過ごす冬季休みなんて、休みにならないだろうに。
「でしょう! 私可哀想だよね? ねっ?」
何かを訴えかけるような表情。
人気の理由がよく分かる、とても可愛らしい表情なのだが――
……油断してはならない。
少女がこんな顔をしている時は、大抵こちらにも被害があるのだ。
「
……なるほど。
この姉は、自分以外の生贄を用意しようとしている。
実の弟も
「……ちなみに、何用で呼び出されたんだ?」
「魔物退治の手伝いだよ!
場所は隣国って話だから……多分、
最近、魔物が増えてるらしいし」
「どの国も、魔物は増加傾向じゃなかったか?」
「あれ? そうだっけ?
……まあ、良いじゃない! それでどうする? 行く? 行くよね?」
姉はテーブルから身を乗り出して、俺の腕を捕らえる。
ガシッ!
魔術師とは思えない力強さ。
このまま何も答えなければ、力尽くで連れて行かれる。
そう確信させる勢いだ。
だが――
「ふ……残念だったな、姉さん」
ニヤリ
俺の笑みを見て、姉の顔が驚愕に彩られる。
「ルンちゃん……まさか⁉」
「そのまさかだ。俺には既に予定がある」
「そんな……ルンちゃんは、引きこもって研究するものだとばかり」
ガタガタ
大袈裟に椅子から立ち上がる姉に、俺は淡々と伝える。
「甘いな、姉さん。人は成長するものだ」
「ほ、ホントかな? 嘘は通用しないよ?」
ごくり
半信半疑の目で生唾を呑み込む姉に、残酷な事実を告げる。
「本当だ。俺はこの冬季休み、
魔術学校の庭園にて、フリッシ様が俺に持ってきた伝言。
それは彼女の兄――ザンフ先輩からの相談だった。
どうやら
曰く「
……情報が明らかに不足していた。
いくら本人が口下手だからといって、まさか手紙まで口下手――筆不精だとは。
作物が無くなる原因は、いくつか思い付く。
本来ならそれを手紙にまとめ、フリッシ様に託しても良かったのだが――
……面白そうだ。
好奇心が、頭をもたげたのである。
ザンフ先輩が魔道具を用いて育てた作物の中には、ヴァイもあったはず。
その元となる種は、俺が渡したもの。
育てるのに使用した魔道具も同型。
育て方も、先輩には伝えてある。
ここまで揃えたヴァイの生育状況に、差異は生まれるのか?
そういう興味である。
差異の有無次第で、また新しい研究に繋がる可能性も高い。
ヴァイの収穫も終え、手は空いている。
生まれてしまった好奇心に、蓋をする理由は一切なかった。
その場でフリッシ様に「農業伯爵領に行って、直接確認したい」と試しに言ってみると、優しい少女は快く了承してくれたのだ。
「ザン君の所……
いいなあ。あそこって、ご飯が美味しいんだよ!」
「気持ちは理解できるが、行儀が悪いぞ」
じゅるり
姉は夕食後にも関わらず、涎を垂らしそうになっている。
「……私も行きたいなあ。行っちゃダメ?」
少女はわざわざ椅子に座り直し、甘えるような上目遣いを繰り出す。
キュルンと効果音が付きそうな愛らしさである。
「可愛く言ってもダメだ。師匠から頼まれてるんだろう?」
……実を言うと。
姉が師匠との約束をすっぽかす分には、正直構わない。
どうせ叱られるのは、少女だけなのだから。
問題は、俺が同行していたとバレること。
そうなると、後々面倒に巻き込まれることは必定である。
……絶対に、それだけは避けたい。
「えっ? 私、可愛い?」
「ああ。可愛い可愛い」
「心が籠ってないー」と頬を膨らませながら、少女は続ける。
「仕方ないなあ、諦めて先生のお世話してくるよ。
ところで、私は行けないとして……ルンちゃん1人で行くの?」
「ああ。アンスを誘ったが、断られた」
フリッシ様に確認したところ問題なさそうだったので、丁度その場にいたアンスも誘ってみたのだが――
「ごめん、冬季休みは実家関係の役目があるんだ」と、残念そうな表情で断られた。
「ああ、ルンちゃん唯一の友だちが……」
「唯一ではないぞ?
リッチェンだって友人だし、今回訪れる伯爵領にはザンフ先輩も、その妹のフリッシ様だっている」
その俺の言葉に、
「……えっ?」
姉は何故か狼狽している。
「何を動揺してるんだ、姉さん。
ザンフ先輩の実家なのだから、先輩がいるのは当然だろう?」
「いや、それはそうなんだけど……ザン君、妹いるの?」
「ああ……言ってなかったか?
水の中位クラスの授業で一緒になったんだ。魔術に熱心な優しい子でな。
なんならこの話は、妹のフリッシ様と取り決めたんだぞ?」
姉は途端に腕組をすると、真剣な顔で何事かを考え始める。
真面目な横顔も絵になるのが、少女のズルい所だ。
そんな絵になる系美少女は「よし」と呟くと、俺に笑顔を向ける。
「ルンちゃん、ダメです。女の子がいるなんて聞いてません」
「それはそうだろう。今伝えてるんだから」
「ぐぬぬ……」と少女は唸るが、引く気はなさそうだ。
「ダメなものはダメ!」
「いや、別に姉さんの許可がなくても――」
「ダメです!」
大きくバツマークを出す。
……正直意外だった。
姉の
少女は割と理性的――魔術師的な人間だ。
一見すると喜怒哀楽の動きが大きく、感情的に見えるが実際は違う。
少女の中に理屈があり、その
それは何かを否定する時も同様だ。
故に理由も明らかにせず、こんな風に反対されるのは滅多にない。
……しかし。
長年彼女といるからこそ、わかることもある。
「ダメ」と言ってはいるが、それはあくまで表面的。
本当に伯爵領に行かせる気がないのではなく、何か条件があるような――
……これ、考えるより聞いた方が早いな。
「じゃあ、どうすれば行くのを許可してくれるんだ?」
姉はニヤリと笑う。
「話が早い……さすがルンちゃんだね。私の心を読むなんて」
「まだ、そんな魔術は使えないが」
「私もだよー」と笑顔で応えると、少女は流れるように言葉を紡いだ。
「ルンちゃんが羽目を外さないように、リっちゃんを見張りに付けます!
それなら許可を出しましょう!」
後日リッチェンの意志を確認後、フリッシ様に伺いを立てると、無事同行は認められた。
こうして俺たちは、冬季休みに農業伯爵領を訪れることが正式に決まったのである。
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