13歳

第117話 経営規模は拡大している。

「ふふふふ……ははははは!」


 魔術学校の庭園――今は畑も増えているが――に、笑い声が木霊する。

 丁度少年と青年の中間の声色。

 声変わりの始まった、愛らしさと落ち着きの狭間で揺れる、蠱惑的な声色だ。


 晴れ渡った冬空の下。

 声の主は、心底愉快そうに笑い続けている。 




「ルング……どうして君はこんな寒い中、バカ笑いをしてるのさ?」


 赤のローブを羽織った貴族然とした少年――アンスが尋ねる。


「ふふふ……アンス。これが笑わずにいられるか」


 持っていた収穫物・・・を、アンスに向けて差し出す。


「収穫だぞ。大収穫だぞ」


 黄金のヴァイだ。

 それを両腕いっぱいに抱え、赤の少年に見せつける。


 ザンフ先輩と開発した魔道具たち・・

 それを使用して育てた・・・・・・・ヴァイである。

 俺たちの苦労の結晶は無事望み通りの働きを見せ、ヴァイも美しく育ってくれたのだ。


 ……余談だが――


 雨の魔道具を開発後、結局畑を耕す魔道・・・・・・具も開発した・・・・・・

 土の属性であることもあり、魔道具制作の役割を入れ替えて、俺が媒体・・・・を、先輩が魔法円構築・・・・・・・・を担当したのは、いい思い出である。


 今回は庭園の実験畑に用いたが、無事に収穫まで至ったことで、実用化の目途は立った。

 今後はアンファング村実家に送り、両親に畑で試してもらうつもりだ。


 ちなみに共同開発者であるザンフ先輩はこの魔道具たちを、既に農業ランダヴィル伯爵領での農地開拓や、耕作作業に役立てているらしい。


「その上、姉の婚約者商売ビジネスも更に進化した。

 俺たち姉弟の将来は、安泰といっていいだろう」


 ……圧倒的愉悦。


 やはり金と権力と力は、人の心を豊かにする。

 もうこれを、義務教育で教えた方が良いのではなかろうか。

 いずれ公爵様に提案してみたい。


「魔道具の件は父上からも聞いてたけど……クーグルンさんのはまだ続いてたの?」


 アンスは猜疑心に溢れた顔で、ヴァイを束ねている俺を見ている。


「当然だ。あの婚約者商売ビジネスはうちの稼ぎ頭だぞ? 止める気はない」


「あのビジネス、稼ぎ頭なんだ……世も末だなあ」


 呆れる様な、諦める様な。

 そんな不思議な口調である。


「まあ、さすがに俺への挑戦者は減ったがな」


「……それだと稼げなくない?

 クーグルンさんを餌にして、君への挑戦者を集め、全員から参加費をせしめる。

 その参加者たちをわざと・・・接戦で打ち負かし、何度も挑戦させる。

 それが、君の商売の肝のはずだろう?」


「言葉に含みがある気もするが、概ねその通りだ」


 ……さすがは公爵家嫡男。


 ただのボンボンではないということか。

 完璧な説明である。


「挑戦者が減ったなら参加費も取れないから、利益は出ないんじゃ?」


「鋭いな。だから今は『俺に挑む』という形式自体を排している・・・・・


「……どういうこと?」


「よくぞ聞いてくれた!」


 ……結局のところ――


 接戦を演出し続けたところで、俺が勝ち続ける以上その商売の伸びしろは無いに等しい。


 当然といえば当然だ。


 けいひんが手に入るかもという期待感こそが、この商売の肝。


 俺が勝ち続けるということは、その希望を減衰させていくのと同義だ。

 それではいずれ、諦める者だつらくしゃが出る。


 そんな顧客離れを防ぐ。

 それには、新たな方向転換が必要である。


 故に俺は――


 ルングという鉄壁の守りの排除。

 その代わりとして、景品の降格ダウングレード形式変更ゲームチェンジ


 上述の2点を新たに提案したのだ。


 まず勝者の景品を「姉への婚約・結婚の申し込みの権利」から「姉と話ができる権利」へと変更した。


 ……これは我ながら、思い切った決断だったと言えよう。


「婚約・結婚」が「話をするだけ」になるだなんて、普通なら・・・・噴飯ものだ。

 俺が袋叩きにされてもおかしくない。


 ……しかしそれはあくまで、姉が普通だったらの話。


 12歳で大位クラスに入学した、平民生まれの天才。

 魔術の基礎4属性を、呼吸するかの如く扱う才女。

 性格は明るく快活で、見目麗しい少女。


 俺の入学時点で、既に姉は人気者だった。


 しかし今の少女の人気は、あの頃の比ではない。

 その人気――価値はここ数ヶ月で急騰している。


 理由は単純だ。

 鉄壁の守り手おれの存在である。


 姉を手に入れようとする魔の手を、俺が全て返り討ちにしたことによって、少女は誰のものにもならず聖域化されたのだ。


 いわゆる高嶺の花。

 あるいは理想の具現。


 言ってしまえば少女は、偶像アイドルとして祭り上げられたのである。


 そうなってしまえば、話は早かった。


 手に入れようだなんて烏滸おこがましい。

 そんな思想がいつの間にか・・・・・・、姉目当ての貴族ファンたちの間で席巻し始めたのだ。


 姉を見ることができるだけで幸せ。

 声を聞けたら天にも昇るような気持ちに。

 笑顔なんて見せようものなら、世界が平和に。


 そんな価値観を広めさせ――もとい。

 価値観が広まったのだ。


 そんな中、偶々偶然・・・・タイミングよく・・・・・・・俺が提案したのだ。

「姉とお話する権利を賭けて、大会を開きませんか?」と。


 この流れの結果、景品と形式変更は容易に受け入れられた。


 優勝者のみが、姉とお話できる特権・・を得るトーナメント方式。

 参加料は彼らにとっての偶像アイドルたる姉と、その家族・・・・に還元されるシステム。


 そして参加者限定で販売される、姉に関する小型魔道具――マドウグッズ。


 ……前世のスポーツ大会や、アイドル業を参考に始めたこの商売だが――


 当たった。大当たりした。


「少しでも、少女と接点を持ちたい」という本気ガチ勢や「噂の天才少女と話してみたい」といったライト勢。

 参加料を下げたことにより「魔術の実戦演習をしたい」という新興勢力まで出現し、参加数は加速度的に増加。


 今では年齢別、性別、総合大会といった各大会が開かれ、姉と会話する権利を巡って各所で魔術師たちがしのぎを削っている。


「――というわけだ」


「君は……どうしてそんなのばっかり思い付くかなあ」


 友人は頭を抱えている。

 俺の経営手腕に、称賛が止まらないらしい。


「そう褒めるな」


「……褒めてないんだけど。

 その上、最近また何か始めたんだって?」


「耳が早いな……アンスも参加してみるか?

 広がった人脈を基に構築した、婚約・結婚相手紹介サービスに!」


 こうして姉の婚約者商売や大会ビジネスを通じて、俺のネットワークもまた広がり続けている。

 それを利用して新しく開始したのが、俺を中心とした出会いのシステムだ。


 ……前世で言うところの、結婚相談所やマッチングサービスである。


「断るよ。私に結婚や婚約はまだ早いし」


「そんなことを言わずに参加しよう。アンスの需要は高い」


 ……公爵家の跡継ぎで、整った容貌の持ち主。


 それだけでも少年の人気は引く手数多あまただ。

 その上優秀な魔術師であり、性格が良いことでも有名。


 超優良物件といって、差し支えないだろう。


「というか君のその商売的に、私に需要あるのおかしくない?

 まだ私は13歳。結婚できる年ではないんだけど」


「アンス。将来性が感じられるのなら、青田買いをするのがプロだぞ?」


「何のプロなのさ……」


 ……目利きとかだろうか?


 我ながらよく分からない。


「逆にアンスも、狙い目の令嬢が居るなら紹介可能だぞ?

 姉さん目当てに、俺に挑んできた令嬢たちも大勢いるからな」


「そもそもその御令嬢たちなら、私は対象にならないんじゃ……」


 ……ところがどっこい。


 令嬢たちから「アン様は参加しないのですか?」と、多くの要望を受けたのだ。

 彼女たちの言葉を借りるのなら「別腹」らしい。


「うーん」と、アンスは複雑そうな表情を浮かべている。


 自身の人気は嬉しい。だが俺の悪行に加担するのはちょっと。

 そんなことを考えていそうな顔だ。


 ……犯罪は一切行っていないのだが。


「まあ……仕方ないか。アンスは秒読みだものな」


「え……? 何のこと?」


 少年はキョトンと首を傾げる。


「何をすっとぼけている。君はメイドのメーシェンさんのことを――」


「わああぁぁぁぁ! なんてことを淡々と言うんだ⁉」


 赤毛の少年から、噴き出る様に魔力が生じる。


「おい、恥ずかしいからって魔力を放出するな。

 ヴァイにムラが出たらどうする」


 次回の畑用の種は、このヴァイから採種予定だ。

 今から種に魔力差が生じるのは、研究に差支えがある。


「ご、ごめん……って違う! そうじゃなくて!

 恥ずかしいとか以前に! なんでそんな話になってるんだ⁉」


 赤ら顔で少年はこちらに詰め寄る。

 激昂しているつもりだろうが、迫力は感じない。


 こっちは彼の姉ししょうによって、死線を何度も彷徨ってきているのだ。

 この程度では脅しにもならない。


 そもそも――


「アンス、君の想い人がメーシェンさんというのは、周知の事実なんだぞ?」


「えっ? どういうこと……?」


 赤くなるやら青くなるやら。

 少年の顔色の変化が忙しい。


「俺はこの話を、公爵様・・・から聞いたんだぞ?」


 公爵様とは、紹介サービスで得た情報・・・・をやり取り・・・・・している。


 無論、進行形の顧客・・・・・・には守秘義務があるため、それは伝えない。


 しかし既に結ばれたカップルの情報は、その範疇に入らない。


 どうせ貴族カップルの噂など一瞬で出回る。

 それなら新鮮な内に売り捌こうと、真っ先に公爵様に持ち込んでいるのだ。


 その交渉の中で、公爵様が俺の情報を値・・・・・・・・・・切る材料として提供し・・・・・・・・・・のが、アンスの恋愛事情である。


「父上……なんで知ってるんですか……」


 衝撃的事実に、少年は呆然としている。

 というか、その言葉はもう認めているも等しい。


「まあ俺も、そうなのかなと思っていたしな。

 当人と一部を除いて、アンスと親しい者なら皆知ってると思うぞ?」


 ……おそらく知らないのは――


 人の心を理解しているか怪しい、師匠ぐらいじゃなかろうか。


「私って……そんなに分かりやすいのか……」


 アンスの燃えるような髪色が、心なしくすんでいる。


 ……まあ、気持ちはよく分かるのだ。


 思春期男子にとって好きな子がバレるというのは、世界がひっくり返るくらいの衝撃があるのだから。


「ふ……安心しろ。顧客ではないが、一応秘密にしといてやる。

 相場が上がりきったところで売り払い、ちゃんと分け前はやるからな」


「……なにも安心できない。

 君が本当に友人なのかも疑問だ……」


 整った顔は、げっそりとやつれている。


「……とりあえずだ。

 俺の顔の広さは、分かってくれたようだな。


 こうして貴族事情を把握し、いずれこの国全土の人脈ネットワークを手に入れる予定だ。

 市場が拡大するのなら、他国への進出まで視野に入れている」


「今、このバカを討ち取らないと、マズい気がする……。

 でも優秀だから、討てば国益が損なわれる……どうしたものか」


 友人が恐ろしいことを呟いている気がするが、まあ冗談だろう。


「というわけで、俺のサービスに名前だけでも参加してくれるな?」


「それ、脅しだろ⁉ 君は今、私を脅しつけているだろ⁉

 無表情で言うな! せめて笑って言え!」


「やれやれ、我儘な……」


「あのー……ルング君たち! 今いいかな?」


 そんな俺たちを、背後から呼び止める声。


「ほら、アンス。

 俺がどれだけ貴族社会に寄与しているかわかるだろう? 新たな獲物だ」


「絶対止めた方が良い。

 いつか刺される……というか刺すよ。私が」


 不穏な友人を放置して新たな顧客に、にこやかに振り返る。


「はい、お客様。今なら大丈夫ですよ」


「アハハ、ごめんね!

 お客さんじゃなくて、兄様からの伝言を届けに来ただけなんだ」


 ……俺たちの視線の先には――


 水の中位ちゅういクラスで共に学び、共同研究の時にお世話になった、ザンフ先輩の妹――フリッシ様がいたのであった。

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