第116話 先輩は後輩との共同研究を楽しんでいる
魔道具を持っている
すると――
ボウ
魔道具に刻まれた魔法円が、更なる輝きを帯びる。
銅貨のネックレスに、
ドレスから伸びる両足には、黒い
魔道具起動のために
「なあ、ルング。何であの子は……ドレス姿なんだ?」
「さあ。最初からあんな感じでしたし、好きなんじゃないですか?」
彼女の幼馴染にして、
幼馴染の話題であろうと、愛嬌の無さは変わらないらしい。
……よく妹に「ちゃんと愛想よくして!」と叱られる俺が言える台詞ではないのだが。
こいつはこいつで、社会生活をやっていけるのか心配である。
心配の対象となっている少年は差し当たり、一心不乱にメモを取っていた。
勢い良く書き込まれていく文字。
紙が次々と捲られ、消費されていく。
魔道具の起動実験の
それが俺たちの、今日の目標だった。
ちなみに参加人員は、前回の実験にも協力してくれた騎士学生たち20人。
……大丈夫そうだな。
魔法円は、既に輝いている。
この時点で、魔術は発動したも同然だ。
これから起こるのは間違いなく、最早見慣れてしまった
シャシャ
そのはずなのに、ルングは飽きる様子もなくメモを取り続ける。
その熱意に溢れた姿勢に、嫌でも自身と少年の違いを意識してしまう。
俺には見えていない何かを、
そんな気にさせられる。
……年下相手にみっともない話だが、少々悔しい。
「『
少女の詠唱と同時に魔法円は予定通り展開し、魔力が円に満ちると、すぐさま雨が降る。
「それにしても……よく
前回は、20人中6人しか起動しなかった魔道具だが、今回は目標通り、これで20人全員が起動を成功させたことになる。
それが意味するのはつまり――
……この魔道具の使用条件を、特定できたということだ。
「まさか……
言葉にすれば、使用条件はたったそれだけのこと。
複雑な手続きも、手順も、儀式も必要なく。
誰も思いつかなかったのが不思議なくらい簡単で、あまりにも単純だった。
しかし、その効果は劇的といっていい。
たったそれだけで、前回魔道具を扱えなかった学生たちが、皆扱えるようになったのだから。
印象的だったのは、彼らの弾けるような笑顔だ。
特に前回起動できなかった学生たちは、有頂天だった。
「この魔道具を持ち帰りたい」と言い出す者までいたくらいだ。
……騎士を目指す学生に、この魔道具が必要だとは思えない。
だがそう言いたいくらい、嬉しかったのだろう。
魔道具もまた、そう珍しいものではない。
しかしそんな俺たちの開発した魔道具を、心から嬉しそうに起動させる騎士学生たちの姿には、こみ上げるものがあった。
「分かったのは偶々ですよ」
少年は手の動きを止めない。
魔術の発動中にも思いついたことを、ひたすら書き留めていく。
口調とは対照的に、熱に浮かされているような落ち着きのない手つき。
元々、魔道具研究の提案は彼からされたものだ。
あくまで俺は、その協力者に過ぎない。
その協力者程度の俺がこれほど嬉しいのだから、少年の喜びは計り知れない。
「偶々リッチェンが、汗っかきだったのが幸いしました」
「なんてことを淡々と言ってくれてますの⁉」
魔術の中心にいたはずの少女が、雨の中から出てくる。
同時に吹き始める、
「……もう少し改良も必要ですね。リッチェン、水は冷たかったか?」
「えっ……き、気遣いは無用ですの。少し
少年の言葉に、少女は頬を赤らめる。
少女はそれなりに少年のことを、意識しているようだ。
……見ている分には微笑ましい。
だがこの少年に、少女への気遣いなど一切ないのは分かっている。
断言できる。
単に実験結果の確認をしているだけだろう。
その証拠に、ルングのペンの動きは止まらない。
……少女の幻想を護るために、言葉にはしないが。
俺も一応は貴族家出身。
怖がられることも多いが、社交界デビューも既に済ませている身だ。
……少なくとも相棒の少年と比べれば。
人の心の機微は、ある程度知っているつもりだ。
やはり少年は、魔道具の水のことばかり少女に尋ねる。
「なるほど……もう少し冷たい方が良いのか?」
「私としては、熱い方が良いですの! お風呂くらい!」
「……お前たちは何で濡れる前提で、水温をどうにかしようと考えてるんだよ。
それ以前に濡れない方法を考えろよ」
常識的なはずの言葉に、無愛想少年とドレス少女は目を見開く。
「「天……才?」」
……少なくとも。
12歳かそこらで大位クラスに入ったり、(噂だが)現役騎士を殴り倒したりした奴らにだけは言われたくない。
「それもそうですね。起動者に防水機能を……いや。
起動者が展開半径にかからない位置に、円心座標を指定すれば良いのか。
どうして思いつかなかったんだろう」
少年は、早くも新たな魔法円を宙に展開し始める。
輝く花が宙に咲いては閉じ、次々とその形を変えていく。
……もうダメだ。
この状態の少年の頭には、魔術しか存在しない。
「君のお陰で、
実験協力してくれた少女に語りかけると、少女は愛らしい顔をしかめる。
「気持ちとしては……複雑ですの。
さっきも言ってたように、ルングは私の汗で
少女は自身の手に目を遣って、直ぐ少年に物言いたげな視線を向ける。
「これで座標指定終了。
一応水温調整もしておくか……」
しかし少年に気付く気配は無い。
魔術と自分の世界に、潜りっぱなしだ。
「全くもう……ですわ。
組手終わりの私の手をあれだけ弄んでおいて、酷い扱いですの」
……この少女は。
今、自分がどんな顔をしているのか、自覚しているのだろうか。
本人は、苦々しげな顔をしているつもりなのかもしれない。
しかし、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいる。
少年に向ける視線は、こちらが切なく感じてしまう程温かい。
魔術にのめり込む少年と同じくらいの熱量で、少女は少年を見つめている。
……この子に初めて研究協力を仰いだ時は、不安そうにしていたが。
きっと幼馴染の少年が、心配で仕方なかったのだろう。
だからこそ今回、彼の役に立てた喜びもまたひとしおに違いない。
「ルングのおバカさん。人の気持ちの分からない鈍感者」
「人聞きが悪いな……俺は人に寄り添えるぞ。
姉さんや師匠とは違う」
「似たり寄ったりだと思いますわよ?」
少年は軽口で応じながら、俺の目前に改良を終えた新たな魔法円を展開する。
「先輩、これを今から媒体に刻んでください。なるはやで」
……人に寄り添えるという話は、どこにいったのだろうか?
「今から? 無茶言うな。
ようやく今日最後の実験が終わったんだぞ?
まだ使用条件が判明して2日目だろ!」
……正気か⁉
魔道具の使用条件を、ルングが発見してまだ2日目。
報告を受け、今日いきなり実験に駆り出されたにも関わらず、この少年は更に俺をこき使うつもりらしい。
「何を甘いこと言ってるんですか。
今回発見できた使用条件が、他の魔道具にも適用されるのか調べなきゃいけませんし、時間はいくらあっても足りないんですよ?
リッチェンで死ぬほど実験できるのも、今日ぐらいしかないんです。
ウチのリッチェン、こんな感じの割に忙しいし」
「私、死ぬほど実験させられますの⁉
というか、こんな感じってどういう意味ですの⁉」
「リッチェン、技術の発展に犠牲は付き物。君の尊い犠牲は忘れない……」
「答えになってない……そして使い潰す気満々ですのね。
……まあ、今日は暇だから良いですけど」
……今回の魔道具の共同開発。
その結果は魔道具研究――正確には、魔道具使用者の適性という考え方――に、一石を投じることになる。
これまで生み出されてきた魔道具は「非魔術師の使用条件がある」という前提の下、再調査されることになるだろう。
今後開発される魔道具は使用条件を特定した上で、世に出すことを義務化されるかもしれない。
……魔術師にとっては大変な作業だ。
しかし――
そうなればきっと……魔道具は世界中に普及していく。
この少年の望んだように、魔術師だけでなく非魔術師にも。
貴族だけでなく平民にも、流通していくことになるだろう。
……我ながら、大き過ぎることに手を貸してしまった気がする。
だがこの少年は、それだけでは満足できないようだ。
「……やり遂げて、それでも足りないのかよ」
最初は面白そうな新入生くらいの認識だったが。
共同研究を始めると、その積極性に慄き、新鮮な視点に舌を巻いた。
ルングは俺にとって、優秀な教え子であり、先生であり、仲間だった。
……楽しかったな。
約1ヶ月半。
無愛想ながらも、意外と考えの分かりやすい相棒との毎日。
畑の耕し方。
土壌の成分研究。
金属の加工成形。
魔法円構築。
魔道具の実験。
楽しいことも、辛いことも、多々あった。
だがそれも、今となっては懐かしい。
また一緒にやりたいなと思えるくらいに。
……いや、虫は2度とごめんだが。
アレは今後とも遠慮したいが。
「ルング……ありがとな」
少女と戯れている少年に、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で呟く。
しかし少年には、全て聞こえていたようだ。
顔をしかめながら俺を見据えると――
「何がですか? 変な虫にでもやられましたか?」
「どういう意味だ、この野郎」
失礼なことを、堂々と述べる。
「だって、先輩が妙に満足気な顔で変なこと言い出すから。
てっきり、毒か何かにやられたのかと。
怖いですよ?
ただでさえ、顔も怖いのに」
ルングはそこそこの罵倒をツラツラ述べると、直ぐに目を輝かせる。
「『やり遂げた』だの『ありがとう』だの、何言ってるんですか。
これから始まるんですよ?
とりあえず、早く魔道具の改良に入ってください。
何なら、新しく開発しても良いかもしれませんね。
次はどんなものにします?
今回は俺が魔術を決めたから、次は先輩のしたい魔術を魔道具で再現しましょうよ!」
……この後輩の知的好奇心は、まだまだ収まらないようだ。
「……そうだな。
折角雨を降らせる魔道具を開発したんだし、次は畑を耕す魔道具なんてどうだ?
……騎士学校の生徒たちの、晴れやかな笑顔。
あれは良い。
ぜひ
「それいいですね。
……リッチェン。
言い忘れていたが、この顔の怖い先輩は次期伯爵様だ。
失礼があれば、処されるぞ?」
「ええ⁉ そうだったんですの⁉ てっきり……」
「てっきり……何だ?」
「リッチェン、失礼なことを考えたな?
「ルング! 言わないでくださいな!
オホホホホ……な、なんでもありませんの! ですから処刑は止めてくださいな!」
「そんなことするか!」
そんなやり取りの合間にも、新たな魔法円は次々に咲いていく。
俺たちの楽しくも騒がしい研究生活は……まだ幕を開けたばかりだ。
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