第115話 発動の理由は何だ。

 複数方向から、魔術による温かい風・・・・・・・・・が吹く。

 その中心には、びしょ濡れの3人。

 魔道具から生じた雨を浴びた姉弟と幼馴染だ。


「……何が原因だ?」


 俺たちを乾かす風が吹く中、リッチェンと彼女の手の中にある魔道具を交互に見つめる。


 ……先日の魔道具の起動実験。


 あの時幼馴染の少女は、この魔道具を起動できなかったはずだ。

 

 しかし――


 薄い直方体の金属板は未だ輝き・・・・、リッチェンはそれを落ち着かない様子で持ち続けている。


「リッチェン、また手を借りるぞ」


 ……魔道具にはまだ触らない。

 

 誰もが魔道具を扱えるような使用条件を探す。

 それが魔道具開発の目的だ。


 ここで魔術師おれが魔道具に触ることで、何かしら変化が起きるのは、望むところではない。


 雨水に濡れたリッチェンの手首を軽く握り、魔道具を俺の目の前に持ってくる。


「見事だ」


 魔法円の輝きが眩しい。

 この調子なら、今すぐにでも魔術を発動することが可能だろう。


 ……触れてみたい。移動させうごかしてみたい。


 だが今、わざわざそのリスクを負う必要があるのか?


 欲望に揺れる中、採った選択肢は――


「……リッチェン。ゆっくり反対の手に、魔道具を持ち替えてくれないか?」


 俺の手ではなく、リッチェンの手で魔道具を移動させることだ。


「こ、こうで良いんですの?」


 少女は空いた手で、おっかなびっくり魔道具に触れる。


 長い指が安全を確認する様にツンと魔道具をつつき、変化がない事を確信すると、魔道具をゆっくりと握る。


 ……多少動かしても、問題なさそうだ。


 それを見て、少女の手首をゆっくり離す。

 すると自由になった少女の手は、心配そうに魔道具を持っている手へと添えられた。


「目立った変化はなさそうだな」


「まだ、光ってるね」


 姉弟おれたちの声量も、自然と落ちる。


 自身の声が、魔道具の輝きを吹き消してしまうのではないか。


 そんなあり得ないことを、考えてしまう。


 ……しかし俺たちの不安をよそに、魔法円の輝きが消える気配は無い。



「……何故だ?」


 一作業終えて、再び思考が帰ってくる。


 ……何故数日前は発動できなかったのに、今はできる?


「リッチェン、何か特別なことをしたか?」


 少女に尋ねるが、フルフルと首を振る。


「今日もいつも通りの学校生活でしたし……。

 強いて言うなら、2人との組手が特別なことに当たりますの」


 ……ほう?


 姉弟の瞳がキラリと輝く。


「姉さん……俺たち、特別だって」


「もう、リっちゃんたら……私たちと結婚する?

 重婚しちゃう? ハーレムしちゃう?」


「そ、そんな意味で今は言ってませんの!」


 リッチェンの顔が朱に染まる。

 それでも魔道具には手が添えられ続けているあたり、少女は律義だ。


「……リッチェンが照れても、変わらないか」


「そうみたいだね」


 ……少女の心境の変化が、魔道具に何かしら影響しているのか?


 そんな考えから少し試してみたのだが、魔道具に変化はないようだ。


「実験のために私をからかわないで下さる⁉」


 しかし、リッチェンがそう言った直後に――


「「あっ」」


 魔法円の輝きが消える。


「えっ⁉ 私? 私のせいですの?」


 少女は動揺のあまり、魔道具を左右に大きく振るが――うんともすんとも言わない。


「……落ち着け。魔道具が壊れそうだ」


「でも……」


「大丈夫だ。消えたのは多分、リッチェンのせいじゃない」


 その言葉に、涙目だった少女が安堵の息を吐く。


 ……魔道具本体と魔法円の感度は、最大まで高めてある


 それでも尚、起動できなくなった。

 となると今この瞬間に・・・・・・何か変化があった・・・・・・・・のだ。

 魔道具が起動しなくなるような変化が。

 

 それを特定できれば、使用条件の発見に大きく近付けるはずだ。


 そのためにもまずは――


「リッチェン、今一度同じツッコミを言ってくれ」


「ええ……本気ですの?」


「本気だ。大真面目だ」


 魔法円の輝きが消えた状況を、再現する。

 それが起動の鍵になっているのかもしれないし。


「それは良いですけど……私、何て言いましたっけ?」


「確か……『実験のために私をからかわないで下さる⁉』だよね?」


「クー姉、それ私の物真似ですの⁉

 どうして、そんなことばかり上手なんですの⁉」


「似てるな。流石姉さん」


「でしょう!」


 期待の目で少女を見つめると、呆れながらも再現してくれる。


「仕方ありませんわね……『実験のために私をからかわないで下さる⁉』」


「……点かないな」


「点かないねえ」


 どうやら、この台詞が合図になったわけではないらしい。

 魔道具は沈黙を貫いている。


「……私、言い損では?」


「検証には必要なんだ」


 魔道具を観察しながら、次の指示を出す。


「リッチェンはあの時……俺たちに結婚を申し込まれていたな」


「それだね!」


 姉はそう言うと、リッチェンの顎をくいっと持ち上げる。


「私たちと……結婚する?」


「何でさっきより、艶っぽく言ってるんですの⁉」


 辛うじてツッコミを入れているが、先程以上に顔は真っ赤だ。


「姉さん、良い調子だ。もっと甘く畳みかける様に」


「私と甘い夜を過ごさないかい? 可愛らしい子猫ちゃん」


「情熱的に」


「私は君が欲しいんだ! 結婚してくれ!」


「下衆に」


「私には金も権力もある。結婚しなければ、村長がどうなるかな……」


「ルング……ふざけているでしょう?

 そしてクー姉は、どうして律儀に全部答えているんですの⁉」


「ええー……面白そうだから?」


 2人の戯れを横目に、魔道具観察を続ける。


 ……魔法円は輝かない。


 であればリッチェンの声や、心情が影響したわけではなさそうだ。


 ……それなら次は――


「リッチェン、起動しなかった日せんじつした日きょうで比較したい。

 いつもと変わらない普通の1日だったんだよな?」


「……最初から、それをしなさいな。


 ええ。ただ実験に参加したのはお昼ですから、時間帯は違いますの。

 後はやっぱり、この組手くらいですわ。

 ……って、ちょっとクー姉⁉ くすぐったいですの!」


 イタズラを始めた姉の魔の手をどうにか防ぎながら、リッチェンは答える。


 ……思い出せ。


 ヒントとなるのは、リッチェンの差異。


 チラリと姉に絡まれている少女を見る。


 魔道具は、未だ彼女の手の中だ。


 剣とはまた異なる握り。

 壊さないように配慮した、優しい握り方をしている。


 ……手か?


「リッチェン、両手を見せてくれ」


 思いつくままに、少女に告げる。


「いいですけど……魔道具はどうしますの?」


「乗せたままで頼む」


 ……急に起動することはないと思うが、一応念のためだ。


 リッチェンは姉を引きずりながら、両の手を俺に差し出す。

 片手は空。もう一方の手には、ちょこんと魔道具が乗っている。


 今はおそらく、先日リッチェンが起動できなかった状況と同じはず。

 現状と、少女が魔術を発動した先程の状況過去


 ……2つを比較し、しらみつぶしに探るべきか。


 少女が魔術を発動した時は確か――


「リッチェン、手首に触れるぞ」


「は、はい!」


 先程魔法円に触れた手――今は魔道具を持っているが――の手首を握る。


 ……細い。


 さっきは魔道具に注目して気付かなかったが、いつもの力強さが嘘の様に華奢だ。


 その細腕からは、強張りが伝わってくる。

 ひょっとすると、俺の必死さが伝わっているのかもしれない。


 ……この幼馴染を安心させるためにも――


 絶対に使用条件を見つけてみせる。


 発動した時の彼女の様子を、朧気ながら思い出す。


 今と同様に強張り、力んだ腕。

 組手後だったからか、高い体温。


 ……体温か?


 しかし体温なら日差しの出ている昼間の方が、上がりそうなものだが。


 ……ああ、でも――


 発動できなかった時と比べて、俺たちとの組手の後の方が、リッチェンは汗をかいていた・・・・・・・

 やはり発動成功時の方が体温は――


 ここで俺の意識が止まる。


 ……汗?


 キュッ


 リッチェンの手首を軽く握る。

 先程の彼女は、体温の上昇と共に汗をかいていた・・・・・・・

 

 そしてまだ魔道具が輝・・・・・・・きを帯びていた時・・・・・・・・

 少女の腕は、魔道具で発生した雨によって濡れていた・・・・・


 しかし今は――


「あの……ルング? くすぐったいですし、恥ずかしいのですけど」


 手首と差し出された掌に触れる。


 ついでに少女の顔も確認。


 時間の経過と風の魔術によって、少女の身体は今乾いている・・・・・

 乾ききっている。


 ……つまり――


「……そういうことか?」


「「え?」」


 ぽかんと俺を見つめる少女たちに告げる。


「……使用条件、分かったかもしれない」

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