第113話 魔道具の実験と幼馴染。

 制作した魔道具の使用条件を探ると決めて数日。


「……わからん」


 早くも手詰まりの状況に陥っていた。


 掌中にある魔道具を見つめる。

 金属製の薄いメタリックな直方体。

 表面に刻まれた魔法円に、裏面には輝く魔石。


 あれから数度改良を重ね、発動する魔術によって起きる現象に関しては、理想にかなり近付いているのだが――


「使用条件は……なんだ?」


 魔法円に触れるか触れないかの位置に空いている手を置くと、魔法円の輝きが増す。


 魔法円の感度の向上。

 起動速度の上昇。

 術式の簡略化。


 現時点で可能な改良は全て施し、本日魔道具の試運転も兼ねた使用条件の調査を行った。


 試運転に協力してくれたのはリッチェンと、彼女の騎士学校の友人合わせて20人。

 魔術の使えない――身体強化魔術を除く――騎士候補の学生たちだ。


 彼らは急な協力の申し出を、快く受け入れてくれた。


 ……特に多くの友人を紹介してくれたリッチェンには、頭が上がらない。


 いつか彼女には、その埋め合わせをしなければならないだろう。



 ……まあ、それは良いとして。


 多くの学生の協力の下、魔道具の起動実験を行ったわけだ。

 その結果、魔道具の起動――魔術を発動させられたのは、20人中6人だった。


 ……正直、少し凹んだ。


 全力を尽くしてきたが故に、全員が発動できなかったのが残念でならなかった。


 しかし、ザンフ先輩の「さて、勝負はこれからだな」という言葉に思い直す。

 

「俺たちの魔道具は、誰にでも使える段階にまだ至っていない」


 それが分かっただけでも、収穫だろう。


 大切なのは、今回魔道具を扱えた6人あるいは扱えなかった14人から得た情報を元に、誰もがこの魔道具を扱える使用条件を割り出すことである。


 目的を改めて自覚し、気合を入れ直す。

 先輩の言葉通り、これからが勝負だ。



 実験参加者たちにまず試したのは、魔力たましいを見ることだ。


 すると成功した6人の内3人の魔力が、ほんの少しだけ水の色を帯びていることに気付く。


 確認すると、3人共どうやら水の魔術を使う貴族家に仕えてきた家系らしい。


 ……なるほど。


 大気に存在する魔力量の多寡で魔術に目覚めやすくなるように、魔術が身近にあると、魔力たましいに影響を与えるのかもしれない。


 その結果生じた、微かな水の魔力いろ

 それが魔道具――そこに刻まれた水の魔術を発動し易くしたとしても、不思議はない。


 あるいは、身近に水の魔術が存在していたからこそ、水の魔術への先入観が少ないのか。


 どちらが原因とは確定できないが、どちらにせよある程度の納得はできる。


 そしてそれは、彼らの生まれ育った環境要因に過ぎない。

 使用条件とは、また別の話のはずだ。


 だからこそ・・・・・、俺の注目すべきはそれ以外の・・・・・――魔力が真っ新なそまっていない3人。

 魔力が水属性に色付いていないにも関わらず、魔道具を起動できた3人だ。


 この3人が魔道具を扱えた理由を解明できれば、他の人たちも使用できるようになるはず。

 故にその3人から調査を始めたのだが――


 ……彼らのみに共通する特徴が、ほとんどなかった。

 

 女子2人に、男子1人。

 体格もバラバラ。

 性格は男子と女子の1人が明るく、残った女子1人は物静か。


 共通点としては、年齢が10代であること。

 騎士を目指していること。

 ある程度、身体が鍛えられていることくらい。


 上述した共通点は、彼らがリッチェンの友人――騎士学校の学生たちなので、ある意味当然ともいえる。


 なんなら、魔術の発動ができなかった人たちも、それらの点は共通している。


 ……となると。


 彼らに成功要因が・・・・・・・・あるのではなく・・・・・・・他の人たちに失敗する・・・・・・・・・・要因があったのかもし・・・・・・・・・・れない・・・


 そんな思考に従い、魔道具を起動できなかった人たちに意識を移したのだが――


「こっちはこっちで、わからん」


 ガシガシと頭を掻く。


 まず、魔道具を起動できない14人の中で、魔力が水以外・・・の色合いにほんのり染まっている人が4人。

 おそらくこの人たちは、彼らの魔力の色合いに即した魔道具であれば、扱えた可能性が高い。


 魔力が別属性に染まっていても、魔道具は扱えるのか。


 そんな興味関心は残るが、別属性に染まった魔力と染まっていない魔力では、染まっていない魔力の方が魔術を発動させやすいはずだ。


 そんな流れで、まずは魔力の染まっていない10人に着目する。


 何故彼らは、魔道具を使用できなかったのか。

 同じ状況で発動できた3人と何が違うのか。


 それを考えなければならない。


 ……ちなみに、リッチェンも起動できないその10人に含まれていた。


 彼女に非はない。

 なのに、どこか申し訳なさそうな姿には、胸が痛んだ。


 さて、10人と3人の比較だが――これが難航した。


 未発動・・・の10人と、既発動・・・の3人


 そこに大きな差異が見つからなかったのだ。


 ……どうなっている。


 性別、体格、年齢、魔力の大小、家柄。

 果ては性格や日課、癖に好みまで確認したというのに、魔術が発動するか否かを左右しそうな相違点が見つからないのだ。


 無論、魔道具が起動しなかった人数の方が多いので、自然とそちらの情報数が増えるのだが――


 ……その情報にも攪乱される始末。


 数人の共通点は見つかれども、全員に共通するものは少なく。


 年齢の様に10人全員が近似する情報はあれども、それは魔道具を起動できた3人にも当てはまる内容であったりするのだ。


 ……何が原因だ? 何が切っ掛けでこうなる?


 いくら考えてもその場で結論は出ず、結局俺たちは協力への感謝を述べて、その場は解散することにしたのだった。



 

 ……そして現在。


 先輩は魔道具の媒体調整をしたいと、複数制作した魔道具のいくつかを邸宅に持って帰り、俺は帰宅後、自室でレポートをまとめつつ考察を積み上げていた。


 すると――


 カチャリ


 静かに扉が開く。


 ……珍しい。


 姉はいつも、勢い良く入ってくるのに。

 ちなみに師匠なら、扉を蹴破る。


 レポート用紙から顔を上げると、そこには――


「失礼しますわ」


 珍しく俯いている、赤毛の少女――リッチェン。


 赤い1つ結びにフリフリのドレス。

 胸元には銅貨が、静かに収まっている。


 すらりと伸びた健康的な手足には、入学後から身に付け始めた真っ黒な・・・・手甲ガントレット脛当て鎧グリーブ

 

 少女の可憐さが、鎧によって引き締まり、不思議な魅力を引き出している。


「……ルング、すみませんでした」


 美しい少女の沈痛な面持ち。

 遠目に見る分には絵になるかもしれない。

 だが向けられる俺としては、心が痛い。


「リッチェン、君は何を謝っているんだ?」


「だって、力になれませんでしたし……悩んでるみたいですし」


 ……やれやれ。


 生真面目な騎士様は、これだから困る。


「1回の調査や実験で結果が出るのなら、苦労などしない。

 むしろ君が居なければ、調査することすらできなかったんだぞ?

 そんな表情をするな。顔を上げろ」


 ……あまり得意ではないが――


 おずおずと顔を上げる少女に、精一杯の笑顔を作る。


「ありがとう」


 リッチェンは俺の急な頼みに応えるために、人集めをしてくれた。


 その協力だけでも充分だというのに、魔道具の実験にも参加して。

 その上、研究に頭を悩ませている俺を、心配までしている。


 ……素晴らしい幼馴染だ。


 心根の優しい彼女と、友人になれて良かったと心底思う。


 俺の周囲には彼女以外、基本的に魔術師しかいない。

 彼女と彼女の友人の繋がりが無ければ、開発した魔道具の実験と調査はできず、俺はこうやって悩むことすらできなかったのだ。


 そんな奔走してくれた少女に対する、最大限の感謝を笑顔と言葉に込める。


 少女は俺を見ると、一瞬呆気にとられて「ぷっ」と吹き出した。

 強張った顔には赤みが戻り、徐々に明るさを取り戻す。


 ……良かった。俺の謝意は、どうにか伝わったらしい。


「ど、どういたしましてですわ! 他に何か力になれることは、ありませんの?」


「……とりあえず今回の結果で、今のところ大丈夫だ。考えもまとめたいしな。

 今後何度も実験が必要になるはずだから、その時はまた頼んでもいいか?」


 すっかり元気になった少女は、ドンと力強く胸を叩き、


「勿論ですわ!」


 特上の輝きを以って応える。

 チャリチャリと音を立てる銅貨に、揺れる赤毛。


 ……このお人好しめ。自身も忙しいだろうに。


 リッチェンは騎士学校に、成績優秀者として入学したと聞いている。

 

 筆記は少しアレだったが、試験官――どうやら公爵家所属の現役騎士だったらしい――を問答無用で殴り倒したことで、実力を評価されたらしい。


 騎士学校の授業も受けつつ、既に騎士団所属の見習い騎士として、職務も全うしていたはずだ。


 今はもう夕暮れ時。


 普段のリッチェンなら、騎士団の訓練に参加している時間帯だ。

 

 そんな多忙な状況でも、俺を気に掛ける少女の思い遣りの気持ちが温かい。


 ……だからこそ・・・・・俺は――


 リッチェンから魔道具へと視線を移す。


 少女の心意気に応えるためにも、使用条件を明らかにしなければならない。


 彼女と話したことが功を奏したのか、閉塞感はすっかり晴れている。


「さて……リッチェンのおかげで気分転換もできたし、また研究に戻るか」


 バサリ


 軽やかな音を立てて、今回のレポートを再びまとめ始める。


「もう……いい加減、休んだ方がいいですわよ?」


「俺は不眠不休でも活動できる特徴を持つ、究極の生物だ」


「いや、寝なさいな! 休みなさいな!」


 そんな俺に赤毛の幼馴染は茶々を入れながら、心配そうに見続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る